「ここか・・・・よし!」 古びた大きな屋根を見あげて、中忍は両手を握り締めた。 アンタ一番勝負!〜お稽古カカシシリーズその6〜 by真也 ACT2 「お前、どんな技を使ったんだ?」 銀髪の上忍に会おうと決心して、見事に三日連続空振りをくらった夕方、イルカは呼び止められた。 「隊長・・・」 「おい、それやめろって。今は『先生』だろ」 振り向くと、髭の上忍が立っていた。 「すっ、すいません。アスマ先生」 「相変わらず不器用だな。まあ、それじゃカカシもすぐ飽きると思ってたんだがよ。しかし本当に飽きちまうとはね」 意味がわからない。 「あの、どういうことですか?」 「あ?何って?言葉どおりだよ。あいつ、飽きちまったんだよ。全てさ」 言いながら、ごそごそと煙草を取り出す。イルカがマッチを探している間に、火遁の術で火がつけられた。 「イルカ」 「はい」 「カカシの奴、やめちまったんだよ。習い事全部」 「ええっ」 中忍は目を見開いた。あの上忍が、やめただって? 「こないだ、暗部で歓迎会があったんだよ。おれたちも呼ばれてな。どういったわけかあいつ、なーんもしなくてよ。『つまんないねぇ』って、陰気くさく酒飲んでんだよ。ありゃ、暗かったね」 「何も・・・本当に、何もしなかったんですか?三味線も?尺八も?あの人、琵琶だって弾けるんですよっ。フラメンコだって踊れるのにっ」 イルカは詰め寄った。アスマは咥え煙草のまま、首を横に振った。 「・・・・そんな」 「ま、みんな正直、迷惑してたからな。まわりの奴は大喜びだったけどよ。って、おい!イルカ!」 足に力が入らない。ぺたり。中忍はその場にへたり込んだ。アスマが慌てて顔を覗きこむ。 「・・・・しなくちゃ・・・」 「イルカ?どうしたんだよ」 「なんとか、しなくちゃ」 中忍の顔は蒼白だった。俯いて、ブツブツと同じことを繰り返している。 『こりゃ、ついに頭に来たかな』と元上司が危惧した瞬間、イルカががばりと顔をあげた。 「アスマ隊長!」 「な、なんだよ」 「教えて頂きたいことがあるんですっ!」 ひしとすがってきた中忍の目は、すでにしっかり潤んでいた。 で、二時間後。 イルカは一軒の家の前に立っていた。 アスマから聞いたカカシの家。 それは、どう見ても家という代物ではなく、むしろ、古寺と言ったほうが似つかわしいものだった。 仮にも里随一の手練れが。 その気になれば、どんな家でも選り取りみどりだっただろうに。 「ここか・・・・よし!」 古びた大きな屋根を見あげて、中忍は両手を握り締めた。 とにかく入ってみよう。当たって砕けろだ。 自分に言い聞かせながら、イルカは大きく息を吸い込んだ。 「ごめんください!」 返事がない。 「ごめんください!あの、カカシ先生!」 やっぱり、ない。 「いらっしゃらないんですか?」 3度目の正直。返事は無かった。 任務中かな。アスマ隊長は今朝に復命したっていってたのに。 『まさか、怪我でも・・・・』不安になる。 もう一回声を掛けよう。返事が無かったら、受付で調べるんだ。そう決心する。腹に力を入れて。 「カカシせ・・」 「いるよ」 「わっ!」 言い終らないうちに遮られた。後に銀髪の上忍。唯一覗いた右目が、無感動に向けられている。 「カカシ先生っ!」 「アンタねぇ。うるさいよ」 「あっ、すいませんっ」 「で、何よ」 「えっ?」 「用もないのに来たの?」 「あ、ああ!オ、オレ・・・」 言いかけて、思考が止まる。どう切り出したらいいか考えてなかった。 脂汗を流しながら、中忍は固まった。 「入る?」 ため息をつきながら、カカシが言った。 「あのっ」 「どうすんの?」 「あ、はい!お邪魔します!」 何とかイルカが答えると、上忍は横を通り、引き戸をがらりと開けた。肩が触れる。 「キタナイからね」 ぼそりと言って、カカシは奥へと進んだ。 「ここは・・・」 「ただのもと古寺だよ。もっとも、ご本尊はとっくの昔に他へ移されたけど」 長身の背中が、ぶっきらぼうに答える。 「どうして」 「暗部に一人、変な坊主がいてね。俺があそこを抜けるとき、そいつの知り合いからこの宿坊を買ったんだよ。なんせ、物がいっぱいあったから。俺、金ないしね」 「ええっ?上忍がですか?」 言ってしまって、気付く。まわりを見渡して納得した。 そこは混沌の世界だった。 普通の家とはかけ離れた広い空間に、ありとあらゆる物品が並んでいる。 三味線。琵琶。尺八などの楽器。 ドレスに友禅。普通の羽織袴も整然と掛けられている。 いつぞやの巨大筆もきちんと洗われ、立て掛けられていた。 『案外、几帳面なんだな』 しみじみと感心する。 さまざまな器材の間を抜けてふたりは歩きつづけた。 本堂の両脇に小さな次の間があり、カカシはそこで寝泊まりしているようだった。申し訳程度の縁側の向こうに、風呂や台所、厠らしきものが見えている。 「少し、待ってて」 カカシが台所に消える。ぽつりとイルカはその場に残された。 「どうぞ」 しばらくの後、カカシが戻ってきた。ごとりと黒褐色の重厚な茶わんを置く。すっとイルカの前に進められた。 茶わんの中には綺麗に点てられた抹茶が入っていた。 「もう、こんな面倒なことしないけどね。アンタが、最後だ」 蒼い右目が、僅かに歪む。イルカが戸惑っていると「飲んでよ」と、声が投げられた。 姿勢を正し、茶を頂く。作法なんて分からなかったが、心を込めて飲み干した。 「ありがとうございます」 一礼して、茶わんを置く。カカシは黙って見つめていた。 「オレ、あんたに話があってここに来ました」 「いいの?」 「えっ」 「知らないよ」 「!」 言葉と同時に右腕が後ろに回され、左頬が畳に押しつけられた。目の前を茶わんがごろごろと転がり、壁に当たって止まる。 「カ、カカシ先生っ」 「馬鹿だねぇ。ほっときゃいいのに」 耳元に上忍の声。吐き捨てるように言葉が継がれた。 「下手に甘い顔見せるから、つけ上がられんだよ」 ベストの襟がアンダーシャツごと引きおろされる。額当てがごとりと落とされた。次の瞬間。 考える間もなく、右の首筋に熱い痛みが走りぬけた。 ACT3へつづく! |