唯一無二
    by真也







  風の中に消えていった人を、おれは黙って見送った。 
 朱髪と、めっぽう軽い話し方と、その下の凄い気は変わっていなかった。
 幸せかと訊いた。真摯な瞳で。
 以前、カカシ先生にも同じことを訊かれた。何故か、似ている。
 正直に答えたら、穏やかに笑った。
 イルカ先生は知ってたんだな。あの人の、あんな笑顔を。あの優しさを。
 だから、受け入れたのだ。きっと。
 慰霊碑を振り向く。『いい人だろ』と、声が聞こえた気がした。そのとき。
 気配を感じた。とっさに木の上に身を隠す。いきなり、後ろから首に腕がまわった。
「くっ」
 応戦しなければとクナイを握って、やめた。
 後ろの気配が、誰かわかったから。
「よう。早いな」
 一応、声をかけてみる。
「誰だ」
 耳に、低音。明らかに怒っている。
「奴は、誰だ」
 今度はゆっくり、一言ずつ区切って言った。
 こんな時、ごまかしは効かない。正直に言うことにする。
「朱雀だよ」
「けっ、やはりな」
 腕の力をゆるめて、サスケは吐き捨てた。くるりと踵を返す。まずい。追う気だ。
「何処行くんだよ!」
 腕を掴んで引き止めた。闇色の瞳が剣呑に光る。すごい力。今にも、おれを振り払って行きそうな。
「木の葉の上忍をたばかったんだ。ただで帰すわけにはいかない」
「それでどうする!せっかく決まった条約をぶち壊すのか!」
 必死で言う。沈黙の後、あいつが大きく息をはいた。全身の緊張を解く。
 おれは、胸をなで下ろした。





 明らかに不機嫌なサスケを連れて、おれは森の家に帰ってきた。
 手には酒。『喜八』のいつものやつだ。あとは、ちょっとした惣菜と握り飯。なにか食べさせなければ。
 きっと雲の国との国境から、全力で帰ってきたのだろう。人間、腹が減っているうちは、怒りが収まらないものだ。
 おれはため息をついた。サスケはむっつりと黙ったままだ。怒鳴っているうちはいい。こうなったら一番、厄介なのだ。このままじゃ、機嫌が直るまで・・・ひょっとしたら、朝まで責められかねない。体力的に、それだけは避けたい。掠れ声しかでない朝なんて、あまり迎えたくないのだ。
 がらり。やや乱暴に、あいつが戸を開けた。二人、黙って入る。
 辺りはもう、薄暗くなってきていた。
「腹減ったなー」
 殊更に大声で言ってみる。反応はない。構わず、小さなお膳を出し、買ってきたものを並べた。酒を開け、コップを並べる。
「ほら。飲むんだろ」
 酒を注いで、ずいと差し出す。サスケは黙ってコップを受け取った。一息にあおる。
 酒、足りないかもしれない。
 取り敢えず、握り飯片手に煮物をつつく。今のうちに、食べておかなければ。
「うまいぞ、これ。おまえも食ってみろよ」
「訊きたいことがある」
 きた。直球だった。
「なんだ?」
「なぜ朱雀と、あそこにいた」
 漆黒の瞳がにらみ据えている。おれは目を反らさずに言った。
「イルカ先生の、墓参りだよ」
「どうして奴が、お前を知っている」
「何年か前、あいつがイルカ先生に会いに来てて、その時偶然おれもいたんだ」
 必死で言葉を紡ぐ。サスケが怪訝そうに眉を顰めた。
「本当だろうな」
「おまえに嘘言ってどうするんだ」
 平静を装って聞き返した。おまえに言うのは、ここまでにしたい。
 サスケは少しの間考えていたが、やっと顔をゆるめた。おれはホッとした。
「いつ頃気付いたんだ?」
「輿が出て、少ししてから。気配が違った。だが、途中で放棄はできない。国境まで我慢して、後の奴に押しつけて来た」
「酷いな。そいつ、怒られてないか」
「大丈夫だ。国境を越えるまでの約束だから」
「ふーん。そりゃ、よかった」
「よくない」
 ぐいと腕を取られた。小さな膳が横へと動く。コップの酒が、少しこぼれた。
「もったいねぇの」
「うるさい。何、話してた」
「何って?」
「奴とだ。言え」
「なんだよ」
 腕ごとサスケに引き寄せられた。
「あの野郎。カカシと俺を比べやがった」
 目の前に黒い瞳。その奥に、揺らめく炎。
 あいつの手が項にまわる。力が加わって、息を奪われる。深い口づけ。執拗にからんでくる舌。
 かぶりを振って、なんとか引き剥がした。
「イルカ先生の話だよっ」
 強く言う。確かにそうだ。嘘なんか、言ってない。
 闇色の目が、本当かと訊いてくる。疑り深い奴だな。このままだと、危ない。
 おれは息を吐き出した。大きく吸う。よし。ここは奇襲だ。
 サスケの飲み残した酒を、一気に飲み干す。景気づけに。
「怒るぞ」
 向き直って、睨み付ける。肩を押した。そのまま倒れて、あいつの上に跨がった形になる。両手で頬を掴んで、額を押しつけた。
「おれが、信じられないのか?」
「・・・いや」
「じゃあ、訊くことないだろ」
 言い捨てて、口づけた。サスケには及ばないけど、精一杯、唇を繋ぐ。意志を強く持った。応えてくる舌に、翻弄されないように。
「証明してやるよ」
 唇を離して、笑ってやった。あいつの目が見開かれる。戸惑っているらしい。
 そうだ、たまにはいい。いつも成すがままなんて、かっこ悪いのだから。
 なんだろう、動悸がする。まわってきたかな。
 胸を開いて、唇を落とした。おれより色素の濃い肌。思ったよりキメの細かいそれに、舌で触れる。掌で、指先で、滑らかな筋肉をたどる。無駄のない、実用的なそれ。細身な外見の割に、しっかりとついていた。固くて、しなやかな手応え。純粋に、その感覚を楽しんだ。
「ナルト」
 それに触れた時、名を呼ばれた。顔を上げる。視線が、ぶつかった。
 いいのか。瞳が語る。おれは笑んで、そこを含んだ。
 浅い位置から深い所へ。のどを押し上げる様で、少し苦しい。
 徐々に育ってゆくサスケの欲望。さらりと髪が撫でられる。指の感触が、気持ちいい。
 確か、前にしようとした時は殴られたよな。と、思い出した所で両頬がはさまれた。そのまま、上に引き上げられる。
 間近に、あいつ。瞳に、情欲の色。
 おれは首肯いて、膝を跨いだ。後ろに手がやられ、掻き回される。耐えられず、サスケの腕を掴んだ。自然と動く、腰。
 仕方がないな。苦笑する。
 恥ずかしいけど、認めるしかない。身体が、欲しがっているんだ。
 観念して、中の指を引き抜く。あいつを見つめたまま、腰を落とした。
「く・・・・んっ」
 慣れた圧迫感に、身を震わす。息を整えて、ゆっくりと動かした。あいつの手が、腰を更に揺らせる。身体の中で、サスケが暴れる。
 声を押さえられない。
 あいつが見つめる。嬉しそうな目。
 なんだか、くやしい。
「今度は・・・・途中、で、やめ・・・んな、よ」
 切れ切れに、言った。サスケがにやりと笑う。
 激しく責められて、あとはもう、言葉にならなかった。





 分かるか。
 おまえだけ、なんだからな。
 乱れる姿も。声も。流れる汗さえも。
 見せるのは、おまえだから。
 受け入れるのは、おまえだからだ。
 だから。





 思考力ゼロの頭に、規則正しい呼吸音が響く。
 あいつの、眠り。おれだけが見ることの出来る。温かな微睡み。
 『よかったじゃん』声が聞こえた気がした。
 そうだ。彼に、感謝しなくてはいけない。
 何もせずにただ甘えていただけの自分。まわりが変わってしまったと、独り善がりで拗ねていた。欲しいものにも手をのばそうとしないで。そして、誰が大切かも考えようとしなかった。
 みんな、彼が教えてくれたのだ。ちょっと、荒っぽいやり方ではあったけど。
 『おっさん、サンキュ』
 心の中で呟いて、おれは眠りにおちていった。



『いい顔、してる。きっと、黒髪さんも喜んでるよ』



<END>

 



そして、空腹セキヤは粥だけで我慢できたか!が知りたい人はGO!



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