こんなことじゃ駄目だ。そう思い続けていた。
 何とか、なんとかしなくては。
「・・・!」
 後ろから突き上げられた。思わず、壁についていた手が揺れる。バランスを崩して、溺れた者が何かをつかむように手を動かした。次の瞬間、両肩をつかまれ壁に片頬を押し付けられた形になる。
 あいつが深く奥まで入ってきて、息ができない。
「何とか言えよ」耳元で言う。固い声。
 黙っていたら、そのまま腰を揺らされた。自然とのけ反った姿勢になる。
「それとも、憐れんでいるのか」低く、吐き捨てる。
 違う。違うんだ。
 何か言おうとした。が、次に襲ってきたものに苛なまれ、身を固めるしかなかった。




飛来
    by真也






ACT 1



 おれは、確かにその日を待っていたはずだった。
 あいつが暗部に行ってから、ずっと考え続けていた。
 二年前、あいつがおれにしたことの意味。おれの答え。そして、なぜあいつは行ってしまったかということ。
 明確な答えは出なかった。ただ、今でもおれはあいつを嫌いではないということ。それだけは分かっていた。
「今度の任務は上忍一人に中忍数名のグループ編成で行います。第八グループには新しく異動された上忍が指揮につきます。明日の正午に顔合わせですので、任務受け付け所の前に集合してください」
 受け付けの中忍が言った。汗を拭き拭き、ファイルを読み上げている。
「おい、聞いたか?」隣の、同じグループの奴が言った。
「なにを」
「今度異動してきた上忍ってな。何でも、暗部やりながら上忍試験、受かったらしいぞ」
「すごいな」
「ああ。血継限界の血の持ち主とかで、短期間で功績をガンガンあげてたらしい」
「ふうん」
「どんな奴かな」
「さあ。明日、遅れるなよ」
「まさか。おまえじゃあるまいし」
「ぬかせ」
 じゃあな。と、片手を挙げて同僚は去っていった。
 サスケだ。
 確信していた。
 サスケが帰ってきたんだ。やっと、会える。
 期待と不安とが合わさったような気持ちが、おれを取り巻いていた。





 次の日の正午、おれは受付の前にいた。昨日の同僚もいる。呼び出しがやってきて、おれ達は顔見せ場の会議室に入った。
 整列して、上忍を待つ。来た。
 受付案内の係の後ろに、黒髪の忍。背が、伸びていた。ポケットに手を入れ、やや肩をいからせて部屋に入ってくる。黒い瞳。
 サスケだった。
 目が合う。瞬間、おれは反らしてしまった。
 頭が僅かに下がって、俯いた状態になる。胸の中にわだかまるものが、顔を上げさせなかった。
 恥ずかしいのだろうか?いや、違う。
 微かに、でも明らかに感じる憤り。嬉しいはずなのに。
 そのまま係の紹介を聞く。前頭部のあたりに視線を感じた。
 見ている。
 見ているんだ、サスケが。
 でも、顔が、見られない。
 中忍の自己紹介が始まった。次々と終わってゆく。
 ついに順番が来た、とっさに顔をあげる。刹那、あいつの目が見えた。哀しい瞳。しかし、それはすぐに反らされてしまった。
 最初は自分が視線を合わさなかった。なのに、おれは例えようもなく、寂しく感じた。
 たどたどしく、必要最低限だけ話して下を向く。
 どうして。
 自分でも説明がつけられなかった。



「第八グループは七人か・・・。こんなにいらないな」
 中忍たちの資料を見ながら、サスケが言った。顎に手を当て、何やら考えているようだ。
「今回の任務は足が重くなっては意味がない。お前たちの力量も知りたいし。明日から午前、午後に別れて模擬戦をする。午前は中忍同志。で、午後は俺と一戦交えてもらおう」
 言ってすぐ、中忍たちがざわめいた。あいつはそれを一瞥する。空気が凍った。
 圧倒的な威圧感。
「各自準備を怠るなよ。・・・・俺は手加減しない。では、明日早朝、アカデミーの第二演習場に集合しろ。解散」
 そこにいたメンバーに有無を言わせず言い捨てて、黒髪の上忍は踵を返した。
 とっさに、後を追おうとしたが、同僚に捕まっている間にあいつは行ってしまった。 
 胸が、重かった。



 その日のうちに、『うちはサスケ上忍』の噂は広まった。
 とんでもない『曲者』として。



 次の日から始まった模擬戦は、想像の域を超えていた。
 午前中はともかく、午後のサスケとの一戦。それは熾烈を極めた。
 毎日、一人ずつ、立てなくなるまで戦わされた。油断をするものは即、火遁の術の餌食になった。
「覚悟しろよ」
 同僚たちは口を揃えて言った。
 今日の午後からは、おれの番だ。
 アカデミーの食堂で昼食を摂った後、模擬戦開始の時間まで待機する。
 サスケと戦う。何年ぶりだろう?中忍試験以来、だろうか。
「ちょっと。ナルトってば」
 サクラだった。腰に両手を置いて、目の前に立っていた。
 表情は、なぜか怒っている。
「なんだよ」
「第二演習場のことだけどね。あんたからサスケ君に言って欲しいのよ。もう、火遁やり過ぎでボロボロでさ。アカデミーの生徒がろくに演習できないの。いくら上忍でも、やり過ぎよ」
「あ・・・・ああ」
「絶対よ!ちゃんとサスケ君に加減してもらってね!」
 おれのいう事を聞いたらな。と、いう言葉は飲み込んだ。
 サクラは急いでるらしく、言いたいことだけ言って、いってしまった。
 時計を見上げる。
「時間だな」
 おれは一人呟いて、席を立った。



 あちこちが焼けただれた木に囲まれた演習場で、サスケはおれを待っていた。
「・・・遅いぞ」
 横を向いたまま言う。
「ごめ・・あっ、すいませんでした」
「では、始める」
「あっ、ちょっと待って・・・・ください」
「何だ」
 訝しそうに、やっとおれを見た。
「あのさ、サクラが言ってたんだけど・・・演習場つかうの、もっと加減しろって」
「どういうことだ」
「火遁、使い過ぎて木が脆いから、アカデミーの生徒が演習できないんだってさ」
「ふん・・・・そんなことか」
「でもさ、一応アカデミーの演習場だし」
「わかった」
「えっ」
「火遁を使わなければいいんだろう」
「あのっ、それと」
「いくぞ」
 いきなりクナイが飛んできた。大きく跳んで、距離をとる。10m程離れた所の木の上に姿を隠した。
 顔合わせの時のことを、謝っておきたかったのだが、仕方ない。
 おれは辺りの気配を探る。なにも、感じられない。
 完璧にサスケの気配は消されていた。さすが、暗部というところか。
「!」
 いきなり後ろに殺気、同時にクナイが振り下ろされた。寸ででよけて、跳ぶ。
「遅いな」
 言葉と同時に膝が腹に入った。胃液が逆流する。木に飛び移ろうとしたおれの前に、先回りして膝蹴りしたのだ。衝撃で飛ばされながらもなんとか着地する。休む間もなく、クナイが飛んでくる。地面に転がって避けた。
 立ち上がろうとした所を上からのしかかられる。右手で首を締め上げられる。
「二年間、何をやっていた」
「くっ」
 頭に血が巡らない。息が苦しい。目が、霞む。
 意識をとばしそうになるのをこらえてなんとか逃れた。指を噛みきって血を出し、手印を組み、口呪を唱える。
 口寄せ、土遁の術。
 が、しかし。
 口寄せのガマは現われなかった。
「修行不足も甚だしいな。精神統一がなってない」
 少し離れた場所で、サスケが印を組んで言った。
 闇の目がきらりと光る。スッと右手を出した。
「・・・・おまえに使うのは、もったいないがな」
 右手の周りをなにか、静電気の様なものが渦巻いている。それはバチバチと火花を上げはじめた。
 あれは、まさか。
 一度だけ、見た。
 『雷切』
 サスケがにやりと笑った。
 次の瞬間、胸に衝撃。電気が走ったような感覚。熱さと痛み。
「わぁっ!」
 後方に飛ばされた。胸を抑えて転がる。痺れて、立ち上がれなかった。
『やられる』真剣に、そう思った。
 あまりに段違いな力。これが上忍と中忍の差なのか。
「わかっただろう」
 あいつが、つかつかとやってくる。地面に手を着くのがやっとなおれの胸ぐらを、右手がぐいと掴んだ。そのまま引き寄せる。
 もう一方の手が掛かって、ベストが開かれる。アンダーシャツの首が、大きく引き伸ばされた。肌に風が触れて、反射的に身が震える。
「・・・・やりすぎたか」
 ぼそりと、サスケが呟いた。片手で自分のベストを探る。
 油薬のビンを取り出した。薬を手につけて、触れようとした。その時。
「嫌だっ」
 声が出た。あいつが、目を丸く開いて見ている。
 どうしてだろう。触られるのが、怖い。
「火傷をしている」ぽつりと、サスケが言った。
 手がゆっくりと退かれた。顔が背けられる。
「薬は、それをつければいい」
 言い捨て、あいつが消えた。
 おれはただ、自分の言ったことに呆然としていた。
 胸には赤く、火傷が出来ていた。



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