わらしべ中忍
   by真也






ACT3



「どうしようかな・・・・」
 白い綿製のマスクを手に、うみのイルカはとぼとぼと歩いた。道端に小さな花が咲いている。あれはブタクサとかいっただろうか。地味な花だよな。イルカは変に共感した。地味だっていいじゃないか。みんな精一杯生きているんだから。思わずその花を応援したいイルカであった。
「マスク、ねえ」
 手の中のそれを眺める。マスクの用途ってたしか、風邪ひきの時の喉の保湿とか保温。そうそう、顔も隠せるよな。
 そこまで考えたら目に浮かんだ。顔の下半分を隠した某上忍。いつもめいいっぱい手を煩わされているその人を、イルカは思いだしたくなかった。確かに彼なら一食くらい奢ってくれるだろう。しかし、その後がこわい。何故だか何十倍ものお返しを払わなければならないような確信がある。
「ま。人間、楽しちゃいかんということだな」
 しみじみと思う。この任務が終ったら、また地道な生活に戻ろう。それが一番だ。
 自己完結しながら進むと、前から誰かやってきた。時々咳やらくしゃみやらしている。黒眼鏡に顰めた眉。への字の口元。特別上忍エビスだった。
「こんにちは、エビス特別上忍。お風邪ですか?」
「ああ、イルカ君ですか。違いますよ。花粉症です」
「あれ?花粉症って春先だけじゃ・・・」
「外来種では秋に咲く花もあるんですよ。そこのブタクサみたいにね!」
 ぴしりと小さな花を指差す。少なからず、イルカにはショックだった。
「あの、あの花はひたむきに咲いてるだけじゃ・・・・」
「甘いですね。だからいつまでも中忍なんです。あれはアレルゲンの一つですよ」
「・・・・・・はあ」
「だから、私には迷惑千万ですね」
 エビスはちり紙を取り出し、また鼻をかんだ。
「ああ、息がしにくいですね。せめてマスクでもあれば、少しは防げるのに」 
 マスク。ここにあった。
「エビス特別上忍。では、これをどうぞ」
 すっと先程のマスクを差し出す。エビスの顔つきが変わった。
「これはこれは。イルカ君、やっぱり君は気がつきますねぇ。さすが教育者は違います」
「いえ。ただ単に持ってただけですから・・・・」
 掌が返っている。やはり特別上忍。変わり身も早い。神妙にエビスが訊いた。
「一つ訊きます。そのマスク、未使用ですか?」
 細かい。そっちこそ立派なお目付役だよ。心の中で愚痴りながら、イルカは首を振った。特別上忍がにっこりと微笑む。ひょっとしたらハヤテ特別上忍が使ったかもしれないが、イルカは使用してない。だから未使用だと考えよう。
「助かりますよ。じゃ、遠慮なく」
 すっとエビスが手を出した途端、イルカはマスクをスッと退いた。黒眼鏡の奥の眉が顰められる。
「これを差し上げてもいいんですが、今オレは火影様の命で動いています。すなわち手に持つものを何かと交換していかなくてはなりません」
「不可解な任務ですね。でも仕方ない。御前が命じられていることでしたら・・・・」
 エビスは何やら考えている。思いついたような顔をして、印を組んだ。白い煙と共になにか四角いものが現われる。
「これを君に差し上げましょう」
 差し出されたそれにイルカは目を開いた。忍のマークの参考書。おそろしく分厚い。二十センチ位あるだろうか。それも豪華な表紙革張り。文字は金箔押し。おそらく、図書館に保管してもおかしくないような特別編だろう。
「エビス特別上忍・・・・よろしいので?」
「すごいでしょう!いや、ちょっとこの本の編集に関わりましてね。家に何冊かあるんです。本来は一個人に差し上げるのはもったいないですが、今回は特別にイルカ君に差し上げましょう!為になりますよ」
「ありがとう・・・・ございます」
 万年中忍がこんなのもらってどうするかよ。イルカの心の呟きは空気に消えた。マスクを差し出し、本を受け取る。ずしり。異様に重かった。
「では」
 黒眼鏡にマスクの、外見は殆ど変質者のエビスがさっそうと手を振る。イルカは本というより重りな参考書を抱えたまま、ぼんやりとそれを見送った。
 道端ではブタクサが揺れていた。





ACT4へ

戻る