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シュジンの妥協〜燃える椿の下で 後日談2〜 by真也
おれはドレイと住んでいる。
そのせいでいろいろあったりするけど、一応、何とか暮らしてるんだ。
「起きろ」
朝はいつもこの一言から始まる。背骨直撃の低音。わざと耳元で言ってるのだ。
「う・・・・なに・・・」
おれはいつもそう返事する。さも眠そうに。おれだってシュジンなんだ。シュジンとしてのプライドがある。だから、一回では起きてやらない。
「朝だ。早く起きろ」
二発め。震えそうな背筋をぐっと抑え込んだ。ここで反応してはならない。それがドレイにバレた途端、こいつは嬉々として悪さをするのだ。
「まだ・・・・・あと五分・・・」
そしておれは交渉に入る。より多くの時間、ベッドにいられるように。だってまだ眠い。昨日の疲れだって残ってるのだ。五分五分の確率でドレイはもうしばらくの睡眠をくれる。なんだかんだ言ったって、おれはシュジンなのだ。
「駄目だ。今朝はシャワーを浴びなければならない」
今日のドレイは抵抗した。シャワーだと?そんなの朝から浴びなくていいじゃないか。おれはさらに粘ることにした。
「ん・・・・面倒くさい」
意識的に鼻にかかった声を出す。ドレイがこの声を好きだと知ってる上で。さあ、どうだ!
ドレイはしばらく考えているようだった。くすりと笑い声。イヤな予感がした。
「じゃあ、俺が洗ってやろうか?」
三発め。耳たぶを噛むように言われた。ぞくり。背筋を何とも言えない感覚が駆け抜ける。慌ててベッドを逃げ出し、浴室へと駆けこんだ。
セーフ!
浴室のドアを閉めながらそう思う。もう少し起きるのが遅ければ、抱き上げられてここに運ばれてしまうところだった。運ばれたら終わりだ。身体を洗うと称された悪さをされ、体中に火種を蒔かれてしまう。そこで火を消してくれればいいのだか、ドレイはそんなに甘くない。「朝は時間がない」とか言われて、その日の晩まで放置されるのだ。目覚めてしまった身体を抑えながら悶々と過ごす。二回程それを経験しているおれは、身にしみてその辛さを知っていた。
今日はあいつの作戦勝ちか。
苦笑してそう思う。果たして作戦か本気だったか真相はわからないのだが。どっちもやりそうだ。
とにかく負けは負け。おれはおとなしくシャワーを浴び始めた。
「食事、できてるぞ」
浴室から出てきたおれに、ドレイは声をかけた。おれはテーブルを見やる。やった。今日は卵二個だ。ハムも三枚ある。
「着替えて先に食っとけ。俺もシャワーを浴びてくる」
言い捨てドレイは浴室に消えた。着替えたおれはテーブルにつく。これから楽しい朝食だ。
「ん、うまい」
ハムエッグにぱくりと食いつき、おれはにんまりと笑った。今日は卵もハムも一個多い。ちょっと得した気分だった。
ドレイは配慮が細かい。
アレがあった翌朝は必ず、朝食のハムエッグの卵とハムを一つずつ増やしてくれる。なんでも蛋白質の補充だそうだ。だったらあいつも多くすればいいと思うのだか、それは必要ないらしい。
『俺は補充してるからな』
そう言ってドレイは静かに微笑む。その笑みの真意はわからない。まあ、おれにはどうでもいい事なので、考えないことにしている。
「食ったか?」
朝食を半分ほど食べ終わった所で、ドレイが浴室から出てきた。下衣だけで上半身は裸。髪につく水滴をふき取っている。
きれいだな。
こんな時、いつも見とれてしまう。均整のとれた身体。細身だがつく所にはしっかりついている筋肉。それがおそろしくしなやかで強靱なものだと知ってる。それと、横顔。
端整ってのは、こういうのを言うんだろうな。
悔しいけどそう思ってしまう。目鼻立ちの整い具合はもちろんのこと、ちらりと黒い目を向けられただけで、肌の温度が一度程上がったような気になる。その瞳が濡れたように輝くのを知ってるから。
「何を見ている」
ぼそりと言われて我に帰った。バクバク言う心臓を無視して食事を詰め込む。着替えたドレイがやって来た。
「朝食一つにいつまでかかっている。このウスラトンカチ」
ドレイは口が悪い。シュジンとしては、口の利き方を教えてやるべきだと思っている。なかなか実行に移せないのだが。
「五分で食い終われよ。でないと遅刻だ」
必死で食うおれに、ドレイはぴしりと宣言した。
そして。
「ほら弁当。忘れるな」
そう言ってドレイは弁当箱を投げた。おれはナイスキャッチで受け止める。ほんわりと温かい。ピーマンと肉のにおい。ごま油の香りもするから、きっと炒め物だ。それと、卵焼きのにおい。
ここは火影屋敷の奥殿。おれたちは今、次期火影候補とその補佐見習いとして、現火影候補とその補佐に指導を受けているのだ。
「じゃあ、いつもん所でなっ」
手を振って別れる。背中にドレイの視線。角を曲がるまで感じていた。
ドレイはいつもそうする。おれの姿が見えなくなるまで、見送ってくれるのだ。これはちょっと嬉しい。実は一日の活力になっている。
「さあて、やるってば!」
ぎゅっと拳を握り、おれは火影候補の部屋へと向かった。
「カカシ先生、おはよう〜」
勢いよくその部屋の戸を開けて、おれは言った。・・・・・が、しかし。
「ちっ、やっぱりだってばよ」
思ったとおり、その部屋の主はそこにいなかった。下忍指導時代と一緒だ。どうせいつもの遅刻。今日はいつくるのだろうか。
「イルカ先生と暮らしてんのに、おかしいよな」
ブツブツとひとりごちる。現火影候補の情人は現火影候補補佐、つまりはイルカ先生なのだ。補佐は火影候補と寝食をともにするはず。あのきっちりしたイルカ先生がそばにいるのに、どうして今だに遅刻してるのだろうか?それはおれにとって、大いなる疑問だった。
「仕方ない。結界術のおさらいでもするか」
大きく息をつきながら、おれは印を組み始めた。
それから。
「いやぁ、ナルト!今日は交通渋滞がすごくてな」
三時間半が過ぎた頃、意味不明のことをほざきながら、現火影候補がやってきた。おれはじろりと睨む。
「怖い顔しなーいの!お前、イルカ先生みたいだよ」
視線をものともせずにやってくる。目の横にしっかり笑いジワ。今も昔も先生の男は微笑んだ。
「ちゃーんと自習してたんだ。うん、エライエライ」
「だってやることねぇんだもん。それくらいやるってばよ」
呆れながら言い返す。修行といっても自習か遠出が殆ど。以前に経験した理寧のおっさんとの修行とは、天と地ほどの差があった。
「今日は何をやるんだよ」
気になって訊いてみる。そろそろ別のことがしたい。昨日みたいに龍尾の砦で賭け事なんてごめんだ。
「んー何をするかねぇ」
カカシ先生は小首を傾げて考えている。まさか何も考えてなかったんじゃないだろうな。仮にも火影候補。そんなに無計画に日々をおくっているはずがない。
「でもさー、あと三十分くらいしかないんだよねー」
言われて時計を見る。確かにもうすぐ正午。昼休みの時間だ。
「三十分でできる修行と言えば、そうだねぇ。火遁と水遁組み合わせて熱湯でも作るか?」
「作ってどうするんだよ」
「そうだねぇ。ラーメンでも作るか?昼飯になるよ」
やっぱり考えてないな。妙に確信した。ひょっとしたら、難しいことは全部補佐のイルカ先生が考えているのかもしれない。
「いらねぇよ。おれ、弁当あるもん」
ちょっと食べたい気持ちもあったが、敢えてラーメンは辞退した。もし弁当を食べなかったりしたら、ドレイがどんな逆襲にでるかわからない。いくらシュジンのおれでも、それはこわい。
「ああ、弁当ね。サスケもマメだねぇ。ありゃ補佐適任だよ。イルカ先生と同類だね」
うんうんと頷いている。確かに二人は共通点がある。でも、そんなに仲良くないみたいな気がする。なんとなく、だけど。
ウーウウーウウウウー
正午のサイレンがなる。お昼休みが来たのだ。
「ありゃ、鳴っちゃったねぇ。ま、いいか。昼休憩、行ってきな」
「うん」
答えて弁当箱を持つ。例の所に向かおうとした。
「ナルト」
呼び止められて振り向く。
「何だよ」
「サスケに言っといて。午後から禁術やるぞってね」
「ええーっ。おれは?」
「おまえはイルカ先生担当。多分、巻物書きとか符作りじゃないー?」
「げっ」
苦手な課題に顔を顰めた。黒髪の師の姿が浮かぶ。また字が間違ってるとかバランスが悪いとか、懇々と説教されるのだろう。
「おれ、字書くのキライなんだよ。報告書とか、苦手だったし」
「気持ちはわからないではないけどねぇ。ま、観念しなさいよ。ほら、サスケが待ってるよ」
促されて気付いた。正午を十分ほど過ぎている。慌てて踵を返した。
「じゃ、先生、おれ行くからっ」
「北門な。サスケにちゃんと言うんだぞ」
「わかってるってー」
言いながら駆けだす。遅刻を指摘するドレイの顔が浮かんで、おれは更に足を速めた。
そのあと。
「遅い。十二分遅刻だ」
ドレイはその場所で待っていた。
「悪い。カカシ先生に呼び止められちゃってさ」
「何の用だったんだ?」
「おまえに伝言。午後から禁術だってさ。昼休み終ったら北門来いって」
「わかった」
「じゃ、食おっと」
そう言って弁当箱を置いた。ふと見やる。ドレイは自分の弁当に手をつけていなかった。こんなところは律義でドレイらしい。おれは気分よく弁当を包んである布をほどいた。
馬鈴薯の煮っころがし、ピーマンと肉の細切り炒め、卵焼き。
弁当のおかずは好きなものばかりだった。思わず顔が緩んでくる。
「いっただきまーす」
ぱちん。手を合わせて挨拶をした。おれの至福の時間。やっぱり食事ってホッとするものだ。
「ん!うまいってばよ」
機嫌よく箸を進める。卵焼きをつまんだ。ぱくりと頬張る。その時視線を感じた。ドレイが見つめている。ひたむきに向けられる黒い瞳。こんな時は大抵、ドレイは言葉を求めている。主人たるおれは、甲斐性としてそれを察してやらねばならない。
さて、今日は何を言って欲しいんだろう?
実はさっぱりわからない。でも、卵焼き見てるよな。
「サスケ、この卵焼きうまいな!」
一か八かで言ってみた。ドレイの顔が僅かに綻ぶ。当たり、だ。
「今日は焦げなかったからな」
ぶっきらぼうに言う。声に照れたような響き。こんな時ドレイはかわいい。だから思わず言ってしまうのだ。「また作ってくれよな」と。
おれはこの時間が結構好きだ。弁当は冷めてしまってるけど、温かい日差しにドレイと二人。これって温かいラーメンに匹敵すると思う。
「ごっそーさま!」
「茶、いるか?」
「うん」
穏やかに昼休みは過ぎてゆく。満腹になったお腹と心を抱き、おれはごろりと横になった。
そうかい。
どんより。
暗い影を背負って、ドレイは奥殿の庭まで来た。今日は午後から事務仕事じゃないから、一緒に帰ろうと待ち合わせしていたのだ。
「どうしたんだってばよ」
疑問に思って訊いてみる。イルカ先生の下で事務仕事する時は大抵、サスケは帰りが遅い。でも今日は午後からカカシ先生担当だったはずだ。
「禁術を解読してたまではいい。カカシの奴、俺に片っ端からかけやがった」
つまり、また実戦になったのか。ちょっと羨ましい気がする。おれだってたまにはマジで戦いたい。
「おい。その術全部、教えろよな」
だからおれはドレイに詰め寄ったりする。次の休日、ドレイに教えてもらおう。
「しっかし。おまえ、ぼろぼろだよな。食事、どうする?」
「少し休めば回復する」
「待つのいやだぜ。一楽、いこっか」
久々の外食を提案する。ドレイが怪訝そうに眉を寄せた。この際無視。おれはドレイを心配してるのだ。決して、ラーメンが食べたいだけじゃない。
「きまり。行こうぜ」
言いながらドレイの腕を引く。顔に不本意という文字が見えていたが、ドレイはおとなしくついて来た。
ほんで?
「うまかったなー」
帰宅後。満腹になった胃袋を抱え、おれはどさりとベッドに寝転んだ。味噌バターラーメン替え玉二杯。餃子二人前。久しぶりの一楽はとてもおいしかった。満足、である。
がちゃん。
ドレイが冷蔵庫を開けた。まだ食べるのだろうか。そういえばあいつ、ちょっと少なかったか。
「何するんだー?」
一応訊いてみた。
「決まってる」
「え?何が?」
疑問に首を傾げる。
「明日の弁当の下準備だ」
かぼちゃを手に至極真面目な顔で、ドレイはおれに宣言した。
はあ・・・・。
トントンと包丁の鳴る音がする。かつおだしのいいにおい、かぼちゃの甘いにおいもしてきた。
やっぱ、働き者だよな。
後ろ姿に感心する。
ドレイは確かに文句も多い。でもそれに見合って余りあるだけの働きをしている。たまにはさぼってもいいと思うのに、ドレイは動くことをやめない。
貧乏性なのかな。
直立不動で人参を刻む背中に考える。それだけではないかもしれない。案外、忙しく働く自分に酔っているのかも。
しかし、暇だな。
ベッドに寝転んだまま思った。ドレイがこんな風に働いてる時は退屈だ。別に構ってもらいたいワケじゃないけど、ちょっとはこっちを向いて欲しい。
「サスケー」
用はないけど呼んでみる。
「何だ」
くるりと振り向いた。なんとなくほっとする。ついでに訊いた。
「あと何があんだよ」
「・・・・・・」
その問いに、ドレイはしばし沈黙した。ゆっくりと口の端を持ち上げる。
「何がおかしいんだよっ」
ムキになって言う。きらり。黒い瞳が輝いた。
「・・・・何も。もうすぐ終わる。これを刻んだらな」
一度は止んだ包丁の音が、また響き始めた。ほどなく刻み終える。タッパーへとそれらを入れ、冷蔵庫へとしまった。
「もういいのか?」
「ああ。玉ねぎとベーコンは朝に刻む」
「ふうん。何にすんだよ」
「炒飯だ。今日のご飯が余ったからな」
「じゃ、ケチャップ味な!」
すかさずオーダーを加える。おれがシュジンなんだから。これくらい、いいよな。
「・・・・・わかった」
洗った手を拭きながら、ドレイが答える。そのまま箪笥のまえに向かい、バスタオルを取り出した。
「汗を流してくる」
言い終わらないうちに浴室へと消える。すぐに水音が聞こえた。
「・・・・・なんだよ」
予想外の行動にむくれる。別に寂しかったワケじゃない。ちょっとは傍にいろよと思っただけだ。
単調な水音が続く。おれは重くなってきた瞼を、ついに閉じた。
さいごですな。
半分溶けていた意識が、その刺激によって呼び覚まされた。びくん。意志とは関係なく背が跳ねる。
え?
まだはっきりしてない頭で考える。覚えのある感覚。これは・・・・・まさか。
うわっ。
急に頭が混乱する。生暖かい空間にそこが包まれた。途端に絡みついてくる熱い物体。「やっぱり」と「冗談!」が、ぐるぐる巡る。
「サスケッ」
慌てて上体を起こした。そして見つける。自分のへそ下辺りに揺れる黒髪。思わず引き剥がそうとした。
「おいっ、何してんだよ!」
見ればわかることを言ってしまう。問われたドレイが顔を上げた。
「寝てていいぞ」
濡れた唇でぼそりと言う。こんなことされて、寝てられるわけないのに。
「馬鹿っ!やめろって!」
身を捩りながら必死で言う。漆黒の目がスウッと細められた。
「・・・・・いいのか?」
「何がだよっ!」
キッとなって言う。返事の代わりに強く吸い上げられた。跳ね上がる、腰。
「んっ、おまえ!」
「やめて、いいんだな?」
弧を描く口元。次のおれの台詞を知ってるみたいな。こんな時、ドレイはいつもその顔をする。おれがこの世で一番、好きで嫌いな表情を。
「やめるぞ?」
確認。それに答えない限り、ドレイは先に進まない。こいつは待っているのだ。シュジンであるおれの命令を。全部わかっているのに。もう、やめられる段階じゃないのに。
ちぇっ、ずりぃよな。
大きく息をつきながら、おれはその答えを言った。
ドレイが微笑む言葉を。
そんなわけで、ドレイとの生活はそんなに楽じゃない。でも。
面倒なことに、おれはドレイがキライじゃないのだ。
なんせ、シュジンなんだから。
終わり