草の所縁
     byつう







ACT5



 イルカが里のはずれにあるカカシの家に着いたとき。そこにはすでに、ナルトたちがいた。
「イルカ先生、こんばんは」
 縁側から中に入ったイルカを出迎えたのは、サクラだった。
「カカシ先生、おかえりなさい」
「はい、ただいまー。用意、できた?」
 口布を下げながら、カカシは訊いた。サクラはため息まじりに首を振った。
「ぜーんぜん。あの二人、ケンカばっかりしてるんですもの。肉の大きさが違うとか、野菜の切り方が悪いとか。もう、私、付き合うのもばかばかしくなっちゃったんで、煉さんとおにぎり作ってたんです」
「おにぎりって……おまえ、お客さんに手伝わせちゃダメでしょーが」
 気が抜けたような声でカカシがそう言ったとき、厨の戸口から青墨色の髪の青年が顔を出した。
「すみません、はたけ殿。勝手なことをしてしまって……」
「ごめんなさい。煉さんが、『うちでは食事は当番制だから』って言ってくれたから、つい」
 煉とサクラがほぼ同時に頭を下げたので、カカシもそれ以上、言及する気がなくなったらしい。困ったような顔でイルカを見遣り、
「ごらんの通りなんで、ちょっと待っててくださいね。あいつら、シメてきますんで」
「おれも行きますよ」
「は?」
「みんなで用意した方が早いでしょう」
 そう言うと、カカシの顔がぱっと明るくなった。
「そうですねー。じゃ、さっさとやっつけちゃいましょ」
 一同が厨に入ると、流し台の横で、ナルトとサスケが喧々囂々やり合いながらジャガイモの皮をむいていた。
「芽の部分はちゃんと取れ。さっきも言っただろう」
「うるせえってば。横でごちゃごちゃ言うから、うまくいかねえんだよっ」
「お前の方が、よほどうるさい」
「黙ってろって……いてっ。あーあ、また切っちまったじゃねーか」
「ヘタクソ」
「なにいっ」
 ナルトが包丁を持ったまま、サスケに詰め寄った。
「はいはい。もう、いい加減にしなさいねー」
 見かねて、カカシが割って入った。
「イモの皮むくのに、何時間かけるつもりよ。ここは俺がやるから、おまえたちは庭に石積んで、火を起こしといて。炭とバーベキュー用の網は、納屋にあったはずだから」
「わかった」
 短く答えて、サスケは庭へと出ていった。ナルトはサクラが作ったおにぎりをつまみ食いしようとして、盛大に怒鳴られている。
「働かざるもの、食うべからずよっ。さっさとサスケくんを手伝ってきなさい!」
「一個ぐらいいいじゃんかー。おれ、腹減ってるんだってば」
「私だって、おなかペコペコよ。つべこべ言ってると、食べさせてあげないからねっ」
 剣幕に押されて、ナルトはしぶしぶサスケのあとを追った。それを見ていた煉は、くすくすといかにも可笑しそうに笑っている。
「すみません、煉さん」
「いいえ。楽しそうで、いいですね」
「楽しいのは楽しいですけど、大変なんですよー」
「……みたいですね」
 二人は和気あいあいとおしゃべりしながら、おにぎりを作っていく。カカシは肉や野菜を切り、イルカはそれを串に刺す。三十分もしないうちに、バーベキューの準備はほぼ整った。
「じゃ、先にやっててください。俺、味噌汁作ってから行きますから」
 庭では、もう焼き網も温まっていた。イルカはその上に串を並べながら、
「肉ばっかり取るんじゃないぞ。肉、野菜、魚、握り飯の順番で食え」
「えーっ、おれ、野菜、苦手だってば」
 ナルトが抗議する。
「ローテーションを崩したら、あとはナシだぞ」
「ちぇっ。仕方ねえなー」
 頬をふくらませているナルトに、サスケがなにやら耳打ちした。ナルトはじろりと横をにらみ、ふたたびぷいっと顔をそむけた。
 あいかわらず、仲がいいんだか悪いんだかよくわからないやつらだ。イルカは心の中で苦笑した。まあ、口喧嘩ができるというのはいいことなのだが。
 気持ちは、言葉にしなければ伝わらない。自分をわかってほしいなら、伝えなければ。相手を知りたいのなら、聞かなければ。
 そんな単純なことを、ずっと忘れていた。不安ばかりが頭に巣くって、たったひとりの人すら信じられなかった。
 信じたい、信じさせてほしいと願うばかりで。
「安心しましたよ」
 すぐ横に、煉がいた。形のよい、翡翠色の瞳がほんの少し細められた。
「お元気そうで、なによりです」
「ありがとうございます」
 小さな声で、イルカは言葉を返した。
「今回は、いろいろと骨を折っていただいたようで」
「いいえ。たいしたことはしていません」
「任務のことはともかく、あの報告書は……」
「ここでごちそうしていただけるのですから、チャラですよ」
「だったら、いいんですが」
 森羅の直系。いずれ森の国が独立すれば、この男もまつりごとの中枢を担うことになるだろう。そのとき、木の葉の国はどうなっているだろうか。
 三代目が健在ならば問題はない。が、もし代替わりしていたら。
 次の「火影」が、森の国と良好な関係を築いていけるとは限らない。そうなったとき、森羅は木の葉の、最も強大な敵となりうる。
 ナルトが火影となるには、まだまだ越えねばならない関門が山ほどある。海のものとも山のものとも知れぬその力が、果たして木の葉にとって吉と出るか凶と出るか。それはイルカにもわからない。
 ただ、カカシがナルトを育ててくれるのであれば。それはかなりの確率で吉に転がる可能性が出てくる。
 九尾を封じた四代目の直弟子。父が命を捧げても悔いなしとまで思った、あの人の心を受け継ぐ男なのだから。
 未来はだれにもわからない。だからせめて。
 わずかでもいい。希望の糸を紡いでいよう。絶望の刃に負けぬ、強い鋼の糸を。
「お待たせしました。味噌汁ですよー」
 よく通る、明るい声が聞こえた。敷石の上に鍋を置く。
「お椀はこっちに置いとくからねー。ほしい人はセルフでどーぞ」
 さっそくサクラがお椀を取りにいく。続いて、サスケも。カカシの味噌汁は、七班の子供たちにも定評があるらしい。
「あーっ、おまえ、肉ばっかり続けて取っちゃダメでしょーが」
 声とともに、カカシがナルトの手をばしっとはたいた。
「さっきイルカ先生が言ってたの、忘れたのー? ローテーションを崩したら、あとはナシだって」
 厨の中にいたくせに、よくそんなことまで知ってるな。まあ、相手は「写輪眼のカカシ」だ。目だけでなく、五感のすべてにおいて常人とは違うのかもしれない。
「バカねえ」
 ため息まじりに、サクラ。
「ウスラトンカチが」
 吐き捨てるように、サスケ。当のナルトは、バツが悪そうにみんなを見回している。
「ナルト」
 イルカは拳骨を、ナルトの脳天に落とした。
「ってえーっ……いっ……イルカ先生、痛いってばよ」
「あたりまえだ。痛いようにやってるんだから」
 じろりと、かつての教え子をにらみつける。
「今日はカカシ先生のおごりだから、特別に一回だけ見逃してやる」
 ことさらすごんでみせると、ナルトは涙目でうんうんと頷いた。
「罰として、野菜を二皿。わかったな」
 イルカの言葉に、ナルトは芋や南瓜やししとうなどを親の仇のように口に押し込んだ。目を白黒させながら飲み込んでいる。
 まったく、こいつが火影になる日なんて来るのだろうか。少しだけ心配になったが、いまはそんなことは考えなくてもいい。
 みんなが元気で、ここにいるだけで十分なのだから。
 一刻ばかりのち、ナルトたちはカカシの家をあとにした。煉も、火影の館の奥殿に客間を用意してもらったからと、サクラを送って帰っていった。
 宴のあと。庭は夜風がさやさやと流れていた。
「片付けは、あしたにしますか」
「え?」
 めずらしいこともあるものだ。洗い桶に湯呑みひとつあっても、気になると言っていた男が。
「今日はもう、休みましょうよ。ね?」
 額宛てを外し、銀髪の上忍はこぼれるような笑顔を向けた。





 いつ見ても、吸い込まれそうな気がする。
 枕元の灯台の薄明りだけでも、はっきりとわかる。深い藍色と、燃えるような紅。ふた色の瞳は、自分のすべてを映し出してしまう。
 なにも隠せない。なにもごまかせない。そのままの自分が、ここにいる。
 口付けも、愛撫も、深い交わりも。何度も繰り返してきているが、そのたびに余計なものを剥ぎ取られていくような気がする。
 生きていくことは、決してきれいごとではないから。日々、人はいろんなものにまみれていく。ときには、吐き気すら覚えるほどに。
 でも、それもまた自分なのだ。どうしたって、否定することはできない。ならば。
 見つめていこう。これが自分なのだと。見続けていこう。これが、あなたなのだと。互いに互いから目を反らさずに。
 あなたの見るものを、おれが見るものを、いつか一緒に見ることができたら。


 ふたりは、ひとつになれるかもしれない。



(了)



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