ナイショの夏〜お稽古カカシシリーズ過去編2:カカシside〜 by真也 ACT2 あの人は言った。「おいで」と。 穏やかな笑顔で、言葉を続けた。「一緒に頑張ろう」と。そして。 俺の頭を、そっと撫でたんだ。 ひらりとその部屋に飛び降りた。 「カカシか」 「そうだよーだ。何よ。俺、忙しいんだからね」 急な呼び出しに抗議する。 「どうせまたイルカの所じゃろう。覗きもたいがいにすることじゃな」 キセルをふかしながら、部屋の主が言った。見透かされてる。やなジジイだねぇ。 「大きなお世話よ。かーえろっと」 「聞いてゆけ。今度の任務に必要じゃからな」 逃げ出そうとして釘を刺される。ほーんと、食えないったら。 「もう、手短にしてよね」 ぶちぶち言いながら、俺は机に腰かけた。火影と記された机の上に。 「で、なにー?」 「こら、降りろ」 キセルでシッシッと追いやられる。 「いいでしょー。ケチ」 「いつまでも子供みたいなこと言っとるんじゃない」 「だってまだ子供だもーん」 「の、わりに身体が成長しとるの」 「伸び盛りだからねー。大きくなーれってやつ」 両足をブラブラしながら、にやりと笑った。苦虫を噛み潰したような、しわくちゃの顔が見上げる。 「本題に入るぞ。ほれ、退け」 ついに机を追いやられてしまった。ふてくされて目の前に立つ。右手を胸に片膝をついた。じゃ、お披露目を一つ。 「して。ご用命は」 「おお。作法教室にはちゃんと行っておるようだの。いいことじゃ」 「努力してるもーん」 「お前からそういう言葉を聞くとはの。では言うぞ、今度の遠征についてじゃが・・・・」 「えー?あの任務は俺にボーナスって約束でしょ?イルカのガードしかやらないよ」 「・・・・・・そういうわけにもいかぬのだ」 声のトーンが低くなる。俺は眉を顰めた。じっとその先を待つ。 「龍髯に動きの気配じゃ。近くに潜ませていた者が知らせてきおった」 「で?俺に調べろってー?」 「そういうことじゃ」 「きったなーい!何やかんやこじつけて、また人をこき使うんだー」 「何を言いおる。龍髯の動向は即ち高坂へとつながる。高坂の危機は、おぬしも避けたいじゃろう?」 深いシワの中から、鋭い眼光が訊く。むっつりと黙り込んだ。きっちり、見透かされている。 「ちぇーっ。この埋め合わせはしてもらうからね」 口を尖らせ、そう言った時だった。気配を感じる。振り向いた。あそこだ。クナイを握る。 「カカシ、やめい」 じいさんの声に目をやる。何故。 「あれは何もせぬ。ただ隠れておるだけだ」 目をこらしてよく見てみる。書物が積み上げられる部屋の片隅、ぼろ切れみたいな毛布をかぶり、その子はいた。 「・・・・あの子は・・・・」 毛布の下から覗く金髪。その奥にある碧い目。 「人一倍、他人の感情に鋭いようでの。五つになったばかりと言うに、嫌悪感を持つものには寄りつかぬ」 獣の子みたいだと思った。親が狩りから帰るのを、息を潜めてじっと待つ。声を出したら外敵にやられる。それを本能で知ってるみたいに。 「誰か、あれに手を差し伸べてやる者が必要なのじゃ。じゃが、だれも心から自分の意志であの子を抱かぬ。それをあれは察してしまう」 俺にはあの人がいた。あの子と同じ髪と、瞳の人が。 『おいで』 忘れない。差し伸べられた手。それが自分に向けられたものだと知った時の嬉しさ。その温かさ。 あの子も待っているのだろうか。差し伸べられる手を。抱き上げてくれる腕を。だけど。 それをするべき人は、もういない。 「・・・おい」 一歩を踏み出す。毛布をかぶったその子がびくりと震えた。でも、声は出さない。 「よせ。お前の気は強過ぎる。かえって恐がらせるだけじゃ」 言われて足を戻した。確かにそうだ。俺には足りない。与えられるだけの温かさが。 「あれのことも考える。きちんとした世話役を決めんとな。もう行け」 じいさんの言葉に、黙って俺は拝礼した。大きく飛び上がり部屋を出る。屋根に上がり、頭上を仰いだ。 空。 あの人の瞳の色。あの子も同じ。 『先生、ごめん』 懐かしくて切ないその色を仰ぎ、俺はそっと呟いた。 ACT3へ |