囮 by真也
ACT2
深夜、おれ達は任務を終えて里へと向かっていた。前をサスケが歩いている。おれはいつ声をかけようかと考えあぐねていた。
闇の中、サスケは何もしゃべらずに黙々と歩き続けている。夜目に、忍び服のベストだけが浮かび上がっていた。夜が明けるまでどこかで休むかと思っていたのだが、あいつは帰ると言い張ったのだ。
空が白み出してきた。このままで行くと、朝には里に着けるだろう。
途中でで林に差しかかった。風が渡り、サヤサヤと枝の揺れる音を運んでくる。
思い切って言った。
「なあ」
返事はない。気にせず続ける。
「二人でさ。どうなるかと思ったけど、何とかなったな」
「・・・お前、俺を誰だと思ってる」
「はは。そうだな。『うちはサスケ』だもんな」
気の張らない会話。軽口を叩く。任務中、昔の時間を取り戻したようだった。
今なら。今なら答えてくれるかもしれない。
あの時の、答えを。
「あのさ」言いかけて、やめる。
あいつが足を止めた。何やら辺りを見回している。
ぼそりと、「ここらへんでいいか」と、呟いた。
くるりとこちらを振り返る。右手がスッと上がった。一本の木を指差す。
「あれに、手を回せ」
「えっ」
突然、何を言っているのか分からない。
「手を回せと言っている」
威圧的な声。無感動な瞳が見据える。朝もやの中・・・・あの表情は、見た。
それは、おれを傷つけ、屈伏させる時の表情。
顔から血の気が退いてゆくのが、自分でも分かった。
どうして。
信じられない。
任務中は、確かに、おれの知ってるサスケだったのに。
あまりのことに動けないでいると、腕を引かれた。示された木に付き飛ばされる。
右肩が当たって振り向くと、あいつの顔がすぐそこにあった。腰を、掴まれる。
「サスケッ」声が上ずった。
「お前は、上忍に、意見した」
はっきり、言葉を区切ってサスケが言う。反射的に身体が震えた。
「だが、俺はお前の言うことを聞きいれた。・・・・今度は、お前の番だ」
下ばきが一気に下げられた。思わず唇を噛み締める。
「お前の『役目』だと、言ったはずだ」手も、足も動かない。
いきなり、その場所に指が入れられた。顎を捕まれ、背中を曲げられる。
「・・・・開け」耳元に、冷たい言葉が落とされた。
その動きの一つ一つに、自分が壊されてゆくような気がした。
苦痛を与え、思考を奪い、自我を踏みにじってゆく行為。
今は、耐えるしかなかった。
「う・・あっ!」
思い切り、突き上げられる。声を押さえられなくて、右腕を口元に持っていこうとした。その手首を制される。
「だめだ」サスケの声。
おれのよく知っている声なのに、言葉は他人だ。
悔しくて、目に反発の意志を込める。その返事のように揺さぶられた。
自分の声が風を渡るのを、虚しく聞いた。
腕も足も、ガクガクと震えて使い物にならなかった。
動かない手足を見つめて、ぼんやりとする。頭が働かなかった。
「報告書は俺が出す。お前はこのまま帰れ」
言葉を残してサスケが消えた。
このまま。このままだと?
こんな姿でどうすればいいんだ。乱れた服。汚れた下肢。
これがおれの役目なのか。
錯覚だった。任務はあくまで任務。それ以外は何も変わってないのだ。もとの、あの懐かしい時間に帰ったように思えて浮かれていたのは、自分だけなのだ。
「帰らないと・・・」
よろめきながらも、なんとか立ち上がった。身繕いをする。ゆっくりと、歩きだした。
空はもう明るい。朝がまた来る。こんな時なのに、そんなことなど意にも返さず朝はやってくるのだ。
思えば眠っていない。疲労困憊だ。
おれは、一歩一歩踏みしめるように歩き続けた。
朝を告げる鳥の声を聞きながら、なんとか里に入った。
早く眠りたい。でも、家に帰るのがこわい。もし、家にあいつがいたら・・・・。
見覚えのある小道に差しかかった。確か、この道は。
慰霊碑のある場所への道だった。
「行っても・・・・いいよな」
自分に聞かせる為に、呟いた。
慰霊碑への道。かつては、あの人と歩いた。お供え物と、酒と、花を携えて。
「なかなか行けないのが、問題なんだけどな」そう言って、困ったように笑った。静かな、黒い瞳で慰霊碑を見つめていた人。その人が今はあそこで眠っている。
少し歩いて、慰霊碑の前まで来た。その碑は、朝の光の中で迎えてくれた。
「イルカ先生、久しぶりだな」
生前にしたように、声を掛けた。慰霊碑の前に立つ。
「なかなか来れなくて、ごめんな。・・・・今日は、任務帰りなんだ。サスケと、一緒だったんだ。あいつ、すげぇ強くなったんだぜ」
そのまま、座り込んだ。
目の前に、碑に刻まれた文字が映った。探して、指でたどる。あの人の名前を。
「イルカ先生、あの、赤毛のおっさんに聞いたんだけどさ。先生も任務でいろいろあったんだってな・・・」
海野イルカの、文字が滲む。
「辛かったんだろ・・・・当たり前だよな」
込み上げてくる嗚咽をぐっとこらえる。いくら噛み締めても、唇の震えが止まらなかった。
だめだ。こんなことで泣くなんて。イルカ先生はもっと、辛かったはずなんだ。
でも・・・。
「先生ごめん。おれ、泣きそうだ」
溢れていたそれが、地面にぽつりと落ちた。一つ、二つと増えてゆく。
いいや。いいよな。泣いたって。
ここにはイルカ先生しかいないんだから。
声が漏れた。堰を切ったように止まらない。
イルカ先生の前で、おれは子供のように泣いた。
頬を濡らしたものは、乾きはじめていた。
気がつけば、慰霊碑の前で眠っていた。睡眠不足と涙が緊張を切ってしまったのか。
ゆっくりと、身体を起こす。日はもう天高く登り、光は温かく照らしていた。
こんなに泣いたの、久しぶりだ。漠然と思う。
前はいつだったか。そう、イルカ先生が亡くなって、カカシ先生が変わってしまった時だ。
イルカ先生が忘れられてしまったようで、ただ哀しくて。
あの時は、そうだ、サスケの胸で泣いたんだ。
『おら、来い』
『来いって、言ってんだ。・・・貸してやる』
頭を抱えた手。押しつけられた肩。その温かさ。
まだ、覚えている。
帰りたい。そう思った。あの日を、サスケを取り戻したい。
『これで・・・また、あの人といられる』イルカ先生が呟いた言葉。
そうか。そうなんだ。
おれは、サスケといたかったんだ。そして、これからも・・・・。
ぎゅっと、拳を握る。生乾きの頬をごしごしと拭った。顔をあげる。
目の前に、あの人の名前がある。しっかり見つめた。
そうだよな。甘えてちゃ、だめなんだ。
大切ならば、守らなければ。欲しいなら手をのばさなければ。
誰もくれないと膝を抱えてたって、何も始まらないんだ。
イルカ先生だって、カカシ先生といる為に凍死寸前で帰ってきた。
おれも、取り戻すんだ。サスケを。
今はどうしたらいいのか、わからない。でも、諦めずにいればきっと、あいつに伝わるはずだ。
サスケなんだから。
立ち上がり、背筋を伸ばす。
一礼して、おれは慰霊碑を後にした。
<END>
『低空飛行』へ続く
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