ナイショの夏〜お稽古カカシシリーズ過去編2:カカシside〜 by真也 ACT5 「進ンデマスカ?」 扉を開けながら、パックンを通して声を掛けた。部屋の住人が振り向く。 「はいっ、おかげさまで。やっと要領が飲み込めてきました」 イルカが笑顔で答えた。俺は観察する。十秒。二十秒。三十秒経過した。発疹は・・・・でていない。 「ソレハヨカッタデスネ」 ホッと胸を撫で下ろしながら言った。数日前と比べ、格段の進歩。嬉しくなる。機嫌よく俺は印を組んだ。左肩のパックンが、すとんと床に降りたつ。手に持っていた紙束を手渡し、イルカの元へと歩かせた。 「ハイ、今日ノ分デス」 「パックンさん、ありがとうございます」 イルカがにっこりと紙束を受け取る。最初はびっくりしていたが、徐々にパックンに慣れてきたようだ。人形相手に敬語で話している。何ともイルカらしい。 「今日もいっぱいですねぇ」 紙束を覗きこみながら、イルカが言った。ばさりとそれを机の上に置く。すぐさまブツブツと呟きながら、暗号解読に入った。 本当、真面目だねぇ。 思いだす。的に殆ど当たってなくても、イルカはクナイを投げ続けていた。一生懸命だった横顔。 全然変わってないその表情を見ながら、俺は苦笑した。 俺達がいるのは暗合室。ここには、各地に散らばった『草』からの情報が集まってくる。情報は全て暗号化されており、それらを解読して整理するのがイルカの役目だった。 解読された情報は、隊長のアスマに報告される。その中から必要な部分のみが中枢に送られるのだ。木の葉に情報を送ること、それもイルカの役目だった。 幸か不幸か、今のところ情勢は安定している。龍髯も高坂もだ。火影のじいさんは何か掴んでいたみたいだけど、この砦に集まる情報に怪しいものはなかった。 このまま、なーんにもなかったらいいのにねぇ。 心なしか祈ってしまう。腐ってもここは前線。そんなことは、望めやしないのに。でも、イルカを危険な目にあわせたくなかった。 念のため、一度龍髯に行ってみるかな。そんなことを考えていた時、イルカの声を聞いた。 「暗部さん」 「・・・・・へ?」 一瞬、誰のことを言っているか分からなかった。思わず素の声が出てしまう。 「あの・・・・おかしかったですか?すみませんっ、どうお呼びしたらいいか分からなかったのでっ」 焦りながらイルカが言う。少し考えて、自分が呼ばれたのだと自覚した。 「ソレ、俺デスヨネ?」 「はいっ、申し訳ないですっ」 ぺこぺこ謝っている。俺は一歩前に進んで、ぺこりとお辞儀をした。 「アリガトウゴザイマス」 「えっ?」 「『暗部サン』。イイ名前デスネ。嬉シイデス」 「じゃ、じゃあっ」 「俺ハ任務上、本名ヲ明カスワケニハイキマセンカラ、コレカラソウ呼ンデクダサイネ」 「は、はいっ!こちらこそありがとうございますっ」 イルカが頬を紅潮させて言う。面で顔は見えないけれど、俺は精一杯、笑顔を返した。 『暗部さん』 イルカは暗部アレルギーなのに、暗部の俺を見てくれる。 接しやすいようにパックンという代役を立てたのに、ちゃんと俺を見てくれるんだね。 そして、名前を呼んでくれる。 あの、夏のように。 「暗部さん。ここ、訊いていいですか?」 書類を指差しながら、イルカが尋ねた。 「イイデスケド、ドコラヘンマデ近ヅイタライイデスカ?」 一応、訊く。急に近づいて発疹でも出されたら、今までの苦労が水の泡だ。 「うーんと。昨日は二メートル位まで大丈夫でしたから、今日は五十センチくらいで」 「無理ハシナイデオキマショウ。一メートルデ、イイデスネ?」 「はい。宜しくお願いします」 イルカの頷きを確認して、俺は前へと進んだ。 「ありがとうございます。暗部さんに手伝って頂いたおかげで、予想外に早く終わりました」 束ねた書類をトントンと揃えながら、イルカが言った。 「イエイエ。俺ハチョコット助言シタダケデス。殆ド、アナタガヤッタヨウナモノデスヨ」 トコトコとパックンを歩かせながら答えた。本当だよ。イルカはよくやってるんだから。 「後ハ、コレヲ隊長二届ケレバイインデスネ」 パックンに書類を受け取らせて、俺は確認する。今日の仕事は終わりだ。 「はい、大体は。後は整理済みの定期報告を里に送るだけです」 言いながら、イルカが何かを取り出した。小さな、丸めた紙。定期報告らしい。 「ちょっと、失礼しますね」 言いながらイルカが窓を開けた。小さく指笛を吹く。バサバサと、羽音。 「チー!」 それは一羽の鳶だった。窓の外に現れ、イルカの腕へと飛び乗った。 「へえ」 思わず素の声が出た。普通伝書を届ける鳥は、鷹が主流だったから。 「オレが慣らしたんですよ。というか、慣れてもらったと言った方がいいかもしれませんが」 「スゴイデスネェ。アナタガ育テタンデスカ?」 「任務帰りに見つけたんです。ちょうどケガをしていて、傷が治る間一緒に暮らしていたら、慣れちゃって・・・・」 鳶はイルカの腕でじっとしていた。なぜだかこちらを見ている。 「最初、こいつ気が荒くて大変だったんですよ。全然近よらせてくれないし、餌も食べてくれなくて。だからオレ、変化の術で鳶になって警戒を解いたんです」 イルカらしいな。そう思った。そこまでできるイルカだからこそ、鳶も心を開いたのだ。なのに、俺は・・・・。 ちくりと胸が疼いた。 「それっ!」 文を託し、イルカが鳶を放す。鳶は大きく舞い上がった。徐々に小さくなってゆく。 「今回の任務も、チーのお蔭なんです。あいつがオレの言うこと聞いてくれるから、暗号解読と連絡の任につくことが出来た。でも、本当は自由にしてやりたいんです。いつまでもオレにつきあわせるわけにはいかないだろうし。遠話覚えたら、いいんでしょうけど・・・・」 苦笑しながらイルカが言う。相変わらず優しいね。ちょっとだけ、妬けた。 「教エマショウカ?」 「え?」 「遠話。俺デヨケレバ。ソノウチ必要二ナルデショウシ」 「お願いしますっ!」 言い終わらないうちに迫ってきた。目の前にイルカがいる。俺は目を見張った。ブツブツ、出来なきゃいいけど。 「嬉しいですっ!オレ、頑張りますからっ」 鼻先でイルカが微笑む。ブツブツは、出ていなかった。 翌日から、俺はイルカに遠話を教えることになった。 鳶にちょっと勝った気がして、妙に嬉しい午後だった。 ACT6 |