君の見た風へ by真也






ACT1 



 不利な戦いだった。
 とにかく視界が効かない。吹き荒れる砂塵に、有効な視野は皆無に等しかった。
 おまけに、砂忍は地面の下から現われる。砂と風を操って、こちらの死角をついてくる。
 殆どが、勘での攻撃と防御だった。
「うわっと」
 もう何回目かの、下からの攻撃。とっさにジャンプして避けた。手ごろな岩に着地する。
「分身を使え!攪乱するんだ!」
 サスケの声が飛ぶ。むこうは、三人相手だ。高速で身体を移動させて誘い、太刀でとどめを刺している。
「しんきくせえな!」叫んで、印を組んだ。影分身。三人で攪乱した。囮二人を鈍く動かして、砂の上の微かな隆起を追う。あれだ。
「こいつ!」
 何度か狙って、太刀を刺す。早い。こいつ、手練れだ。まずい。分身が一人やられた。
「ちくしょう」
 大きく飛び上がりながら、印を外す。このままじゃ、らちがあかない。なんとかして、燻り出さなければ。
「じゃあ、こいつだ!」素早く印を組む。初めての印。出来るか?
 右手に、熱。皮膚をビリビリとした感覚が包む。チャクラを一気に練り上げて、右手へ。いける!
「よし!」
 青白い火花が右腕を取り巻いた。目粉しく、放電する。
『雷切』
「うぉりゃあああ!」
 右手を砂に突っ込む。砂の中から火花が四方に上がった。
 途端に、何ヶ所か砂が盛り上がる。断末魔と手が三つ、はい上がろうとして、止まった。
 気配がなくなった。全員、やったか。
「痛ッ」
 一息つこうとしたところで、殴られた。振り向くとサスケがいる。目が、三角だった。
「ウスラトンカチ!なんて術、使うんだ!」
「ええっ!上手くいったじゃないか!」
「ここの砂が、電気を通さなかったらどうするんだ。いい餌食だろうが」
「・・・・そんなこと、考えてなかった」
「ボケ!」
 もう一発、くらった。今度は仕方ない。明らかにおれの短慮だ。おとなしく項垂れた。
「ごめん」
 素直に謝る。こういう時は、これが一番だ。
「謝ったって駄目だからな。死んでからじゃ遅いんだぞ」
 腕組みして仏頂面で言う。もう、そんなに怒ってない。
「うん」確かにそうだ。ちゃんと戦う場所の条件も、頭に入れなければ。
「ま。『雷切』は、成功したみたいだな」
 やっと口の端をあげて笑った。辺りの黒焦げた砂を見つめて言う。
「おれも、やるだろ?」 
「馬鹿。それ会得させるのに何日かかったと思ってるんだ。上忍試験、受かったのも奇跡だな」 
「なにぃ」
 右手を振り上げる。軽く避けられた。いつものことだが、くやしい。
「おまえは?」
「片付けた。二人、おまえの雷切の余波を受けたからな」
「例の奴もか」
「たぶんな」
「じゃ、確認しないと」
 おれ達はその場所へと、足を向けた。
 三日前、木の葉の国に潜んでいた忍びが逃走した。最初は他の中忍たちが追っていたが、そいつは砂の国に逃げこんだのだ。そしておれ達の出番となった。追い込んで一日、やっと接触した砂忍共々、仕留めたのだった。
「全く。最初からおれたちにやらせたら、木の葉の国の中で片づけられたのに」
「仕方ないだろ。上は中忍でいけると思ったんだ」
「けっ。甘いねぇ。火影のじいちゃんも、ボケたかな」
 言いながら、死体の一つを覗きこむ。
「気をつけろ」
「何が」
 その時、殺気。死体であったはずの男が、嗤った。
 瞬間、爆発。巻き込まれる寸前に、強い力で身体が引かれた。そのまま、覆いかぶさられる。背中を砂に埋めた。
 暗くなった視界を、何とかしたくて上を向いた。
「油断するな。自爆して、隠し持った武器で相手を巻き添えにする。砂忍の常套手段だ」
 黒い瞳とぶつかる。サスケだった。
「サンキュ」言いながら、身体を起こす。爆発した方を見ようとして、目がいった。
 サスケの左腕から、出血。傷口の周りの組織が変色している。これは、毒によるもの!
「サスケ!」とっさにクナイを取り出した。早く、傷口を裂いて、毒を出さなければ。
「大丈夫だ」
 あいつの腕を掴んだ手が、止められた。意味がわからず、睨み付ける。
「手当てをしないと!」
「今はいい。それより、追ってが来るぞ。今のでこちらの位置が知れた」
 そう言って、サスケは走り出した。おれは、後を追った。





 一刻ほど走りつめて、おれ達は木の葉の国へと逃げこんだ。ここまでくれば大丈夫。古ぼけた山小屋にたどりついた時には、小雨が降り始めていた。
 よかった。おれは胸をなで下ろした。これで雨に体温を取られることはない。落ち着いて、傷の手当てができる。
「おい。大丈夫か」
 窓を閉めて、おれはあいつを振り向いた。サスケは、壁に持たれて座っていた。
 近づいて、傍に座る。傷ついた方の腕を取った。
 傷の変色は進んでいた。おれはクナイと、携帯の解毒剤を取り出す。それと、酒。
 口に含んで吹きつけようとしたら、取り上げられた。そのまま飲み干す。
「馬鹿っ。消毒出来ないだろ!」
「必要ない」
「何言ってるんだ!毒を出さないと・・・・」
「無駄だ。あれだけ走ったら、もう全身にまわっている」
「だったら!解毒剤だけでもっ」
「いい。・・・・熱ぐらいは出るかもしれないが、これくらいで俺は死なない」
「でも」
「大丈夫、なんだ。今まで何度も毒を受けた。でも、殆どが自然に解毒していった」
 そういって、身体を引き寄せる。おれは信じられなくて、あいつを見つめた。
 熱い掌が、頬を包んだ。唇にも、熱。あいつは発熱し始めていた。不安が、つのる。
「サスケ」
「暗部にいた時、訓練と実験を受けた。俺の身体には、薬も毒も、殆ど効かない」
 やんわりと、微笑む。ずるい。そんな顔されたら、言い返せない。
 瞳に言葉を込めた。不安を。心配する気持ちを。黒曜石の瞳が、優しくそれを受けた。
 髪を、あいつの指が滑る。なだめるように何度も撫でられた。
 不思議と、高まったものが鎮められてゆく。
「そう、なったんだ。あいつを犠牲に」
 自嘲気味に微笑んだ。いきなり、組み敷かれる。熱い身体。 
 言葉を発する前に、肌に唇が落とされた。
「サスケ・・・だめだって。熱が」
「いやか」
「違う。でも、今は・・・せめて、熱が下がってから」
 ちゃんと伝わるように、必死で言葉を紡いだ。目で訴える。
「・・・わかった」
 ため息と共に、あいつが首肯いた。ホッとする。今は、休んでいて欲しい。
「ありがと」
 水を持って来ようと、起き上がった。腕を取られて、再び倒される。
「サスケ。水を」
「いらない。今は、このままで」
 まわされた腕が、少し苦しかった。不安なのかもしれない。
 おれはおとなしく抱かれていた。
「熱が、下がるまで。・・・・聞いてくれるか?」
「ああ」
「お前には、いつか話そうと思っていた」
「うん」
「あまりいい話では、ないんだが」
 迷いのある瞳。頼りなげな。いつか見た、その色。
「いいぜ。聞いてやるよ」
 そう言って、おれはあいつの肩に額を寄せた。
 耳元で、あいつの声がする。



 サスケの呟く話。それは、哀しい記憶だった。



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