わからない。 どれがあんただったのか。 どれも本当に見えたのに。 それとも、全部あんただったのか? また一つ、中忍は深いため息をついた。 アンタ一番勝負!〜お稽古カカシシリーズその6〜 by真也 ACT1 「最近、ここも静かになったねぇ」 薄い壁越しに聞こえる。あれは、隣のばあさんの声。誰かが応えている。きっと、息子かじいさんだろう。 うみのイルカはぼんやりと見上げた。薄暗い、シミだらけの天井。つい最近までカカシの大道具でいっぱいだった八畳が、今はがらんとしている。 「この部屋、こんなに広かったっけ・・・」 ごろりと寝返りを打つ。前は横になるだけで何かに手足をぶつけていたのに。今は手も足も伸ばし放題だ。 湖での一件の翌日、カカシはイルカ宅に人をよこした。その日のうちに改装がなされ、カカシの持ち込んだ道具類は全て引き上げられていった。 『いい事じゃないか。迷惑してたんだろう?』 自分の中で、自分が言う。 確かにそうだ。胃が痛くなるほど悩んでいたのだから。でも。 『アンタさ。お人好しもいい加減にしなくちゃね』 彼は言った。覆面を上げ、左目を隠した姿で。 『でもまあ、結構楽しんだよ』 今も耳に残っている。感情のかけらもない声。 言葉どおり遊ばれただけなのだろうか。毎週続いた発表会。彼にとっては、体のいい気晴らしだったのか。 お人好しな中忍をからかうだけの・・・・・。 『ええっ!聞いてくださるんですかっ!』 アカデミーの生徒達でもしないような、嬉しそうな顔。 『哀しいですねぇ。イルカ先生には、わかってもらえると思ったんですが・・・』 切なそうに歪めた眉。胸がずきりと痛んだ。 『イルカ先生、俺、頑張りますねっ』 活き活きと言われた言葉。つられて微笑んでしまったのは事実。 「わかんねぇよ・・・・」 呟いて、イルカは幾度めかの寝返りを打った。 月日は淡々と過ぎていく。 アカデミーと家を往復する日々。以前は任務など行ってないんじゃないかと思う位、顔を会わせていたのだが。 この一週間、イルカはカカシを見ることはなかった。 気になって任務帰りのナルトを捕まえ、様子を訊いてみた。しかし。 「別に。なんも変わらないってばよ。相変わらず遅刻してるし、暇があったらイチャパラ見てるしよ」 教え子は不思議そうに言うだけだった。 「イルカ先生。そんなに気になるなら、直接カカシ先生に会えばいいってよ」 正論で返される。まさか、ナルトに突っ込まれるなんて。我ながら情けない。 できるもんならとっくにやってるよ。できないから訊いてるんじゃないか。 イルカは一人ごちた。 たとえ会いに行ったとしても、会ってくれるのだろうか。彼は飽きたのだ。中忍をからかう遊びに。 どうせ会っても、言う言葉がない。 ならば諦めてしまえばいい。タチの悪い上忍に絡まれたことは、忘れてしまえばいいのだ。 『オレって・・・やな奴』 わかっている。それができないのが自分。誰にも嫌われたくない。八方美人な自分。 イルカはがっくりと、肩を落とした。 何もない日々は続いた。 イルカとてわざと避けているわけじゃない。むしろ、アカデミーの業務より受付業務をメインにしていた。なのに、事態は変わらない。 『避けられているのだろうか』 そう思うと、気が重い。 あまりに音沙汰がないため、イルカはカカシの任務履歴と報告書を調べた。が、しかし。 そこにあったのは、膨大な数の紙の山だけだった。 改めて知った。 売れっ子の上忍である。指名される任務依頼は多いだろうとは思っていたが、ここまで大量な任務をこなしていたとは。 その中で週に一度の発表会をこなし、発表会の為の練習をしていたのか。 任務内容の書かれた報告書は、どれも美しい楷書で綴られていた。 『書道、やってたもんなぁ・・・・』 一日や二日の付け焼き刃では、ここまでの文字は書けない。 『ほんと、熱心だったよな』 しみじみと感心しながら、イルカはカカシの文字を指でなぞった。 遊びなんかじゃない。 人をからかうという理由だけで、ここまでできるわけがない。彼は努力してきたのだ。それこそ、真剣に。 お稽古とは楽しい作業ではない。こつこつと積み上げてゆくものだ。 写輪眼という能力を使えば、彼は瞬時に会得できるのだ。何もかも。 何せ、千の術をコピーした忍者なのだから。なのに。 『でも、それじゃあ努力できないじゃないですか』 困ったように彼は言った。 『俺はね、どんなことでも、それに至る経過が大切だと思います。常に己を鍛え、努力しつづけること。俺はそれを忘れたくないんです』 遠くを見つめる視線。何を思っていたのだろうか。 『イルカ先生には、わかってもらえると思ったんですが・・・・』 彼は求めていたのではないだろうか。「努力し続ける」という姿勢を理解してくれるものを。そして、自分ならば理解してくれると信じたのではないだろうか。だから・・・・。 「どうしよう・・・・」 痛まない日はない胃が、きりきりと鳴く。 ひょっとしないでも自分は裏切ってしまった。彼の、信頼を。 『やっぱり、会わなきゃ』 イルカは思った。何を言っていいかわからない。でも、会って謝らないといけない気がする。 彼にとってはただの遊びだったかもしれない。それでも、このままでは自分の気が済まない。そしられても馬鹿にされても呆れられても、素直に伝えよう。自分の気持ちを。 中忍は大きく首肯いた。 ACT2へ続く |