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ドレイの幸せ〜燃える椿の下で 後日談1〜 by真也
ドレイの朝は早い。
「ちっ」
やっと明るくなった台所で、彼は卵焼き器を手に舌打ちした。
「だから味醂は入れたくないんだ」
今日の弁当の卵焼きは少し焦げてしまった。どうも味醂を入れると、微妙な火加減ですぐ焦げてしまうらしい。だったら入れなきゃいいとお思いだろうが、そうはいかない。彼の大切なシュジンがそれを気に入っているのだ。
『イルカ先生の卵焼きは、砂糖と牛乳が入ってたってば!』
最初にドレイが卵焼きを作った時、彼のシュジン、うずまきナルトはそう言った。ウスラトンカチ、うちは家の卵焼きはダシと塩なんだ。甘い卵焼きなんて卵焼きじゃねぇよ。ドレイは思った。しかし、シュジンは甘い卵焼きを所望した。
『いいよ。じゃあ、イルカ先生に弁当作ってもらうから』
これはありえると思った。あの上忍(実は上忍になった)は現火影候補の片腕として里の中枢を務めている。もとはアカデミーの万年中忍教師だったのだが、これは仮の姿だったらしい。彼らが中忍になるやいなや、上忍試験にパスしてしまった。
そんなうみのイルカ上忍であるが、彼のシュジンにはとことん甘い。弁当くらい余裕で作りそうだ。
アカデミー時代から想い続け、やっと結ばれた思い人である。みすみす引き離されるわけにはいかない。それでなくても二人が結ばれるきっかけとなった出来事は、木の葉全体を巻き込む一大事だったのだから。
結果的にドレイは生家を離れを残して全壊という形で失い、シュジンのアパートに転がり込んだ。そして今はシュジンに仕えるべく、家事全般を担当している。
ドレイを取り戻す為、シュジンは多大な犠牲を払った。まさに極限の状態まで追い詰められながらも頑張ってくれたのである。だからシュジンには感謝しても仕切れないし、自分のできることはなんでもしようと思う。現に、こうして家風に合わないものも作っている。
上記のことが関係してか、うみの上忍は彼に厳しい。もうこれ以上、シュジンに苦労をさせまいと思っている。この元恩師は現火影候補の男と懇ろになっているにもかかわらず、自分達の同居にはいい顔をしなかった。きっとシュジンが何か言った途端、自分達の関係をシャカリキになって壊しにくるだろう。それだけは避けたい。
そんなわけで、うちはサスケは卵焼きに味醂を入れて作っていた。味醂を入れればほのかな甘さがつく。それは二人の妥協点にあった。
『まあ、いいだろう』
そう思いながら卵焼きを皿に移す。冷ましてから切らないと綺麗に切れない。彼は皿をテーブルの上に置いた。
「準備完了」
テーブルを見渡し、一人呟く。前日寝る前に作っておいた、蓮根とこんにゃくと昆布の煮物。起きてすぐに火を通した。つぎに炒め物。シュジンの好きなソーセージとしめじとたまねぎ。人参も入れた。そして先程できた卵焼き。三品だとちょっと物足りない気もするが、あまりたくさんおかずを作り過ぎるのも家計を圧迫してしまう。
「さて、起こすか」
振り向いてベッドを見やる。そこにはシュジンが眠っていた。むにむにと気持ち良さそうに眠っている。ドレイはベッドのすぐ側まできた。そっと、シュジンの顔を覗きこむ。
「・・・・・ん。サスケってば・・・・」
寝言。何を夢見ているのか。それでも夢に自分が出ているのが嬉しい。彼はにっこりと微笑む。やさしくコイビトの肩を揺らせた。
「起きろ」
言葉はぶっきらぼうになる。
「う・・・・なに・・・」
「朝だ。早く起きろ」
「まだ・・・・・あと五分・・・」
シュジンは結構寝汚い。無理もない。昨夜は寝る前に催してやってしまった。まだ疲れが取れないのだろう。
「・・・・・仕方ないな」
ドレイはため息をつく。この寝汚さは半分、自分にも責任がある。あと五分くらいなら待ってやってもいいか。うちはサスケは時計を凝視した。
そして。
「うちは上忍、遅刻です」
どう考えても九十秒程しか遅れてないのだが、彼の上司は宣告した。
「申し訳ありません」
口答えすると後で何をされるかわからないので、ひとまず平に謝る。いろいろ言い訳もしてみたのだが、今のところこれが一番の危機回避行動と言えた。
「以後気をつけてください。では、持ち場に行って結構です」
空気も凍るような笑みを浮かべて、彼の現上司、うみのイルカ上忍は告げた。黙したまま、彼は自分の机へと向かう。机には山盛りの未処理書類が積み上げられていた。
彼は今、火影補佐候補見習いとして、現火影補佐候補の元恩師に仕えている。うずまきナルトはゆくゆく木の葉の里の火影となるらしい。その補佐として、彼は周囲に認められていた。
(というか、彼以外誰もそれを希望しなかった。うみの上忍に指導を受ける事が明白だったから)
「最近、事務処理能力が落ちてきているようです。今日はノルマをこなしてくださいね」
隣の机で冷ややかな目。ノルマといっても、できたしりからどんどん新しい未処理書類を詰み上げてくれるくせに、何を言ってやがる。彼はそう思っていた。でも僅かでも顔に出してしまってはいけない。ほんの少しでもそれが表に出た途端、彼の上司は目ざとくそれを見つけ出して、ねちねちといびる材料にするのだ。これまで数多くの実戦に出てきた彼だが、今この瞬間が一番警戒を要している。
昼になればシュジンに会える。
そう心に念じながら、彼は書類に向かった。昼飯は二人で弁当を食する。それはいつもの習慣だった。
午後までのしんぼうだ。自分に言い聞かせる。デスクワークは午前中でいったん終わりだ。午後からは訓練が待っている。まだまだ里の長となるには経験不足な彼らを、次期火影候補が自ら鍛えるのだ。
臥薪嘗胆。いつかみてろよ。
心にその言葉を掲げながら、彼は書類に没頭する。事務方の中忍が真っ青になるスピードで書類を処理してゆく。その横で彼の上司が赤ペンを手に、細かいチェックをいれてゆく。チェックが入ったものはやり直しだ。やり直し分は上司の机に積み上げられ、十枚たまるごとに彼がそれを取りに行かねばならない。
濛々と立ち籠める殺気。内情をよく知った事務方の中忍達はこの時間帯、よほどのことがない限り彼らの部屋には入室しない。
「うちは上忍」
上司の声。彼は手を止める。
「十枚たまりましたよ」
事実が告げられた。彼は無言で立ち上がり、書類を頂くため前に進んだ。
それから。
「今日はおれ、遠駆けの術習ったんだ」
蓮根をつまみながら、シュジンは言った。今は昼休み。二人だけの弁当タイム。ドレイの至福の時。
「そうか。何処までいったんだ?」
「龍尾の砦。カカシ先生が久しぶりに行こうって。みんな元気にしてたよ」
危うくドレイは箸をへし折りそうになった。龍尾だと?森羅の砦じゃないか。仮にも次期火影候補と次期火影候補見習いが。よく攻撃されなかったなと肝を冷やす。
あそこにはいるのだ。煉という主はいい。彼は長として寛容な人物だ。ドレイも少なからず好意をもっている。でも、奴は違う。
「そうそう、理寧のおっさんも元気だったぜ。相変わらず無愛想だったけど。今日は攻撃結界張られなかったんだ」
奴の助力で自分が時限印の呪縛から逃れられたことは重々承知している。しかし、奴がシュジンにした仕打ちを忘れることはできない。それは同じく、奴の所業を深く根にもっている彼の上司から、耳にタコができるほど聞かされた。なのに、あの男は連れていったのか。次期火影候補、はたけカカシは。
「なーにしてんの?」
ぶらり。
頭上の木からぶらさがり、彼らの元スリーマンセル指導上忍が現れた。相変わらずの隻眼。やっぱり覆面。いかにも怪しい火影候補。
「弁当か。いいねぇ」
ひょい。
シュジンの弁当箱から、卵焼きを一つ掠め取る。
「あっ、カカシ先生」
「うーん。サスケ、ちょっと焦げてるよ」
「うるさい」
ぱくり。火影候補は卵焼きを口に入れた。
「あああーーーっ!最後にって置いといたのにーーーっ」
シュジンが叫ぶ。すでに半泣きだった。仕方ない。ドレイは自分の卵焼きを一つ、シュジンの弁当箱に放りこんだ。
「食え」
「さんきゅ。サスケってばやさしー」
喜色満面。シュジンは卵焼きを頬張った。たかが卵焼き一つでおおげさだとは思うのだが、それが自分の作ったものだけにドレイは嬉しい。
「サスケ」
「何だ」
「この卵焼き、甘いよ」
「だろー?サスケスペシャルだってば」
カカシの問いにシュジンがにっこり答える。自分が作ったわけではないのに偉そうだ。
「なるほど。ナルト仕様なのね。ごちそうさま」
「用がないなら帰れ」
「あら冷たい。せっかく仲良くしてるか見にきたのに」
お前にみてもらわなくても、きっちり仲良くしてるよ。昼も夜も全開だ。ドレイは心の中で吐き捨てた。
「ま、食べたら奥殿に来てねー。午後から、結界特集だよ」
明るく宣言して、火影候補は霧の中に消えた。
結界術の修行。それは即ち、彼の上司も一緒に行動することを差していた。
そのあと。
がさり。
ドレイは両手の荷物を床に置いた。
疲労困憊。そんな言葉が頭を駆け巡る。結局午後から火影候補とその補佐、シュジンと彼の四人で結界修行をしていた。最初は結界だけだったのだが、それはいつしか対写輪眼戦になっていた。 息をつく暇もなく攻めてくる火影候補。立ち止まったとたん火影候補補佐の反結界が彼を襲った。一糸乱れぬ二人の攻撃に、彼は必死で応戦していた。勿論シュジンも戦いに参加していた。しかし。攻撃は彼一人に絞られていたのだ。
「サスケー、遅かったな」
先に部屋に帰っていたシュジンが寄ってきた。実はそれだけではなかった。実戦の後、火影候補補佐に呼ばれ、先程まで残業を申しつかっていたのだ。なじみのよろず屋が閉まる十分前にやっと解放され、一目散で買い物を済ませて帰ってきた。で、これである。
「なあ、何かない?腹減ったってば」
縋るような目。きっと自分が帰るまで我慢してたのだろう。ドレイは冷凍庫を開けた。あった。
「皿もってこい」
シュジンに命じながら、手早く夕食の準備をする。冷蔵庫から弁当の残りの煮物を取り出し、火にかけながら小鉢モノのおかずを準備する。ご飯は保温スイッチを押したから、三十分ほどで温かくなるだろう。味噌汁を作る為、鍋に水をはり昆布を小さく切って浮かべた。
シュジンは野菜や海草が嫌いだ。でも細かく切って味噌汁にしたり、煮物にしたら食べられる。
「はい、皿」
シュジンが皿を持ってきた。凍った丸くて平たいものを一個のせる。彼は印を組みだした。気が渦巻き、チャクラが練り込まれる。
「温!」
口呪と共に気がそれに打ち込まれた。その瞬間。皿の上には一枚のホットケーキが湯気を立てていた。
「わあっ。いつ見てもその術、すごいってば」
その技はドレイのオリジナルだった。火遁を微妙に調節し、瞬時に食品の解凍と温めを促す。小技の利く彼ならではの術と言えた。
「ほら。後は自分でやって食ってろ」
「うん」
シュジンがいそいそとテーブルに向かう。蜂蜜とバターを出し、ホットケーキに塗ったくっていた。
『今のうちだな』
それを見計らい、ドレイは黙々と作業に専念した。鮭を焼き、じゃがいもの味噌汁を作る。小鉢は山芋短冊に決めた。梅干しをちぎって梅酢を作り、短冊状に切った山芋にふりかける。
シュジンは酸っぱい梅干しが嫌いだ。塩分控えめの、やや甘い蜂蜜付けという種類の梅干しなら食べられる。海苔と大葉を刻んで添えて。完成した。
「できたぞ」
後ろを見やって言う。シュジンはホットケーキを食べ終え、ベッドに横たわっていた。
「おい、メシだ」
近づいて覗きこむ。シュジンは完全に眠ってしまっていた。
疲れたんだな。幼さが残る寝顔を見つめ、ドレイは思う。こいつはこいつなりに、いろいろ苦労があるのだろう。性格上、それを言うタイプではないが。
あの時もそうだったな。
ドレイが時限印に囚われていた時、シュジンは彼を取り戻す為、毎日苦行を強いられていた。けれども彼が彼に戻ってから、シュジンはそれまで受けた苦行の内容を言うことはなかった。
『おまえが戻ったんだから、それでいいの』
一言。それだけで片づけてしまった。それ以上、彼を救う言葉はなかった。
「う・・・・・んんっ」
また寝言。今のはちょっと房事の声音に似ていた。ぴくり。ドレイの耳が逃さず聞きつける。
「ナルト」
もう一度彼は名を呼んだ。シュジンは起きそうにない。にやり。ドレイはさも嬉しそうに笑んだ。
「起きぬなら、起こしてみよう、なんとやら。だな。」
ぼそりと呟き、ドレイこと、うちはサスケはシュジンの肌に口づけた。
ほんで?
「な・・・あっ、サ・・・・スケっ」
シュジンが目覚めた時、ドレイはシュジンの足を肩に抱えていた。シュジンは目を見張る。すでに下肢にはまとうものもなく、そこは慣らされようとしていた。
「ちょ・・・・おいっ」
抗議の言葉はそこで封じられた。長い指が内部を蠢き出している。ゆっくり、じらされるように掻き回され、シュジンは首を振るしかなかった。的確に的を得ている愛撫はシュジンを翻弄し、指が抜かれる頃には身体ができ上がってしまっていた。
「どうする?」
ドレイが耳元で訊く。シュジンは潤んだ目で睨みつけた。
「やめるか?」
もうやめられる段階ではないのに、ドレイは敢えて言う。確実にわざとだった。
「意地悪・・・・やめろって」
「じゃ、していいんだな?」
確認。シュジンが頷くのを待って、ドレイは身を進めた。ナルトの背がしなる。後は止まり様がなかった。
そうかい。
「夕食、温まったぞ」
「おまえなぁ・・・・」
温めなおしたご飯とおかずを前に、ドレイはシュジンを呼んだ。シュジンは動かない。いや、動けないのだ。
「食わないのか?」
「食いたいけどそこまで行けないんだよっ!うっ」
自ら叫んで固まっている。この時ばかりはシュジンが憐れだ。
「仕方がないな」
自分が元凶だとは露ほども思わず、ドレイはテーブルをベッド横に寄せる。おもむろに箸を手に取り、ご飯をひとくちシュジンに差し出した。
「ほら」
「なんだよ」
「こっちに来れないんだろう?食べさせてやる」
「あのなぁっ」
シュジンが睨んでいる。燃える碧眼。美しい。と、ドレイは思った。
「いらないのか」
「いるよっ!」
言い捨て、シュジンはぱくりとご飯を食べた。もぐもく。うつ伏せに寝ながら口を動かしている。
「次、おかずな」
「山芋か?煮物か?鮭もあるぞ」
「鮭。骨取れよ」
「わかっている」
ドレイは食事介助を続けた。シュジンは諦め果て、寝ながらの食事を満腹まで続けた。
さいごじゃ!
規則正しい寝息が聞こえる。彼のシュジンは食事の後、そのまま眠ってしまった。風呂に入れなくてはいけなかったのだが、まあいい。明日は少し早く起こそう。朝にシャワーを浴びればいい。
遅くなったな。
ドレイは時計を見上げた。日付は既に変わっている。さて、明日の用意をするか。
流しにてんこ盛りの食器と弁当箱を洗い、ドレイは明日の朝の米を研ぐ。弁当のおかずに一品活躍する煮物を作り、他のおかずで迷わないよう献立を決めておく。材料を冷蔵庫と台所にまとめてセットしておき、朝起きてすぐ調理にかかれるよう準備しておくのだ。
煮物は何にしよう。昨晩は馬鈴薯が安かった。ちょっと小ぶりだったから、甘いめに味をつけて煮っころがしにでもするか。きっとシュジンが喜ぶだろう。あとはピーマンがあるから、細く切って下味をつけた肉と炒めてもいい。それならシュジンも食べるだろうから。あとは、卵焼き。昨日の雪辱戦だな。
つらつらと考え事をしながら、ドレイの夜は更けてゆく。丑三つ時に差しかかる頃、彼は床に入った。大丈夫。目覚ましはセットしてある。もちろん少し早めの時間に。
明日は(既に今日は、なのだが)遅刻できないな。
そんなことを考えながら、ドレイ、うちはサスケは目を閉じた。
ドレイは今の生活に満足している。
ドレイは・・・・・しあわせなのだ。
たぶん。
END