*『草の所縁』ACT5対応作品にて、先にそちらをどうぞ*
猶予期間 by真也
ACT3
「芽の部分は残すな」
芽を避けてじゃがいもの皮を剥いたら、すかさず言われた。ぐっと睨み返す。
「その部分には毒性物質が入っている。横着せずにきちんと取れ」
「わかってるってば」
頭に来て言った。そういうおまえはどうだよと、隣を覗きこむ。あいつは包丁の角で、器用に芽の部分をえぐり取っていた。
けっ、ちょっとできるからってえらそうに。
おれは憮然と手を動かした。
さっきからずっとこんなやりとりが続いている。肉を切れば大きすぎるだの、野菜を切ればそれでは火が通りにくいだの、いちいち細かく指図してくる。で、言い合いになっていた。
「もう、あんたたち勝手にしなさい」
付き合いきれない、と言った感じでサクラちゃんは行ってしまった。むこうで煉とか言うカカシ先生の友達とおにぎりを作っている。
「芽の部分はちゃんと取れ。さっきも言っただろう」
また言った。いい加減にして欲しい。
「うるせえってば。横でごちゃごちゃ言うから、うまくいかねえんだよっ」
思い切り八つ当たりする。漆黒の目が無表情に見据えた。
「お前の方が、よほどうるさい」
「黙ってろって……いてっ。あーあ、また切っちまったじゃねーか」
ぼやきながら切れた親指を見つめる。もう、傷だらけだ。
「ヘタクソ」
「なにいっ」
とどめを刺されて逆上する。包丁を持ったまま、サスケに詰め寄った。
「はいはい。もう、いい加減にしなさいねー」
睨み合ったところで聞き慣れた声。カカシ先生だった。
「イモの皮むくのに、何時間かけるつもりよ。ここは俺がやるから、おまえたちは庭に石積んで、火を起こしといて。炭とバーベキュー用の網は、納屋にあったはずだから」
「わかった」
短く答えて、あいつが庭へと出て行く。ラッキー。それにしても腹減ったな。辺りを見回してそれを見つけた。おにぎりだ。一つくらい、いいよな。
「こらっ!」
伸ばした手をぴしりとはたかれた。目の前にサクラちゃん。顔がこわい。
「働かざるもの、食うべからずよっ。さっさとサスケくんを手伝ってきなさい!」
目くじらを立てて怒鳴られる。おにぎりを横目に、おれは言った。
「一個ぐらいいいじゃんかー。おれ、腹減ってるんだってば」
「私だって、おなかペコペコよ。つべこべ言ってると、食べさせてあげないからねっ」
すごい剣幕。ここは退散するしかない。おれはしぶしぶ厨を出た。あいつの後を追って納屋へと向かう。気が重かった。
『納屋かぁ・・・・・』
ため息が漏れる。納屋に二人。これってキケンだよな。
重い足を引きずりながら、おれは歩き続けた。
『やっぱ、中に居るんだろうな・・・』
じっとりと納屋の戸を見つめる。もう網と炭を出し終えてて欲しかったが、庭にサスケはいなかった。だから、たぶん。
やだなぁ。引き返したくなる気持ちをぐっと抑える。なんだ、納屋くらい。サッと入ってサッと網取って、サッと出て行きゃあいいんだ。気を取り直して扉を開けた。
がらり。
入って納屋の中を見渡す。いない。やった。
網は何処だと探しているうちに、開けておいたはずの扉がぱたりと閉まった。ぎくりとして振り返る。いた。
「網ならそこだぞ」
「わかってるってば!」
言いながら示された場所を探る。早く見つけなきゃ。
「痛たっ」
指先に刺激。慌てて右手を引っ込めた。人差し指を見つめる。
「棘が入ってるな」
血の滲む指先を見つめ、至近距離でサスケが言った。いつの間に来たんだ。
「大丈夫だよっ。棘ぐらい。舐めときゃ治るって」
じんじん疼く右手を背中に隠した。立ち上がり戸口へと向かう。逃げよう。
「いいのか?」
背中でぼそりと声。きっとなって向き直る。
「うるせえってば!なんだよっ」
「棘はすぐ抜かないと駄目だ。放って置いたらどんどん中に入ってゆくぞ」
「それが・・・・どうしたんだよ」
半分退きながら尋ねる。あいつが言葉を継いだ。
「そのうち静脈を介して身体の内部へと向かう。刺さらなければいいけどな」
「な・・・・どこにだよっ」
ドキドキしながら訊く。身体の内部って?刺さるって?痛いのかな。ひょっとしたら死んじまうかも。それはいやだ。
「静脈血の集まる所。それは心臓だ」
にやり。あいつが笑んで言う。冷や汗が流れ落ちた。心臓。それってやばいんじゃ・・・。
「ま、棘を取るのも放置するのもお前の自由だ。好きにしろ」
淡々と言い渡される。内心焦った。どうしよう。
「じゃあな」
あいつがこちらにやってくる。おれの横をすり抜け、戸口に手を掛けた。
「ま、待てってば!」
とっさに袖を引っ掴んだ。サスケが振り向く。何だという顔で見返された。
「どうやったら取れるんだ?」
「何のことだ」
「棘だよ!おれ、こんなの取ったことねぇもん!」
恥を忍んで言う。にたり。あいつが口元を緩めた。
「俺が取ってやってもいい」
「・・・・・お願いするってばよ」
しぶしぶ頼んだ。もう代償を請求されることへの覚悟は出来ていた。
「取れたぞ」
ナイフで上皮を裂かれた後、さんざん指を絞られてその棘はやっと出た。おれは憮然とする。痛いってばよ。
「さんきゅ」
慌てて手を引っ込めようとする。掴まれた手はびくともしなかった。次の瞬間。
ぱくり。
あいつがおれの指を咥えた。棘の刺さっていた指を。
「あ・・・・・や、やめろっ」
ぬるり。温かくて柔らかいものが指先に触れる。ねっとりと絡みついて。痛みを訴えていた傷口をたどり、吸い上げてゆく。
「な・・・やめろってば」
顔が上気する。もうやめて欲しい。そう言ってるのにあいつは聞かない。目を閉じ、おれの指を咥え続けている。
睫、長いんだな。
整った顔を見つめる。ぱちり。あいつが目を開けた。視線がぶつかる。
「サスケっ」
「消毒だ」
口を離してぼそりと告げた。
「舐めときゃ治るんだろ?」
弧を描く口元。意地悪そうな輝き。黒い目に宿る。
「もういいってばよ!」
掴まれていた手を思いっきり振りほどく。逃走だ。もう限界。網と炭を出すことなんてすっかり忘れて、おれは納屋から脱出した。あいつは追ってこなかった。
「肉ばっかり取るんじゃないぞ。肉、野菜、魚、握り飯の順番で食え」
焼き網に串を並べながら、イルカ先生が言う。
「えーっ、おれ、野菜、苦手だってば」
口を尖らせて抗議する。
「ローテーションを崩したら、あとはナシだぞ」
ぴしりと言われる。先生、そりゃないって。
「ちぇっ。仕方ねえなー」
むくれながら諦める。相手はイルカ先生だ。仕方ない。
『野菜、食ってやってもいいぞ』
ぼそりと耳打ち。横目でサスケを睨んだ。どうせまたなんか要求するくせに。さっきみたいなのはごめんだ。ぷいとそっぽを向く。
「お待たせしました。味噌汁ですよー」
カカシ先生の声。敷石の上に鍋を置いた。味噌汁だ。
「お椀はこっちに置いとくからねー。ほしい人はセルフでどーぞ」
サクラがお椀を取りにいった。サスケも続く。今のうちだ。
「あーっ、おまえ、肉ばっかり続けて取っちゃダメでしょーが」
ばしりと手をはたかれた。カカシ先生。見つかった。
「さっきイルカ先生が言ってたの、忘れたのー? ローテーションを崩したら、あとはナシだって」
な、なんでそんなこと知ってるんだよ。ちらり。皆を見回す。
「バカねえ」
ため息をつきながら、サクラちゃん。
「ウスラトンカチが」
吐き捨てながらあいつ。
「ナルト」
ごつん。言葉と同時に拳骨が脳天に落ちた。イルカ先生。
「ってえーっ……いっ……イルカ先生、痛いってばよ」
「あたりまえだ。痛いようにやってるんだから」
じろり。睨み付けられて汗をかく。更に恐い顔になった。
「今日はカカシ先生のおごりだから、特別に一回だけ見逃してやる」
必死で頷く。これは、まずい。
「罰として、野菜を二皿。わかったな」
宣告されてがくりとくる。躍起になって芋や南瓜やししとうを口に押し込んだ。殆ど噛まずに丸飲みする。苦しい。涙目になった。それでも飲み込む。
ふとまわりを見渡した。焼かれてゆく肉や野菜。香ばしいにおい。火がもたらす熱。食事の合間に零れる会話。全てが温かい。
イルカ先生がいて、カカシ先生がいて、先生の友達もいて、おれたちもいる。
穏やかで温かい時間。やっと戻ってきた気がする。
イルカ先生が笑ってる。カカシ先生も。二人とも微笑み合っている。
よかったと思う。
二人の間に何があり、何を乗り越えてきたのかおれにはわからない。でも、いい。
たぶんそれは、大人になればわかる。嫌でもわかってしまうだろう。だから、今はいい。
横にサスケがいる。こいつのこともわからない。意地悪でおせっかいで優しいかもしれないサスケ。今はわからなくても、大人になればわかるのだろう。サスケが何を考えているのか。
今は猶予期間。いつか大人になるまでに、もうけられた特別な時間。そのうち期日が来てしまう。
ともかくは楽しもう。今を。他には換えられない時間を。精一杯。
そんなことを考えながら、おれは肉を頬張った。
一刻後、バーベキューはお開きになった。サクラちゃんは煉という人に送ってもらい、おれは部屋に向かっていた。そして、あいつは・・・・。
あいつは来ている。たぶん、おれの後ろ。
もうすぐ姿を現わすかもしれない。ひょっとしたら声が先かも。それとも、部屋の前まで付いてくるかな。
そんなことを考えながら、おれは歩き続けた。
月の光を、浴びながら。
end
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追記:
昔、棘が入るとサスケみたいなことを言って脅かす友達が真也にはいました。当時は本当だと信じていました(苦笑)
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