ナイショの夏〜お稽古カカシシリーズ過去編2:カカシside by真也







ACT6



「でよ、その後どうなんだ?」
「なーにがー?」
 ぼそぼそと訊いてくる同僚に、のんびりと俺は答えた。チッとアスマが舌打ちする。
「とぼけんじゃねぇ。あの坊ちゃんだよ」
「アスマ。『坊や』はナシよ。言ってるでしょ?」
「へいへい。で?」
「ばっちりよん。ブツブツも出なくなったしねー」
「ほお、進歩じゃねぇか」
「でしょー?」
 目を見張る仲間に、にやりと笑ってみせた。当然でしょ?俺が真剣にがんばってるんだから。 
「それよりさ。あの人の仕事ぶり、どう?」
 上目づかいに訊いてみる。煙草に火をつけながら、アスマは言った。
「悪くねぇな。きっちり解読してるしよ。おめぇと違って、字も綺麗だしな」
「ひっどーい。知らないの?俺、書道も習ってンのよ。今はウツクシイ字なんだからー」
「ああそりゃよかったねぇ。ったく、いくつ習ってんだか。お稽古おたく」
「なんとでも言ってー。努力って気持ちいいんだから」
 しなりと身体をくねらせて言うと、心底嫌な顔をされた。まったく。わかってないねぇ。
「でもよ、カカシ。なんかくせえよな」
「なによ。任務中は香なんてつけてないよーだ」
「バカ。あちらさんのことだよ。そう思わないか?」
「んー、そうだねぇ」
 アスマの問いに、うんうんと頷いた。高坂の城に来て半月、未だ状況は動かない。火影のじいさんは近々龍髯に動きがあるとふんでいた。だから、今回の増援を決めたのだ。けれど。
「『草』から送ってくる情報は、みーんな『異状なし』だからねぇ・・・・」
「普通、砦二つで睨み合ってンだからよ、何がしか小競り合いがあるもんだ。なのに、あっちもこっちも静まり返っている。こう静か過ぎると、かえって怪しいってもんだ」
「だねー」
 本当は何もないに越したことはない。でも、今までの経験がそれはないと言っていた。残念ながら、そんなに現実は甘くない。
「アスマ」
「ああ?」
「今夜、龍髯行ってくるねー」
「おう、頼まぁ。おめぇが一番動きやすいからな。でも、イルカはどうすんだよ」
「イルカって呼んだな?まあ、いいか。アスマだし」
「なんだよ、それ」
 おどけて言えば、思いっきり不審そうな目でみられた。いやだねぇ。信頼してるってのにさ。
「適当に何か言っといて。夜、イルカが寝てから行くから」
「へいへい、わかったよ」
「じゃねー」
 言うと同時に扉へと向かう。アスマに手を振った。仕方がないという表情で、仲間は見送ってくれた。
『イルカ、待ってるかな』
 長い廊下をスタスタと歩く。暗号室へと向かって。
『さあて。お稽古開始』
 気合を入れ直しながら、俺は歩き続けた。




「はあーっ、気持ちいいですねぇっ」
 吹き抜ける風の中、イルカが振り向いて言った。
「けど、いいんですか?砦の外に出ちゃって」
 小首を傾げ、言葉を継ぐ。イルカの後ろに空。真っ青なそれに、うっすらと雲が浮かんでいる。
「構イマセンヨ。チャント『訓練』デ、許可取ッテマスカラ」
 だって見せたかったのだ。ここに来てから、何日かぶりの快晴。薄暗い砦の中より、イルカには太陽の下が似合うもの。
「ソレニ、何カアリマシタラ、俺二遠話デ連絡ガキマス」
「そうなんですか」
「ハイ」
 ふいにイルカの顔が曇った。あれ、俺いけないこと言った?
「すみません。オレの為に・・・・」
 すまなそうに項垂れる。いいのに。そんな顔、イルカに似合わないよ。
「時間ガ勿体ナイデス。サア、始メマショウ」
 構わずに切り出した。すまなくなんてない。これくらい当たり前。イルカはいっぱい、俺にくれたんだからさ。
「遠話ノ印ハ、覚エマシタカ?」
「もちろんですっ。今日は、チャクラを波長に変える練習でしたね?」
「アタリデス」
「始めます。暗部さん、見ててくださいね」
 明るい声。その声を耳に染みこませながら、俺はイルカを見つめた。



 去年出会った頃より、イルカは進歩していた。きっといっぱいベンキョウしたのだろう。理論で術を理解していたから、コツを教えるだけでよかった。とはいえ、生来の不器用さが足を引っ張ってか、微妙な波長の違いが出しにくいらしい。
「いきますよっ」
「ハイ」
『キーンッ!』
 耳を劈くような金属音。波長の調整、失敗。
「惜シイデスネェ・・・・」
 片耳を押えながら、苦笑した。ありゃ、砦全体に聞こえてるねぇ。
「すいませんっ」
 イルカが駆けてくる。どんどんと俺の方へ進んでくる。ありゃりゃ、どこで止まるのかねぇ。
『大丈夫ですか?』
 へ?今の、確かに聞いたぞ。
「ソレ!ソレデスヨ」
「えっ?なにがですかっ?」
『今の、大丈夫ってやつ。それが遠話です。あなた、今、使いましたよ』
 遠話で説明する。しばらくして、イルカの目が大きく開いた。
「ええーっ!オレ、今、夢中で・・・・本当ですかっ?」
「本当デス」
 にっこり。仮面の下で笑う。珍しいんだよ。俺の笑顔なんてさ。
「やったー!」
 がしり。いきなり抱きつかれた。ちょっとまて。これって、イルカだよねぇ。
「アノ、大丈夫デスカ?」
「はい?」
「俺、『暗部』デスヨ?」
「あ・・・・」
 電気が走ったみたいに、イルカが飛び退いた。ブツ。ブツブツ。ブツ。徐々に現われる、紅い斑点。
「スミマセン。出チャイマシタネ」
「いいんですっ!」
 断言。イルカが言い放った。意味がわからず、見つめてしまう。次の言葉を待った。
「すみませんっ。でも、あの、いいんです。暗部さんだから・・・・・・暗部さんだから、いいんです」


 言葉。
 イルカはいつでもそれをくれる。
 俺自身さえ分からなかった、俺が一番欲しい言葉を。
 呼吸するみたいに、簡単に。


「変なこと言って申し訳ないです。だけど、オレ、本当に嬉しかったから・・・・」
 呆然とする俺を見上げ、イルカがしどろもどろで言う。顔が真っ赤になっていた。 
「イイエ。オ役二立テテ嬉シイデス」
 混乱していた頭で、考えられるだけ丁重な言葉を返す。会話作法教室、行っててよかった。
「ありがとうございます」
 にこり。イルカが微笑んだ。
「暗部さんって、いいひとですね」
 俺が一番好きな、あの夏と同じ笑顔。やっぱりみとれた。やばいよ。抑えなきゃ。イルカが欲しい自分が、また止められなくなってしまう。
「練習、シマショウ。モウ少シデ、出来ルヨウニナルハズデス」
 理性をかき集めて、言った。イルカがこくりと頷く。俺を見ながら、印を組み始めた。
 

 イルカが喜んでくれている。
 イルカの役に立っている。
 イルカが『いい人』って、言ってくれた。
 何よりも嬉しい。
 頑張るからね。もっと。もっと。
 いつか、正々堂々、イルカと出会えるように。
 努力するから。


 胸に湧き起こってくるものを必死で抑えながら、俺は指導を続けた。




ACT7

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