囮 
       by真也







ACT1



 次の日、おれは鏡の前で額当てをきゅっとしめた。今日からサスケの下での任務が始まる。
 足が軽くないといけない任務と言っていた。どんな内容なのだろうか。
 一昨日の影響はないと言えば嘘になるが、その前の時に比べたら何ということはない。あの時は重い身体を押して出た。今回は、大丈夫だ。
 準備を整え、部屋を出た。朝の光が気持ちいい。鳥の声。澄んだ空気。どこからか漂ってくる、朝餉のにおい。
 図太いもんだな。そう思った。あんな、酷い目にあったのに。眠って、起きて、腹を満たしたら動き出せる。
 案外、人間ってしたたかなのかもしれない。
 そんなことを思いながら任務受付所に向かった。門のところで同じグループのメンバーに合う。
「よう。もういくのか?集合、そんなに早かったっけ?」
「ナルト。・・・・・おまえ、確か一昨日単独任務だったよな」
「ああ」
「じゃ、知らないか。第8グループはうちは上忍の配下を降ろされたんだよ」
「えっ」
「おれ達、使い物にならないんだとさ。で、今日は別の任務だよ」
「そうか・・・。じゃ、おれも」
「お前は別だよ」
「!なんでっ」
「知らねぇ。上忍のお気に召したんだろうな。ご指名で居残りだ」
「・・・・・」
「気をつけろよ。あいつ、本当に手加減ナシだからな。新米上忍だからって舐めてかかった奴が二人、まだ病院から帰ってないんだぜ。本当、殺されなくてよかったよ」
 頑張れよな。と、言いながら同僚は任務へと向かった。呆然とする。病院送り?それに指名だって?
 何を考えてるんだ。たった二人で、任務をやり遂げられるのか?
 考えがまとまらない。そのまま受付の前に向かった。
 受付は、待ち構えたように声を掛けてきた。
「ああ。ナルトさん。うちは上忍がお待ちかねです」
「・・・どこ?」
「西門にいらっしゃるとのことです」
 やはり里の外にでるらしい。西門。西の方角。山々が連なる地帯だ。
 首肯いて、おれは出口に向かった。



 西門の塀に持たれて、あいつは待っていた。
「遅い」
「すみません」
「いくぞ」
 挨拶もそこそこに背を向ける。そのまま里を出発した。西へ、西へと山道を行く。
 どこに行くのだろう。装備も少ない。比較的近くでの任務なのだろうか。
 こうしていると、中忍になったばかりの頃を思いだしてしまう。よく、二人で組んで任務についた。
 ふたりの間に何もなかった日々。
「あの」
「何だ」
「他のメンバーは、いないん・・・ですか?」
「降ろした」
「どうしてっ」
「邪魔だ」
「でも、あいつらだって中忍だし、それなりのことは・・・」
 サスケが足を止めた。くるりと向き直る。
「最初の一撃を避けられたのがお前を入れて三人。火遁に対処できたのは二人。あとの二人は話にならなかった」 
「えっ」
「あの程度の奴らを連れていっても、足手まといになるだけだ」
 再び向き直って、歩き出す。
「でもっ、たった二人でやれんのかよ。いったいどんな任務なんだ。教えてくれよ」
「行けばわかる。ここからは木づたいだな・・・・いくぞ」
  言うと同時に、枝に跳び上がった。見る見る間に木々を渡ってゆく。おれも慌てて後を追った。
 早い。そう思った。枝の選び方、バランス、飛びうつる速さ。どれをとっても正確で、尚且つ動きに無駄がない。もともとそのきらいはあったが、暗部に行ってから更に磨きがかかったようだ。殆ど枝を揺らさずに渡ってゆく。
 改めて、力の差を見せつけられる気がした。
 一昨日のことがあるとはいえ、じりじりと引き離されてゆく。悔しくて、唇を噛んだ。






 半日ほど山を渡り、ある山の中腹まで来た。サスケが立ち止まる。
「・・・・あの辺りだな」ぼそりと、呟いた。
 周囲を見渡し、一番高い木に飛びあがってのぼる。みるみるうちに木のてっぺんに着いた。
 偵察か?それにしては目立ち過ぎる。
「サスケ」
「邪魔をするな。・・・・集中できない」
 写輪眼で睨まれて、口をつむる。サスケは印を組みながら何かを視ているようだった。
 黒髪が、風に揺れる。男にしては整い過ぎた横顔。そういえば、アカデミー時代から女にモテてたよなと思いだす。
「何をみている」
 いきなり頭上で言われて、身体が跳ねた。
 慌てて見上げると一瞬、目が合う。それはすぐに反らされた。
 おまえを見てたんだよ。とは、とても言えない。
 おれは気まずくて、黙った。サスケもそれ以上は訊かなかった。
「そろそろ教えてくれてもいいだろう?任務内容を」
 思い切って訊いた。だって、任務内容がわからないと動けない。
 あいつは、前方の山を指差した。
「夜盗狩りだ。この山の裏側に潜んでいる。最近、人さらいなど周辺の里での被害が多いらしい」
「で、頭を潰すのか」
「いや。全滅だ。根こそぎ狩る」
 平然と、言い捨てた。眉一つ動かさずに。
「全滅って、さらわれてきた人も全部なのか」
「おれ達は武将ではない。忍だ。だから善行をして歩く必要はない。ただ、任務を遂行すればいい」
「でも」
「それに、全滅の方が簡単だ。火遁で焼き尽くせばいい」
「サスケ!」
「おれ達は二人だ。手段をえらんでいる余裕はない」
 しばらく、見つめあった。できれば、無益な殺傷はしたくない。確かに二人だから、出来ることは限られてるが。
「任務依頼自体が全滅なのか?」
「いや。里に夜盗が来なければそれでいいらしい」
「じゃあ、頭がいなくなってバラバラになってもいいわけだな」
「無駄だな」
「なんでっ」
「頭が一つ消えても違う奴がまた次の頭になる。そうだろ」
「・・・じゃあ、せめてさらわれた人を逃がすだけでも」
 食い入るように見つめた。墨色の瞳がおれを映す。
 あいつは諦めたように横を向いた。
「・・・わかった」
「サスケ」
「ただし、逃げ遅れた奴は知らないからな」
「ああ。わかってるって」
 なんだろう。おれは殊更に嬉しかった。






 夜を待って行動する。それまで、お互い下調べをすることになる。サスケはアジトの内部を見に行ったようだ。一人で大丈夫かと気になったが、それもいらぬお世話だと思い直した。あいつは暗部にいたのだ。
 ふと気づく。自分が全く普段通りにしゃべってしまっていたことに。しかし、サスケはこの間のようにそれを正すということはしなかった。それどころか、おれの意見を取り入れてくれた。
 それは、おれのよく知っている『うちはサスケ』だった。
 今なら、今のあいつならば訊けるかもしれない。あの夜のことを。
 任務が終わったら、もう一度ちゃんと話してみよう。
 おれは胸に期待が宿るのを感じた。



 そのアジトは山の西側面の、窪地状になっているところにあった。これだと一見して外部からは見えにくい。
 日没後、おれ達は山頂に移動した。辺りの暗くなる中、篝火が灯される。肉を焼く臭い。どうやら略奪してきたものを肴に酒盛りでもするらしい。
「手筈はどうする」
「囮を使う」
「はあ?」
 意味が分からなくて聞き返すと、じろりと睨まれた。
「まず、俺が火遁で混乱させるから、お前は影分身で更にかき回せ。頃合いを見て夜盗共を引きつけて北へ逃げろ。その間に俺が残りとさらわれた奴らを逃がす。・・・・お前は、出来るだけ時間を稼げ」
「つまり、おれが囮なんだな」
「そうだ」
「へへ、わかったぜ」
「アジトの出口と内部の構造だ。覚えとけ。・・・奴らの方が土地勘があるからな」
 サスケはそう言って、地面に簡単な見取り図を描いた。
「ああ。でもそう簡単にやられるかよ」
 おれは笑って首肯いた。程よい緊張感が身を取り巻く。
 宴は更に盛んになってきているようだ。おれは夜が深けるのをひたすら待った。



 盛大に燃えていた篝火もおとなしくなり、馬鹿騒ぎも静かになった。
 雲合の月が、サスケの横顔を照らす。その口元がゆっくりと開いた。
「そろそろだな」
「行くか?」
「ああ」
 言葉と共に走り出した。全力で山を駆け降りる。あいつはどんどん離れてゆく。遅れないようにおれも急いだ。アジトにつく一歩手前であいつが印を組んだ。たちどころに炎が巻き起こる。見張りとおぼしき奴らがやってくる。あいつが焼き払い、おれが切り払って中に突入した。
 おれも印を組む。影分身で内部を攪乱した。寝込みを襲われた夜盗たちは逃げ惑っている。小柄で捌きながら中心へ進んだ。
 サスケは火遁で何ヶ所か効果的な場所を燃やし、掛かってきた奴らを狩ってゆく。その動きは無駄がない。小刀というには細い武器で、切るというよりは刺す。ほぼ全員、急所に一撃で片づけていた。たぶん、殺られた奴らは自分が気付かぬあいだに倒れているのだろう。驚愕の表情で転がっていく。
 あれが、暗部なんだ。
 サスケがちらりとこちらを見た。頃合いらしい。
 おれは分身のまま出口に向かった。十数人が追ってきたらしい。俺は分身を二人にした。これからは全力で時間稼ぎ。打ち合わせどおり、北へと向かって走った。
 挟まれないように二人ともジグザグに走る。一人を囮にして、もう一人を木の上へ。追っ手の頭上から襲いかかる。まず一人。追い付いてきた奴もクナイの餌食にする。二人。三人。分身を解いてやぶへ潜む。気付かずに通り過ぎた奴を後ろから仕留める。四人。斧が飛んできた。躱して木に飛び上がる。下に、五人か。
 何とかなるだろうと飛び降りた所で後ろから火炎が襲ってきた。すんでで逃げる。そこにいた奴らは全員、焼かれていた。
 不審に思って振り返る。黒髪の長身。
 サスケだった。
「これで片づいたな」
「あぶねぇだろ」
「避けただろう」
「ちぇっ。・・・・さらわれた人達は?」
「檻は壊したし、何人かの戒めは解いた。あとは自力でなんとかするだろう」
「大丈夫かな」
「頭と側近らしいのが何人か残っていたから始末した。あとは雑魚しか残ってないだろう。組織としてはもう終わりだ」
「そうか」
 おれは、ほっと胸をなで下ろした。おれ達ができるのはこれ位だろう。
 充実感が胸に満ちる。息はぴったりだった。
「あのさ」
「なんだ」
「その・・・やったな」
「ああ」
「ありがと。おれの言うこと、聞いてくれて」
「別に。任務が遂行できればそれでいい。・・・・いくぞ」
「ああ!」
 山頂からアジトのあった場所を見る。雑魚やさらわれた人々が、くもの子を散らしたように逃げてゆくのを確認して、おれ達は撤収した。



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