ナイショの夏〜お稽古カカシシリーズ過去編2:カカシside by真也







ACT9



 イルカを傷つけたくない。
 ずっとそう思ってきたのに。
 俺は、また失敗してしまったのだろうか。

 

「変更はなしだな」
 砦を出ようとする俺に、アスマが確認した。
「ないよ」
 装備を確認しながら答える。
「日没でいいんだな」
「そうよ。どかーんとやっちゃってね」
「ああ。わかってるよ」
 木の葉がとった作戦。それは、待つことでも攻めることでもなかった。
 龍髯の雲の国軍は情報を操作し、木の葉を油断させた上で高坂を攻める参段を取っていた。ずいぶん準備は整ってきているようだったが、万全を期しての状態とは言えない。それに、内部に導火線もある。もしそんな状況で、木の葉を攻めるに格好の機会が巡ってきたとしたら・・・・。
「しっかし物騒な作戦だな。砦内の不仲を強調する為に、砦の一部を壊しちまうなんて」
「なに言ってんの。本当に仲間割れしちゃったら、わざわざ砦の端っこなんて狙わないよ。それこそ、主要部をやっちゃうだろうからねぇ」
「ま、そうさな」
 俺の答えに、仲間はさもありなんと頷いた。
「ときに。イルカはどうしてる?」
 心配性の同僚が訊いた。本当、配慮が細かいねぇ。お前に頼んでよかったよ。
「部屋に閉じこもってる。結構効いちゃったみたい」
「そうか。仕方ねぇな」
 大きく息を吐き出しながら、アスマが言った。俺は仮面の中で苦笑する。
「いいのよ。あの人には、あの人だけにしか出来ないことがある。ここで役に立たなくても、必要とされる場所がたくさんあるんだ。こういうところで必要なのは、俺みたいなのでいい」
 そうだ。イルカはたくさん持ってる。俺みたいなのを見つけてくれた目も。注いでくれた心も。差しのべてくれた手も。だから、里にはいるんだ。イルカを必要とする人たちが。そして、待ってる。もちろん、俺もそうなんだけど。
 ふと思った。
『あの子も待っているかもしれない』と。
 火影屋敷で見た子供。得るべき愛を得られずに、脅えた目をしていた子。大切なあの人の、大切な子供。あの子はじっと待っていた。親を待つ獣の子のように。
 あの子が待っていたのはたぶん、心を注いでくれる者。
 

 ああ。俺はイルカを帰さなければならない。あの子のもとへ。
 あの子を愛してくれるのは、イルカしかいない。


「んじゃ、頼むね」
 言いながら俺は窓枠に足をかけた。さあ、行きますか。
『草』の情報は今、俺の手中にある。これを生かしての情報操作し、龍髯の内部分裂を増長する。
「期待しててね。もうばっちり、焚き付けて来ちゃうからさ」
「はいはい。あちらさんが動きだしたら、さっさと帰ってこいよ」
「はーい」
 返事と共に窓枠を蹴った。砦の外に降りたつ。龍髯を目指し、俺は駆け出した。





 一つの気を感じていた。
 ごく僅かな、殺気のない気。高坂を出てからずっと、その気は俺を追ってきていた。
 時間がないからねぇ。この際、大人しくさせとくか。
 その気が敵でないのはわかっていた。しかし、味方でも足手まといはいらない。俺は足を止め、その気のほうを振り向いた。
「出ておいで〜」
 応答は、ない。
「焼かれたいの?」
 森は静まりかえっている。
「時間の無駄だからね、早く出てきてよ」
 気配が動いた。微かに羽ばたく音。一羽の山鳩が目の前に止まった。
 白煙。
 煙の中から現れたのは、イルカだった。俺は苦笑する。アンタ、こんなことも出来るようになったんだね。変化で気を誤魔化すなんて。
「すみません」
 真摯な表情。イルカが言った。
「わかってますか?あなたがしたのは命令違反ですよ」
「はい」
「処罰されます。砦に戻ってください。今なら間に合う。なんなら、俺からアスマに口添えしてもいい」
「戻りません」
 首を振り、言葉を返してきた。結んだ唇。見える固い意志。
「どうしてですか」
「おれも何かしたいんです」
 必死の表情で言った。まっすぐな目。俺は視線を逸らした。
「気持ちはわかります。だがこれは潜入任務。アンタには、無理だ」
 厳しいことを言ってると思う。でも。これだけは譲れない。アンタを失いたくないから。
「・・・・・わかっています」
 ぽつり。視線を落とし、イルカが呟いた。すぐに顔を上げる。
「けれどっ、今回のことはオレの責任です。尻ぬぐいを暗部さんに押しつけて、のうのうとなんてしてられませんっ」
 視線を上げる。俺を見据えて言った。
「自惚れるな。アンタだけのせいじゃない。帰れ」
「暗部さん!」
 がしり。腕を掴まれた。目の前にイルカが迫る。逃げられなかった。
「お願いです。一緒に行かせてください。足手まといになるならば、どうぞ棄ててください」
「アンタは暗号解読員だ。棄てることはできない。そのときは、殺すことになる」
 ありえる事実を伝える。捕虜の拷問なんて、アンタに経験させたくない。あやつり人形のアンタもごめんだ。そうなるくらいなら、この手で。
「かまいません」
 静かな声だった。俺の方が驚く。イルカを真っ向から見つめ直した。
「オレ、こんなだし、それも仕方ないと思います。ただ、他の皆が戦っているのに、自分一人だけ安全な所にいるのはいやなんです。忍としても。人間としても。下手でも精一杯努力して、納得できる人生にしたい。だから、お願いします」
「・・・・・イルカ」
 黒い目に俺を映し、イルカが微笑む。
「それにオレ、暗部さんならいいんです。どうしてだかわからないけど。あなたになら、始末されてもいいかなって」
「・・・・・・」
 言葉がなかった。どうしてそんなこと言うのかも。俺はアンタを傷つけてしまった。それでも、アンタは言ってくれるんだね。俺の、欲しくてたまらない言葉を。


 応えたい。
 否、今こそ応えるのだ。
 全力を尽くして、アンタの願いに。


「わかりました」
 全身から、絞り出すように言った。イルカの表情がパッと変わる。
「暗部さんっ」
「但しこれからは俺の指示に従ってください。この任務が終わるまで。絶対ですよ」
「わかりましたっ!ありがとうございますっ」 
 やっとイルカが手を離した。ぺこりとお辞儀する。その時。
 ドォォ・・・・・・ン!
 地響きと共に、後方で轟音が響いた。
「あっ!砦の方だ」
「始まりましたね」
「えっ」
「作戦が始まったんです。これから急ぎますよ。遅れずについて来てください」
 踵を返し、木の上に飛び上がった。ずいぶん時間をロスしてしまった。間に合うか。
『今後会話は遠話でします。波長はこの波長で。いいですね?』
『はい』
 後方を見やる。なんとかイルカはついて来ているようだった。心持ちホッとする。
 前方を見る。俺は印を組んで、操る草達に情報を飛ばした。『高坂に内紛あり』と。これで、半刻を待たずして、龍髯はこの情報を知ることになるだろう。


 守る。
 里も、イルカも。
 俺の未来も。
 必ず守りきってみせる。


 固く心を決しながら、俺は木々を駆けた。



ACT10

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