飛来
    by真也






ACT 2



 酷いことをしてしまったと思った。
 理由は自分でも分からない。でも、謝らなければいけないと思った。
 自分が原因とはいえ、あいつはおれを心配してくれたのだから。
 油薬を塗って、アカデミーへと戻った。
 食堂。休憩室。他の演習場。そして任務受付所。
 サスケの姿は見当たらなかった。他の同僚もいない、今日は皆、解散したのだろうか。
「ちゃんと言ってくれた?」
 サクラだった。授業はもう終わったらしく、本の山と出席簿を抱えている。
「なにが」
「ええっ、ちゃんと言ったでしょ!第二演習場のことよ」
「ああ、それ。言ったぜ」
「あ、そう。よかった。ちょっと、これ持ってよ」
 ずいっと本の山を押しつけられる。
「リーに持たせろよ」
「今いないでしょ。で、あんたまだいたのね」
「ああ」
「ふうん。居残り?」
「どうしてだよ」
「だって、サスケ君。さっき演習場の使用は今日で終了だって、アカデミーの職員室に言いに来たわよ」
「そうか。じゃ、帰ったのかな」
「かもね。あの、森の中の小屋に行ってみたら?あんたが行かないから、リーさんに時々掃除してもらってたのよ。だから、たぶんすぐに住めるはずだけど」
「あそこか。ありがと」
 素直に礼を言う。
「腕試し、終わったのね。よかったじゃない」
「へっ」
「みんな、そう言ってるわよ。うちは上忍は中忍の腕試しをしたって。大変だったみたいね」
「ああ。もう、なんか落ち込むくらいにな」
「本当に強くなって帰ってきたのね。すごいわ」 
 サクラはしみじみと首肯いた。
 おれはむっつり、黙り込む。ちょっとくやしい。
「ま、サスケ君。あんたの為にそこまでやったんだから、ナルトも頑張らないとね」
「えっ、おれの為って?」 
 分からなくて、聞き返した。サクラは微笑んだまま、おれの頭をポンッと頭を叩く。
「これだから。お子さんは大変だわ」
「子供扱いすんな」
「あ、ここまでだわ。またね」
 本の山を受け取って、サクラは去っていった。






 その小屋の近くに着いた時、あたりはもう暗くなっていた。
 別にそんなに遠くにあるわけではない。ただ、来辛くて、もたもたしていただけだ。
 小さな、サスケの家。あの日からここには来ていなかった。いや、来れなかった。何度か足を向けたのだが、いつも途中で引き返してしまった。
 そこにサスケがいない。そう思っただけで、それ以上進めなかった。
 帰っているだろうか。落ち着かない。
 薄暗闇のなか、灯が見えた。帰っている。
 鼓動が早い。意識してるのだろうか。あの時のことを。
 頭を振って考えを散らし、おれは小屋の前に降りたった。
「サスケ」
 声を掛けた。返事はない。
「いるのか。おい、サスケ」
 もう一度、少し大きめの声で言った。中から動く気配。しかし、返事はない。
 しばらく中を伺った。殺気はない。
「開けるぞ」
 思い切って、戸を開けた。
 サスケは奥の畳の部屋に座って、酒を飲んでいた。おれが入ったことなど、気にもとめずに酒を注ぐ。
「あのさ。おれ、話があって来たんだ」
「・・・・・」
 こちらさえ向かない。気まずい沈黙が落ちる。
「酒、うまいか」
「暗部では、これしかなかった」
 ぽつりと、答える。
「サスケ、今日のことだけど・・・」
「何しに来た」
 全部を言わせず、言葉を投げる。無表情な面がこちらを向いた。
 黒い瞳。漂う気に呑まれて、足がすくむ。
「あの、油薬、ありがと。それで、おれ、あの時」
「そのことならいい」
 早口に言い捨てた。
「でも。せっかくおまえが・・・」
「もういい!」
 言いかけを、打ち切られる。ふいっと横を向いた。
「サスケ」
「もう帰れ。今日はゆっくり休め。俺も、やりすぎた」
「サスケ!聞いてくれ!おれ、どうしてか分からないけど、あの時勝手に・・」
 いきなり、パリンと音がした。サスケが持っていたコップを壁に投げつけたのだ。
 怒気が溢れる。睨み付ける、サスケの目。背筋が凍った。
「いい気になるな」
 底知れぬ、威圧感。
 声が、出せない。
「お前、誰にものを言ってるか、わかっているんだろうな」
「ごめん。でも・・」
「黙れ!」
 言葉と同時に気をぶつけられる。よろけて、戸に背中をぶつけた。
 おれは目を見張る。サスケの顔。あきらかに怒っていた。
「来い」
「えっ」
「こっちへ来い!」
 鋭く言われた。少し戸惑った。が、近づいて、サスケの前に正座する。
「・・・馬鹿が。黙っていれば、そのまま見逃してやったのに」
 小さく、吐き捨てる。聞き返そうとした瞬間、首の後ろを取られて引き寄せられる。間近に、サスケの顔。
「忘れるな。先に足を踏み入れたのは、お前なんだからな」
 耳元に、言葉を落とし込まれた。
 おれは、動けなかった。





 どう言えばよかったのだろう。
 自分でも説明できない感情だった。
 サスケに会えて嬉しかったのも事実。でも、もう一つ、別の気持ちがあいつを拒絶した。
 あいつは、たぶん、誤解している。どうにかして、それを解かねばならないことは、わかっている。
 しかし、どうすればいいのだろう。
「腰を上げろ」
 サスケが言った。四つんばいの姿勢のまま躊躇っていると、乱暴に腰を引き上げられた。ついで、背中を押されて床に胸がくっつく。
「抵抗、しないのか」
 頭の上で、フッと笑う気配。そして、それが差し込まれた。
 ゆっくりと、身体の内壁を進んでくるサスケの指。時折、かき混ぜるように蠢いた。不快感に襲われて、頭を細かく振る。
 おれは唇を噛み締めた。ぎゅっと目を瞑る。
 大丈夫。自分に言い聞かせた。そう、大丈夫。
 これは、サスケだ。サスケ、なんだから。
 だから、大丈夫。
 


 二年前、サスケが行ってからすぐに、あの朱髪の人に会った。思いだす、自分の内部に侵入された時の恐怖を。
 恐ろしくて、身が竦んだ。悍ましさに身体が震えた。
 嫌だった。どうしようもなく。
 でも、今は違う。おれが待ち続けた、サスケなのだ。
「息を吐け」
 言葉と共に、あいつが押し入ってきた。苦しい。圧迫感に息が詰まる。
 あの時とは、比べものにならないほど、辛い。違い過ぎる。
 始まった律動に、声が漏れる。いやだ。腕で口を塞ぐ。
 脱がされた下衣を握り締めて、終わるのを待つしかなかった。





「帰るまでに、消えろ」
 戸口でサスケが言った。おれは力なく、横たわっていた。全身が、だるい。
 なにか言おうとする間に、戸が閉まった。
 こんなとこだけ、あの日と同じだ。漠然と思った。そう、置いていかれたことだけ。
 腰が、背中がやり場のない疼きを訴える。でも帰らなければ。
 ゆっくりと身体を起こして、顔を顰める。こんな所まで同じなのに。
 あの時は、こんなに悲しくなかった。情けなくはなかった。
 打ちつけられた、あいつの怒り。それの原因を作ったのが自分であると思い知らされて、尚、やりきれなかった。
 「なんとかしなくちゃ・・・」
 おれは、自分自身に呟いた。



<END>




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