のんびりと、何でもないことのようにカカシが言った。
「明日から任務はないから。そのかわり特訓ね」
「特訓?なんだってばよ」
「特訓と言ったら特訓でしょ」
「どんな特訓するんだよ」
「各自能力アップだーよ」
「アップって・・・どんなことするんですか」
「それは明日のお楽しみ」
「いきなりだってば」
「時間がないからね」
「時間?」
「そう」
「は?」
「あと二ヶ月ないのよ。俺がお前たちの監督するのも。そのあとは前線、行くからね」
「ええっ」
「ま、そゆことで。よろしく」
 にっこりと笑って奴は消えた。
 呆然と立ち尽くす俺達を残して。





それぞれの必要
 by 真也





ACT 1



 三ヶ月ということはわかっていた。
 しかし、それが一ヶ月も早くに終わり、次に奴が前線へ行くということは、まったく寝耳に水だった。
「まあ、当たり前といったら当たり前よね。なんせ『写輪眼のカカシ』なんだから」
「でも、もっと早く言ってくれてもいいよな」
「上層部の意向ってやつじゃないか。俺達には知らされるはずもないだろ」
「だってよ・・・」
 いい加減、しつこい。ただでさえ童顔なのに、そんな顔すると更に幼く見える。まったく。
 思わず、ため息がでた。
「ナルト。サスケ君が呆れてるわよ。いつまでも駄々こねない」
「駄々なんか、こねてねぇ!」
「はいはい。さみしいだけよね」
「さみしくないってば!」
「ムキになるな。図星だろ」
「違うって。痛ぇな!」
「うるさい。わめくな。ガキ」
「ガキじゃないって」
「もう一発いくぞ」
 じろりと睨む。あわてて黙った。それ位の学習能力はあるらしい。
 俺はぼんやりと考えた。カカシが戦場に行く。それはごく自然な流れのように思えた。
 今までが穏やか過ぎたのだ。俺達スリーマンセルの担当になって、イルカ先生と知りあって。奴にとっては充実した日々だったろう。あの日が来るまでは。
 死にに行くのか。そうとも考えたが腑に落ちない。奴が自ら死を選ぶはずがない。
 あの人が、それを許すはずがないのだから。
「サスケ。帰ろう」
「・・・・ああ」
 ナルトの声で思考は途切れた。 
 まあいい。奴が何を考えているか、特訓とやらも明日になればわかるだろう。
 俺は、二人の背を追った。




「サスケ。大丈夫か」
「んなわけないだろ・・・」
 指先一つ、動かせなかった。
 いくら『写輪眼のうちは一族』でも限界はある。朝から全開でこの能力を使わされてはたまらない。瞳術の見極めと技のコピー。戦略的な洞察をしながらの戦い。
 カカシは常に、俺の裏をかいた。同じ瞳術使い。しかしキャリアの差があり過ぎる。
「おい。帰ろうってばよ」
「・・・・いいから。先に帰れ」
「どうしてだよ」
「・・・・・」
「ナルト。だめだってば」
「おい。サスケってば」
「うるさい!足に力が入んねぇんだよ!早く行け!」
 半ばやけくそになって怒鳴った。情けないけど、今は自力で立てない。
 かっこわるすぎる。
「サスケ。しごかれたんだ」
 おお。しごかれたってもんじゃないぞ。あれはもはや苛めの範疇だ。
「お前たち、なんでそんなに元気なんだよ」
「おれは一日中、精神集中だったぜ。あとは基本的な技の復習かな」
「私はサスケくんとカカシ先生の模擬戦をデータにしてたの。あとはナルトと一緒よ」
 俺は黙っていた。頭の中は罵詈雑言の嵐だったが。
 ゆっくりと身体を起こした。意地でも帰ってやる。手をついて、立ち上がろうとした。途端に足がガクガクと震える。力が入らない。バランスを崩した。 
「うわっ」
「サスケっ」
 腕を捕まれた。痛い。途端に顔が、熱くなる。
 ナルトに抱きかかえられたような形になった。畜生。カカシの奴、いつかのしてやる。
「離せ」
「だめだってば。サスケ、倒れちゃうって。今日はおれ、送っていくからさ」
「サスケ君。そうしたら?」
「・・・・・」
「無理しちゃ駄目だ。あしたも特訓あるし」
「じゃ、いっそのこと。あんたんちに泊まってもらったら?」
「そうだな。そうしよっか」
「・・・・いいよ」
「決定。じゃ、行こっか」
「いいって言ってるだろ!」
 怒鳴った拍子にぐらりと揺れる。今度はナルトもよろけた。
「危ないっ」
「わあっ」
「もうっ」がっしりと支えられる。
 俺達は呆然とした。お互い、顔を見合わせる。
「しっかりしてよね。二人とも」
 俺達を支えたサクラが、困ったように笑った。




「ちょっと用事があるの」と、サクラは途中で別れた。
 何回か通ったナルトの家までの道を、俺はあいつの肩を借りて歩いた。
 すぐそこに見えるあいつの横顔。色素のうすい髪。黄金色に輝いているそれは、見かけよりも柔らかいのかもしれない。僅かな風にも揺らめいていた。そして、碧い瞳。豊かな感情と表すそれは、数年前、波の国で見た『海』と『空』によく似ていた。
 あの時は、俺が抱きつかれてたんだよな・・・。
 一ヶ月前のことを思いだす。子供のような高い体温。しゃくりあげる肩の動き。形のよい耳に生えていた、細かい産毛。微かに聞こえる、あいつの息づかい。
 驚いた。あまりにリアルに思いだせてしまったから。
 あの時はそんなこと、気にもならなかったのに。
 何故だろう。鼓動が、早い。
「へへへ・・・」
「何だ」
「いや。ちょっと嬉しいかなって」
「何が」
「こうしてるとさ。なんつーか、その・・・・やっぱり、やめる」
「俺がバテたのが嬉しいってか」
「違うって。・・・・あのさ、怒らない?」
「どうして怒るんだよ」
「だって。おまえすぐ殴るし」
「怒らねぇよ。・・・・言え。中途じゃ気持ち悪い」
「うん。じゃあさ。言うけど・・・・なんか、いいよな。こういうのって」
 鼻の頭を掻きながら、照れ臭そうに言う。それは、イルカ先生と同じ癖。顔まで少し、赤くなっている。
「どこがいいんだよ」
「うーんと。上手く言えないけど、助け合ってる、みたいなさ。おれ達、お互い必要みたいで。・・・・サスケっていつも一人で考えて一人で行動しちゃうから、おれなんて頼りにされてないのかなって思うけど、今はちゃんと必要とされてるみたいで、嬉しいんだ」
 頭を殴られたような感覚。
 今まで誰かを必要とするなんて、考えたことがなかった。血継限界を引き継ぐ俺。それもうちは一族はもう、俺一人なのだ。背負うものの大きさが身にしみて、一人でいるのが当たり前だと思っていた。
「おれ、こないだのも合わせて二回も、お前に命助けられているからさ。今度はおれから何かできないかなって、思ってたんだ」
 そう言って、無邪気に笑う。
「・・・イルカ先生みたいには、到底出来ないけど。イルカ先生にもらった分だけ、おれもなにかをあげたいから」 
 身体の底から、何かが湧き上がってくる。
 言葉が出ない。どう言っていいか、わからない。
 くれるのか、俺に。
 本当にいいのか。
 俺も、求めていいのか。
 その時、初めて知った。自分が酷く餓えていたということに。
 どうせもらえないのなら、最初からいらないと思っていたことに。
 くれるなら、もらうぞ。
 どんな方法を使ってでも。
 俺は、黙りこくって歩いた。ナルトは俺が機嫌を損ねたのだと思ったのか、おとなしく肩を貸していた。
 夕暮れの下町。子供たちの声。家路につく人々。それを迎える姿。
 俺達は全て持っていない。でも、寂しくはなかった。
 与えられるということ。与えるということ。それまで無くしたのではなかったのだから。
 ならば。もっと強くなりたい。
 多くを与えられるように。


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