「カカシ。お前は器用だから、何でも出来てしまう。でも、だからこそ、得られないものもあるんだよ」
 昔、困ったような表情でそう言った人がいた。
 金髪に碧い目の、穏やかに笑う人だった。
 技も術も、容易く得てきた俺。
 写輪眼さえも俺のものになった。だが。
 たった一つ、あの人の命だけは、救うことは出来なかった。
 九尾の時、移植された写輪眼は開かず、俺は戦いに加わることを許されなかった。
「いいんだよ」
 あの人は言った。
「おまえはわかった。自分ではどうにもならないことがあるってことを。だからこそ、自らを鍛えてゆける」
 胸が痛くて、その人にしがみついた。彼はそっと俺の頭を撫でて、にっこりと笑った。
「先生!」
「大丈夫だよ、カカシ。あれは、ぼくがやる。おまえ達の世界に、あいつを放したりしない」
 彼は飛んだ。その先の九尾へと向かって。
 そして、彼、四代目は全てを封じた。
 その命と共に。





封じられた夏
〜お稽古カカシシリーズ過去編:カカシside by真也






ACT1



「う・・・・ん・・・」
 寝返りとともに、微かな声が聞こえる。
 起きているのだろうかと覗きこんで、ほっと胸を撫でおろした。
 彼は眠っている。
 ずっと求めつづけた中忍。最初のころは苦痛の表情の方が多くて、反省ばかりしていた。今までさまざまな習い事をしてきたが、ただ一つ、この行為だけは学ばなかったから。女を相手にするのとは微妙に違う。努力の甲斐あってか最近になってやっと、苦痛以外の顔を見られるようになった。
 正直、こんな関係になれるとは思っていなかった。だって、俺は彼を力で服従させたのだから。
 ほんの一ヶ月前も。そして、あの遠い夏の日も。





 吹き抜ける風が、木々を揺らせる。
 生き生きとした緑の波を、思いっきり駆け抜けた。
 一人はいい。何も聞かなくて済むから。
 五月蝿い奴らの批難も、臆病者の陰口も、へつらう奴らの猫なで声も。
「カカシ。おぬしは限度を覚えんとな」
 ジジィまでそう言う。三代目火影のクセに。あの人を助けられなかったクセに。
「おまえ、そんな強くなってどうするよ」
 アスマが言う。苦い顔をして。
 強くて何が悪い。
 弱い忍なんか、いらないね。
「あ・・・れ?」
 無防備な気配に、俺は足を止めた。
 こんな森の中に来るなんて、馬鹿だねぇ。
 ここは里の結界も甘いから、他所の忍も潜んでるんだよ。
 ほっておいてもよかったけど、気まぐれで近寄ってみた。
「えい!・・・・・やぁっ!」
 子供がいた。いや、同じ年位だろうか。黒い髪、黒い目。顔のまん中を通った一筋の傷。
 木にまとを置いて、必死でクナイを投げていた。
『下手だねぇ・・・・』
 感心した。あまりにもまとに当たらなかったから。
 どうやら忍を目指しているらしい。でも、才能無いよ。
 今の年でそれじゃ、やっても無駄だと思うけどね。
 それでも、下手なくせに一生懸命なのが可笑しくて、そのまま眺めていた。
『うわっと』
 前に飛ぶはずのクナイが後ろに飛んできた。見事なすっぽ抜け。ひょいと避ける。
 ぱきり。
 小枝を踏んでしまった。まずい。俺にも下手がうつったかな。
「誰かいるのかっ?」
 投げた奴が気付いたようだ。やっと今ごろ。気配読むの、遅いなぁ。
 まあ、俺の気配読むのは中忍でも大変だけどね。
 面白いので姿を現してみた。
「大丈夫かっ」
 第一声はそれだった。当たらないよ。そんなもん。
 黙っていると、そいつは近寄ってきた。ほんの少し、高い位置からの視線。
「ごめんな。驚いただろう?どこか、痛いところないか?」
 言いながら、俺の肩に手を置く。いいの?そんな簡単に触っちゃって。触ったら爆発するように仕掛けられた忍もいるんだよ。アンタくらいの年でさ。
 奴は俺の身体を一通り見て、ホッと息をついた。傷はないとわかったらしい。
「なあ。怖かったのわかるけど、何か言ってくれよ。名前は?オレより年下みたいだけど」
 誰が言うのよ。敵かもしれないのに。まあ、こんなに抜けた奴、倒すのわけないけど。
 黙っていると、そいつは「困ったなぁー」と頭を抱えた。何が困るんだ。ほっとけばいいんだよ。
「わかった!オレが悪かったから!おまえ、腹へってないか?」
 腕を掴まれる。返事をする間もなく、ずるずると引きずっていかれた。少し離れた木の下に、そいつのものらしい布袋があった。有無を言わさず座らされる。何をするのかと首をかしげた。
「ほら」
 差し出されたものを、呆然と見つめた。妙に大きくて、不格好な握り飯。海苔さえついていない。こんなの、初めて見た。
 俺が知ってるのは、あの人の握り飯。もっときれいで、海苔だって巻いてた。
 たぶん、あの人を好きな女が作ってたもの。
「おまえ、きっと迷ってたんだろ?あとでオレが送ってやる。取り敢えずこれ、食えよ」
「いいの」
 言葉が出た。喋る気なんてなかったのに。   
「うん。形悪いのはかんべんな。オレが作ったんだ」
 恥ずかしそうに、頬を掻く。黙ってそれを受け取った。
「おまえの母ちゃんより下手だと思うけど。オレんち、父ちゃんも母ちゃんもいないから」 
「いないよ」
「えっ」
「そんなもん、ない」
「そうか・・・・おまえも一緒か。悪いこと訊いちゃったな」
 何でそんな顔するのよ。俺は気にしてないのに。なんだか、変だねぇ。
「いいよ」
 そう答えて、握り飯を頬張る。辛い。塩のついてる所と、そうじゃない所がある。
「うまいか?」
「辛いよ。ここ、塩が固まってる」
「あっ、ごめん」
 苦笑しながら奴は竹筒を取り出した。詮を抜いて差し出す。
「飲むか?」
「当然」
 竹筒をひったくった。水を飲み干して、気付く。奴は何も食べてない。
 握り飯は半分以上、食べてしまっていた。
「これ」
「オレはいいんだ。家に帰ってまた作るから」
 にっかりと笑った。変な奴。自分の弁当取られたんだぞ。
「じゃ、オレはもうちょっと練習するから。おまえはそこで見ててな」
 そう言って、まとへと向かっていく。再び、投げ始めた。やっぱり下手だ。
「手首、ちょっとひねってみたら?」
 いい加減呆れて、口を出した。
「おまえねぇ、そんなに上手く行くもんじゃないんだよ」
 笑いながら言う。
「いいから。心持ち右に、ひねってみてよ」
「はいはい」
 次に投げられたクナイは、ぴたりとまとに突き刺さった。奴は「まぐれだ」なんて言ってたけど、嬉しそうに笑った。
 気付けば俺も、笑っていた。
 あの人を失くして以来だった。

 
「そうだ。オレ、うみのイルカってんだ。毎週あそこで練習してるから。よかったら見にこいよ。握り飯くらいおごるぞ」
 里の入口まで俺を送り届け、奴は家へと帰っていった。
 おかしいねぇ。
 俺はにやりと笑った。送ってもらっちゃったよ。上忍の俺が。
 いくら暗部で顔が知られてないといっても、気でわかんないのかね。ま、あのクナイの投げ方じゃ仕方ないけど。
『どうせヒマだし。いいかもね』
 そんなことを考えながら、俺はねぐらへと足を向けた。




ACT2へ続く




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