ナイショの夏〜お稽古カカシシリーズ過去編2:カカシside by真也







ACT3



 あの日から、ずっと見つめてきた。
『影』になって。ただの『暗部』になって。
 いつか再び目の前に立てるよう、一つ一つ、努力しながら。



 鏡の前で印を組む。例の薬はもう飲んだ。ぼわり。白い煙とともに、煉瓦色の髪の男が現れる。
『わからないよね』
 頭をぐしゃぐしゃに掻き回しながら、確認した。
『これだったら、絶対俺には見えない』
 暗部は面をつける。この一年で背も伸びた。きっとイルカを追い越してるだろう。何より、俺はあの時のガキじゃない。声だって低くなったんだ。
『バレたり、しないよね』
 写輪眼の暗示は強力だ。ちょっとやそっとでは解けやしない。現に今まで観察してきたけど、イルカに記憶の戻った素振りはなかった。だからきっと思いだしてない。やせっぽちでかわいげないガキのことなんて。


 思いださなくていいんだ。
 辛い過去など。
 アンタを壊すことしか、出来なかった俺なんか。


 イルカは中忍として努力していた。そりゃ、戦闘は相変わらずだったけど、知識や、暗号解読はめざましく成長した。今度の遠征に選ばれたのだって、イルカの努力の賜物なのだ。イルカが自分で勝ち取ったのだ。でも。
 高坂の城。
 そこは雲の国との国境。木の葉の北端。最前線だった。
 何があるかわからない。お世辞にも安全な場所とは言えなかった。戦いはそんなに甘くない。けれど、イルカは喜んでいた。大きな作戦につける事を。だから、思ったのだ。守ろうと。
 イルカが任務をやり遂げられるように。生きて帰れるように。努力しようと思ったのだ。そして。
 実は、もう一つ問題があった。
 半年前、俺はそれに気付き、それを治すべく準備してきた。あれを治さないと、木の葉の忍として致命的だったから。
「さあて」
 再び鏡を見やる。赤茶色の髪はわざとそうした。下手に黒髪にするより、逆に目立った方がわかりにくいと思ったのだ。
「よーし」
 犬面を取って、顔につけた。暗部服はもう着込んでいる。あとは、気配を隠して。
「いっくよん」
 素早く印を切った。部屋を出る所を見られるわけにはいかない。俺は、名無しの暗部だから。
 遠駆けの術。
 ぐにゃりと空間が歪む。胸のどきどきを抑えながら、俺は集合場所へと飛んだ。




 集合場所の片隅に潜み、俺はイルカを見ていた。エビスが作戦の概要を説明している。イルカはアスマの隊にいた。
 緊張してるねぇ。引き締まったおもてにそう思った。自然と顔がにやけてしまう。まずいますい。気を緩めたら他の上忍達にバレる。面の裏で舌を出しながら、気とチャクラを誤魔化した。
 改めて見る。あれから一年。しょっちゅう見に行ってたけど、イルカは少しだけ大人っぽくなっていた。背もちょこっとだけ伸びてる。いつも遠くからしか見られなかったから、それは新たな発見だった。
「はいっ、よろしくお願いしますっ」
 大きな声。イルカの名前が呼ばれたらしい。みんな苦笑している。イルカは全然気付いてないみたいだ。
「尚、暗号解読員には暗部からフォローがつきます」
 エビスの声。どうやら俺も呼ばれたらしい。そっと上忍の場所に姿を表した。
『最初から出てろ』
 いきなり肘でこづかれた。アスマが睨んでいる。
『やーだよ』
 遠話で返した。「やれやれ」とため息つかれたけど、それは思い切り無視してやった。
「解散!」
 エビスの声が響く。顔合わせは終わり。みんな三三五五、散らばっていこうとしていた。
『ねえねえ』
 アスマに遠話で話しかける。面倒くさそうに見られた。気にせず言葉を継ぐ。
『イルカに紹介してよ』
『何でおれが』
『隊長でしょー?』
『けっ、押しつけやがって』
「アスマ隊長!」
 大きな声に目をやった。ずんずんとこちらにやってくる。イルカだった。
「うみのイルカです。よろしくお願いしますっ」
 目の前にイルカがいる。ぺこりと九十度に礼をした。アスマがちろりとこちらを見る。小さく頷いた。
「おう。頑張れよ」
「ありがとうございます!」
「うみの中忍、こいつを紹介する。お前のフォローだ」
 アスマが俺を紹介した。くるり。真っ黒な目が向けられる。イルカがおれを見つめた。
 鼓動が早い。
 ばれたかな。面、つけてるよな。
 一瞬、不安になった。イルカは固まったまま、動かない。
 声を掛けようか迷った時だった。ブツ。ブツブツ。赤い発疹。
「おいっ、おめえ!」
 アスマの声。かなり焦っている。俺は観察し続けた。やっぱり、ね。
 瞬く間に、イルカの全身が赤く張れた。かゆいのか、ボリボリと掻きだしている。
「すみませんっ。オレ、アレルギーで・・・」
「アレルギーだと?何だそりゃ!」
「一年くらい前からこうなるんです。暗部服を見ただけで、ブツブツとカイカイが。医者にはアレルギーだって・・・・申し訳ありませんっ!」
 イルカがペコペコ謝っている。面の中、俺は苦笑した。
『アレルギーだとさ。どうすんだよ』
 アスマが困ったように見やる。
『いいよ。構わないから』
 パタパタと手を振り、俺は答えた。
『ちっ、こんなの遠征に入れたの誰だよ』
『まあまあ。かゆいだけでしょー』
『めんどくせえ・・・・・』
 ふと目をやると、イルカが小さくなっていた。うずうずと痒そうな肌。俺は腰のポーチに手をやり、例のアレを取り出した。イルカの前に差し出す。
『薬。受け取れって言ってよ』
 隣の仲間に言った。じろりと睨まれる。それでもアスマは口を開いた。
「受け取れってよ」
「えっ」
 イルカが目を丸くしている。口もぽかんと開いたままだ。
「薬だと。いいからもらっとけ」
 アスマが丸薬を取り、イルカの手に落とす。イルカが慌ててそれを受け取った。
「こいつはおれの知り合いでな。見かけは怪しいけど、腕は確かだから。な?」
「はいっ。あ、ありがとうございます」 
 一礼して、イルカが下がってゆく。項のあたりまで真っ赤だった。
 わかってたけど、つらいねぇ。
 後姿を見送りながら、俺は思った。



『大丈夫かよ』
 遠話に振り向く。同僚が複雑な顔をしていた。
『ありゃ、一筋縄ではいかないぞ』
『わかってるよーだ』
 口を尖らせ、言い返す。俺はイルカが消えた方を見ながら、『でも、やらないとね』と自分に言い聞かせた。

 数日後。俺達は高坂の城に向かって出発した。



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