封じられた夏〜お稽古カカシシリーズ過去編:カカシside by真也








ACT6



 自分の作った屍達を見下ろす。
 それまでは見向きもしなかった。
 ああ。俺が奪っちゃったんだねぇ。
 そっと、こめかみに手をやった。



 それは、俺にとっては取るに足らない部分だったはず。
 なのに少しずつ、俺の中に広がってきている。
 微かに、でも確かに。
 何故だろう。頭が、痛い。
 ああそうだ。行かなくちゃ。あの森へ。
 血糊で役に立たなくなったクナイを放り投げ、俺は焼けこげた岩を蹴った。






 一旦ねぐらに戻り、血の臭いを落として俺は外に出た。枝を足早に渡る。どうしてか分からないけど、気が焦っていた。
 この頃、なんだか調子が悪い。
 身体は変わりない。でも、時々頭がずきずきと疼く。
 大体は任務の後。復命を済ませた後はさっさと眠りたいのに、なかなか寝つけない。
 もやもやとして、説明の付かない感情。そして、苛々する痛み。
 イルカを助けた辺りから、それは始まった。
 そして、回数を増すごとに酷くなっている。
 おかしいねぇ。任務なんて、いつものことなのに。
 今日の任務だって、大したことない落ち忍狩り。ちょっと数が多かったけど、特に苦労はしなかった。
 傷なんてどこにもない。つけられるような戦い方、しない。
 なのに、今日はひどく痛い。
 イルカにあったら、治るだろうか。
 俺は更に足を速めた。
「カカシ!」
 イルカはずいぶん早めに来ていた。俺の顔を見るなり、駆け寄ってくる。
「コンニチハ」
「どうしたんだ?」
 なによ、挨拶したのよ。挨拶返さないの?
 どうしたって?
「具合、悪いのか?」
「全然」
 イルカの心配そうな顔。伺うように、こちらを見ている。
 何言ってるのよ。そりゃ、朝まで任務だったけど、怪我もないしそんな疲れてもないよ。変だねぇ。
「おまえ、今日、変だぞ。悲壮な顔だ」
 嘘だろ。俺、表情なんか変わんないよ。俺が何考えてるか、他の奴らはわかんねぇのに。
 イルカだって、気配さえ読めないじゃないか。
「おい」
 瞬間。触れようとしたイルカの手を、俺は払い落とした。右手をかばい、イルカが俺を見つめる。
 不意に緊張が走る。そこで気付いた。
 俺は、今、警戒している。





 駄目だよ。
 駄目。
 いま触っちゃ、危ないよ。



「カカシ」
 イルカが俺の名を呼ぶ。
「カカシ」
 イルカだけが呼ぶ俺の名。
「カカシ」
 名を呼びながら、両腕を広げた。



 俺は呆然と見つめた。



 何、それ。
 行っていいの?イルカの所に。
 あの人みたいに、受け止めてくれるの?



「来いよ、カカシ」
 イルカが呼んだ。
 引っ張られるみたいに足が動く。一歩一歩確かめて。
 近づいて、恐る恐る手を伸ばした。
 ぐいと手が引かれて、イルカの胸に抱きとめられた。
 一瞬、身体が硬直する。手をかたく握った。必死で我慢する。


 これはイルカだ。
 イルカなんだ。
 だから、攻撃するな。





「大丈夫だよ」
 イルカが耳に囁く。
「怖くないよ、カカシ。オレが、ついてるから」
 しっかりした声。優しい言葉。
 耳に落ちて、全身へと染み渡る。
「オレ、弱いけど。傍にいる事くらい、できるから」
 握られた手の力が緩んでゆく。そろそろと背中に手を回し、オレはイルカにしがみついた。
 温かい。
 体温と息の音。遠くに、鼓動。休みなく打たれる、イルカの生。
 微かな汗と、イルカの匂い。
 俺は目を瞑った。
「落ち着くだろ」
 イルカの声。耳元で聞こえる。
「俺も、父ちゃん母ちゃん亡くして怖かった時、隣のおばちゃんがこうしてくれたんだ」
 思いだした。あの人と同じだ。
 あの人と一緒にいた時も、ときどき頭が痛くなった。
『別におかしいことじゃないよ。カカシ。その痛みを、覚えておくんだ。自分の成したことを自覚すること。決して目を反らさないこと。それが、命を奪った者のせめてものつとめだ』
 震える俺を膝に乗せ、頭を撫でながらあの人は言った。
『一度犯した罪は、消えない。誰かが代わってやることも出来ない。忍である以上、それから逃げることもできない。人にできることは限られている。本当に、無力な存在だ。でも、傍らで一緒に苦しむことは出来る』
 碧い瞳に、さまざまなものが映っていた。哀しみや後悔。それらを受け止める強さ。そして、限りない優しさ。
『ねえ、カカシ。人は愚かで、弱い。だからこそ手を伸ばし合えるんだよ。そうやって、生きてゆくんだ。一人じゃ、生きてゆけない。わかるかい』
 今も覚えている。柔らかで、鮮やかな笑み。そうやって彼は受け入れて来たのだ。すべてのものを。



 忘れていた。
 あの人を失ったのが大きくて。
 何もできなかったのが悔しくて。
 強くなることに必死でいたから。
 それを今、イルカが思いださせてくれた。



「きつい」
 身体を離して、俺は言った。
「何だよ。人がせっかく・・・」
「アリガト」
「うっ」
 感謝の言葉に、イルカは絶句していた。
 失礼だねぇ。素直に言ってやったのに。






「オレ、当分ここ来れないんだ」
 お茶を飲みながら、イルカが言った。
「来週から、中忍試験で里の外に出るんだ。一ヶ月後、会おうな」
「早いんだろ?」
「えっ」
「落ちたら、早いんだろ?帰ってくるの」
「カカシ!」
 イルカが手を伸ばしてくる。わざとつかまって、草むらに転がった。頭をぐりぐりと拳骨で擦られる。
 特別だよ。
 上忍の頭、触らせてんだからね。
 きっと元気で、帰ってよね。
 中忍はどっちでもいいからさ。
 草の合間から空が見える。
 雲一つないそれは、あの人の瞳の色だった。






ACT7へ続く




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