これは、何?
 考えられない。
 首筋を走る痛みが、手足の動きを封じる。
 ただ、迫りくるものが怖くて、唇をかみしめた。







アンタ一番勝負!〜お稽古カカシシリーズその6〜 by真也






ACT3



 月明かりの中、うっすらと天井が見える。
 板張りの、今にも落ちてきそうなそれを、イルカはぼんやりと見つめた。
 あれからどのくらい経ったのだろう。たしかここに来たときは、辺りが薄暗くなり始めていた。
 身じろぎして、顔を顰める。開かれてしまった腰は熱を帯び、じんじんと断続的に疼いている。
「辛い?」
 視界を銀色が遮った。僅かな光にも輝く、紅と蒼の瞳。
 きれいだな。
 そう思って可笑しくなった。
 こんな時なのに、何の感情も湧かない。怒りも、失望も、何も。
「ねえ・・・・・辛いの?」
 もう一度訊かれた。僅かに歪む表情。ちくりと心が痛んだ。
 理由はわかっている。おそらく、自分は知っているのだ。この表情を。
 そしてたぶん、前に見たときも同じように感じていた。自分の痛みより、目の前の者の痛みを。
「俺の眼を見て。今から記憶を封じる。痛みも感じないようにする」  
「・・・どうして」
 やっと声がでた。掠れた、酷い声が。
「だってアンタ、嫌だろ?覚えてないほうがいい」
 拗ねたように顔を顰める。頬に指が触れて、そのまま滑らされた手が身体を抱きしめた。
「わかっていたのに。どれだけ努力したって、叶えられないものはあるってこと。でも、どうしてもやめられなかった。アンタに続いてたから」
 くぐもった声。密着した身体が細かく震えている。
「今度こそうまくやれると思ってたのに。最初は努力するだけでよかった。アンタがそれを見たいと言って・・・見てもらうだけで満足してた。でも、どんどん欲しくなって。拒絶されて正直、ホッとしてた。だのに、アンタはここに来た」
「カカシ・・・・先生」
 紡がれる言葉のすべての意味はわからない。でも、彼は求めていたのだ。自分を。何よりも。なのに。
 見たくもないくせに社交辞令で言ったのは自分。
 はっきり断らず、ずるずると続けていたのは自分。
 嫌がっていたはずなのに、失って寂しかったのは自分。
 惹かれていたくせに体裁に囚われ、素直に自分の気持ちを認めなかったのは、他でもない自分なのだ。
 身体が離された。再び、色ちがいの瞳がイルカを見下ろす。
「酷いことをしたけど、俺は後悔してない。今まで『努力』してきて、よかったと思ってるから・・・・。でも、もうやめる。アンタは思い出せなくなるし、俺はもう努力しなくていい。全部、なくす」
「あ・・・」
 急に、不安になった。
 忘れるって?
 なくすって? 
 全部、だって?
 じゃあ、あの表情も消えるのか。
 切なげな横顔も。 
 活き活きと発した言葉も。
 『努力』したいと語ったあの時間も。
「怖くないから。痛みもない。すぐ終る。今さら、だけど」
「いやだ」
 言葉がでた。胸が詰まって苦しいけど、なんとか絞り出せた。
「アンタだって、困るでしょ?」
「でも・・・・嫌だ」
 困惑した顔を見上げる。まるでだだっ子みたいに。
「イルカ先生」
「すいません。オレはあんたから逃げてました。きちんと気持ちも伝えず、あんたを理解しようともしないで。でも、もうオレは逃げません。だから、消さないでください」
「わかってるの?」
 カカシの声が低くなる。見下ろす視線に力が込められた。
「アンタ、消さなきゃ認めないとイケナイんだよ。俺のこと、全部。出来るの?」
 抑揚のない声。湖で聞いたものと同じ。
 正直、自信などない。まだ、気持ちの整理さえついてないのだ。
 だけど、一つだけわかる。
 オレはあんた、嫌じゃない。
「カカシ先生」
「なに」
「できるかどうか、わかりません」
「じゃあ」
「努力します。あんたと同じように。それじゃあ、駄目ですか?」
 思いきって言った。上忍の目が大きく開かれる。ついで、泣きそうに歪められた。がばり。再び抱きしめられる。
「努力します!俺も、今まで以上にっ。頑張ります!」
 カカシが力強く宣言した。
 イルカはゆっくりと微笑み、目を閉じた。




 いいかもしれない。
 まだわからない二人だけど。
 一緒に努力すれば、より多く叶えられるかも。
 手が届かなかったものに、触れられるかもしれない。
 だから、あんたと努力しましょう。
 お互い、近づけるように。



「あっ、そうだ。カカシ先生」
「いい所なのに。なんですか?」
「一つだけ、言いますけどね」
「はい」
「来週からのお稽古、ここでしてください」
「えっ?ああ、いいですよ。でも何故ですか?」
「だってオレあの長屋、気に入ってますもん。あそこを出てゆく気ないです」
「わかりました。その代わり、発表会の日は泊まってくださいね」
「は?何故ですか?」
「俺も、やるからには極めたいですからね」
「何をです?」
「やだなぁ・・・・・アンタですよ」
「げっ」




 発表会は続いている。
 週に一回、古寺に通う中忍がいるらしい。
 彼らは日夜、努力しているのだ。
 お互いを高めるために。



今日の標語:お互いに 努力で繋ごう いつまでも




end


戻る