封じられた夏〜お稽古カカシシリーズ過去編:カカシside〜 by真也 ACT9 急所を押さえて、動きを封じる。イルカは抵抗しなかった。 その行為は知っていた。 命を奪う以外で、人を制する方法の一つ。 殺すつもりはなかった。ただ、イルカを離したくなかった。 だから、俺という楔を、打ち込んだ。 全てが終った時、イルカは意識を失っていた。俺はイルカを彼の家に運んだ。 身体を清め傷の手当てをする。布団に寝かせた時、イルカが小さく呻いた。 眠り続けるその横で、俺はじっと待ちつづけた。 「う・・・ん」 指先がピクリと動いた。もうすぐ、起きる。 俺は顔を覗きこんだ。長い睫が細かく震える。 「イルカ」 堪え切れなくて、名を呼んだ。どんな顔をするかわからない。でも。 「イルカ」 もう一度呼んだ。ゆっくりと、イルカの目が開く。漆黒の瞳が現われた。 イルカはぼんやりと、焦点の合わない目で見つめていた。夢から覚めたような、そんな顔だった。 徐々に焦点が合う。瞳の中に俺が映った。 「あ・・・・れ?カカシ」 イルカは不思議そうに首を傾げたが、やんわりと口もとを緩めた。徐々に視線が降りてゆく。それが暗部服にとまった途端、両目が大きく見開かれた。 「うわ!・・!ああぁ!あ!」 こわばった表情で身を起こそうとするが、顔を顰めて動きを止めた。起き上がれず、うつ伏せになり布団を握り締める。 「落ち着いて」 「いやだっ!や!あぁ!」 掴んだ腕を振り払って身を丸める。頭が何度も振られた。 「もう、何もしない。しないから・・・・・」 俺の言葉に、ぴたりと動きが止まった。布団にこすりつけるようにしていた顔を、そっと上げる。 「オレの・・・・布団だ」 「そうだよ。イルカの家だ」 「オレ・・・どうして」 「とにかく、休んで」 「触るな!」 触れようとした手を、思い切り叩き落とされた。脅えた目。自分を抱くように両腕を身体に回して、ガタガタとイルカは震えた。 「イルカ」 「ひ!」 乗り出した俺を、イルカは異形の物を見る目で見つめた。引き攣った顔には、恐怖しか表れていない。 俺が少しでも動くと、イルカはびくりと震えた。 遠い。 手を伸ばせば届く所にいるのに。 イルカが、遠い。 ほんの僅かな距離をおいて、俺達は見つめあった。沈黙が流れる。俺もイルカも動かなかった。 駄目なの? もう、笑えないの? 名前を呼べないの? 手を、伸ばせないの? それでも離したくなくて、イルカの身体を捕らえた。力一杯抱きしめる。 腕の中で、バタバタとイルカが暴れた。 吐き出される悲鳴。凝縮した瞳。 しばらく抵抗した後、イルカの手がぱたりと落ちた。 動かない。 イルカは身じろぎさえしない。見開かれた目。軽く開いたままの口。色のない顔。人形みたいな。 名を呼び数度揺すってみたが、イルカの反応はなかった。 壊れてしまった。俺が、壊してしまった。 無理に手に入れようとしたから。 容易く手に入れようとしたから。 本当に、求めていたのに。 もう、手に入らないの。 所詮俺には、無理なの。 どんなにもとめても、無駄なの。 頭が痛い。 喉に、大きな塊が支えている。 堪えても、顎が、唇が震えて止められない。 低く、小さく声が漏れる。 一つ。二つ。イルカの顔に滴が落ちた。 それは、あの時でさえ流れなかった、俺の涙だった。 時間だけが過ぎてゆく。 涙が乾いてしまっても、俺はイルカを抱きしめ、座りつづけていた。 離せない。でも、イルカは戻ってこない。 どうしたらいいかわからなかった。 上忍なのに。 写輪眼だってあるのに。 たった一つ、求めたものは手に入らなかった。 あの人の命と同じように。 それどころか、俺はそれを壊してしまったのだ。 『カカシ。容易く手に入れたものは、それだけに身につかない。求めるだけじゃ、だめなんだ。自分がそれにふさわしくあるよう、努力し続けなければならない。わかるかい?』 いつだっただろうか。そう。写輪眼を移植した時、彼が言っていた。当然のように開き、使いこなせると思っていた俺。実際はそうではなかった。 得られるものが当然だと思っていた。愚かな俺。 わかっていたのに。 あの時、わかったはずなのに。求めても得られないものはあると。なのに。 止められなかった。 それほどに餓えていたのだ。イルカの気持ちを推し量れないほどに。 自分の事だけを考えて。だから、壊してしまった。 ひたり。 冷たい指先が顎に触れた。イルカの指だった。 そろそろと上がってくる。顎から頬へ。濡れた目尻へ。 「・・・・・」 静かな、感情のない目。左目に触れようとしている。 写輪眼。 まだ、間に合う。 思いだした。あの人が教えてくれた術を。 それは禁術。上手くいくかは分からない。でも、イルカを取り戻せるかもしれない。 意を決し、俺は左手をイルカの目の前にかざした。すばやく印を切る。低く、口呪を唱えた。 写輪眼が回りだす。 イルカ、この眼を見て。 今から消す。 イルカの中の俺を、全部消すから。 イルカが壊れてしまうなら、俺はいないほうがいい。 俺がいなくても、イルカは生きてゆける。 だから。 イルカが写輪眼を見つめている。しばらくして、がくりと首を落とした。 俺は大きくため息をつき、イルカを固く抱きしめた。 離したくない。でも。 今の俺じゃ、イルカは壊れるだけ。 欲しいだけじゃ、駄目なんだ。イルカの望む俺でないと。もう、俺にそんな資格はないけれど。 せめて、近くで見つめるだけでも。 それだけでも出来る自分になりたい。 だから、それまで封じさせて。イルカを壊すことしか、出来なかった俺を。 もう少し。 もう少しだけしたら、消える。 跡形も無く、消えてみせるから。 何かに言い訳しながら、俺はイルカを抱きつづけた。 ACT10へ続く |