封じられた夏
〜お稽古カカシシリーズ過去編:カカシside by真也






ACT2



 うみのイルカは一つ年上で、まだ下忍だった。
 昨年の中忍試験に見事落ちて、森で特訓をしていたのだ。
「よお!また来たのか?」
 俺の姿を見つけて、イルカはにっかりと笑った。
 黙っていると、近寄ってくる。耳を俺の口元に寄せた。
「おまえ、なんか言うことない?」
「ない」
 何言ってんのよ。やっぱり変。
「朝、出会ったら『おはようございます』だろ?」
 挨拶しろっていうの?俺上忍なんだよ?
 呆然としていると、がしりと肩を掴まれた。
「なあ。挨拶は人間関係の第一歩なんだぞ。面倒くさくても、きちんとしなきゃ。な?」
 黒い瞳に見つめられる。なんだかそれ、苦手だよ俺。
 身分をバラして締め上げてもいいけど、簡単過ぎて嫌だなぁ。
「『おはよう』言ってみな?」
 にっこりと笑う。そっちは好きだけど。ま、いいか。
「お・・・・はよ」
「ほら!やれるじゃないか!」
 嬉しそうな声と共に、頭をガシガシと掻き回された。なんだろう。くすぐったい。
「いやだ」
「えっ」
「お前が髪の毛掻き回すから、ぐしゃぐしゃになる」
「あはは、何いってんだよ。もとからぐしゃぐしゃのくせに」
 犬みたいに思ってんだろうか。俺の忍犬のほうが、アンタより有能なのに。
「ごめんな。お前の頭、丁度いいとこにあるからさ」
 目線を合わせて、真正面から謝る。きらりと輝く真っ黒な瞳。
 悪かったね。チビで。でも、そのうちアンタより大きくなってやる。
「今日は何すんの?」
「水遁の術だよ。だから、川のあるところいかないとな」
 相変わらずだねぇ。こっからでも余裕で水、呼べるよ。
 そう思いながらも、俺はイルカに続いた。イルカといるのが面白かったから。
 週に一度、俺たちは森で会った。イルカは下忍の任務、俺は暗部の任務の合間をぬって。自然と俺は、森で会う日に任務を入れなくなっていた。
「後で、魚焼いて食おうな」 
 イルカが笑う。ばしゃばしゃと川の中ほどに歩いていった。
 はいはい。せいぜいがんばってよね。
 俺は川原の岩に座り、ぼんやりとイルカの特訓を見つめていた。
 イルカは不器用だ。なんでも一回では上手くいかない。きっと、微妙な力加減とか感覚とかがわかりにくいのだろう。でも、その分イルカは努力する。それこそ一生懸命。人よりかなり遅いけど、少しずつ会得してゆく。
『努力って・・・・面白いのかな』
 漠然と思う。俺はしたことがない。でもイルカがあんなに真剣だから、きっとそれは楽しいのかもしれない。
「水遁の術!」
 イルカが叫んだ。水柱が上がって崩れ、ばっさりと術者の上に降り注いでいった。思わず、俺は吹き出した。
「こらー!笑うなー!」
「だあって、自分でかぶってるし」
「うるさいっ。次は上手くやるよ」
 イルカが怒ってる。顔が真っ赤だ。くるくると変わる表情。どれも生き生きとしてて、見ていて飽きない。
 そう言うところは、器用なんだけどね。
 また水柱ができて、崩れる。俺は腹を抱えて転がった。
 ぱしゃり。
 水の中の魚が跳ねる。のびのびと泳いでゆく。
 暖かな日差しと心地よい風。遠くから漂う炭焼きの匂い。サヤサヤと葉擦れの音。
 あんまり気持ちよくて、俺はゆっくりと目を閉じた。






「おい、起きろよ」
 前髪に触れられた手を、反射的に払いのけた。構えをとる。
「どうしたんだ?」
 イルカが覗き込んでいた。そこで驚く。自分が眠っていたことに。
 危なかったねぇ。背中を汗が落ちる。とっさに、殺さなくてよかったよ。
 俺は肩の力を抜いた。
「そろそろ飯にしようぜ」
 言われて周りを見回す。太陽は真上に上がっていた。
 丸三日寝られない任務だってこなしたのに、どうして眠っちゃったのかねぇ。なんか、調子くるうよ。
 苦笑しながら、俺は立ち上がった。
 イルカは火をおこそうとしている。
「どこにあんの?」
「えっ?」
「魚」
 確か、焼いて食べると言っていた。
「失礼な奴だな。あるよ、そこ」
 指さす先を見つめると、小振りなイワナが一匹。
「これだけ?」
「おまえなぁ!それでも苦労したんだぞ」
 バツが悪そうに呟く。仕方ないねぇ。どうせアンタ、これ俺にくれんだろう?自分は食べないでさ。
 ちらりと目をやった。イルカはまだ火をおこしている。まだかかるね。あれじゃ。
 火遁でつけたらいいのにさ。
 俺はそっと川へと進んだ。中程で水面を見る。一匹。二匹。
 ホントは千本とか使いたいんだけど、ま、いいかね。
 一振り、二振り。三回腕を振った。川原にイワナが飛ばされる。これで二匹ずつ。
 やっぱ俺上忍だし、いつもおごってもらうのは何だしね。
「あれ?」
 川原に戻って来たときに、イルカの声がした。
「増えてるよ。オレ、一匹しか取れなかったのに」
 イルカは首を傾げている。ホントに気づかなかったのね。
「いいじゃないの」
 面白くて、笑って言った。
「ともかく増えたんだから。アンタのおにぎりだけじゃ、足りないし」
 そう言ってからかうと、イルカはむくれた。俺は無視して魚を串に刺す。しばらくして、やっと起こした火の前に、四匹のイワナが掲げられた。
 いつもの不格好な握り飯とイワナ二匹。
 昼飯はうまかった。
「あのな」
 握り飯をほおばりながら、イルカが訊いた。俺は目を向ける。
「嫌なら答えなくてもいいんだけど。その、おまえの左目・・・」
「開かないんだよ」
 さらりと答えた。ホントは、わざと開いてないだけ。いくらこいつでも、写輪眼くらいは知ってるだろうから。
「九尾で、か?」
「違うけど、そんなもん」
 曖昧に答える。それでも、イルカは納得したようだ。
 きっと、自分で都合がいいように解釈したのだろう。
 いいんだよ。知らなくて。
 殺す以外役立たずな写輪眼なんて、見ない方がいい。
 俺は黙って、イワナをかじった。





「じゃ、またな」
 夕暮れの中、イルカが手を振る。
 馬鹿だねぇ。俺が必ず来ると思いこんでいる。
 そんなに、簡単に信じちゃいけないよ。俺は気まぐれなんだから。気分次第で、アンタなんて裏切れるんだから。
 今は暇だから、つきあうけどね。
 イルカの姿が見えなくなるまで、俺は奴を見送った。





ACT3へ続く




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