『太陽の呼ぶ声』
by真也
ACT3
その時。
奴に押し出された時。
信じられないものを目にした。
最初は自嘲した。もうこれは、ただの願望のかけらだと。
ついに俺は狂い、自分の中に欲望の影を作り上げたと。そう思った。
「・・・・・・」
目の前にあいつがいた。白い肌が顕になっている。閉じられていた目が開いた時、それがただの願望ではないとわかった。息を、忘れる。
「・・・・・ナルト・・・・」
自分の声で確信した。確かにこれは現実。そして気付いた。自分があいつの中にいることに。混乱。慌てて身体を離そうとした。ナルトが首にしがみつく。
「・・・う、ああっ・・・」
身体を起こそうとした時、あいつが大きく呻いた。強ばる身体。顰められた眉。どうしたらいいかわからず、動きを止める。そっと様子を伺った。
「起こしてくれ。ゆっくりだと、大丈夫だから」
緩やかに笑み、ナルトは言った。俺は目を疑う。どうして笑ってくれるのだ。
びくびくしながら背中に手を回し、そっとあいつの身体を起こした。僅かに歪む顔。更に深く飲み込まれた。動揺。再度結合を解こうと試みる。ナルトがしがみつき、首を振った。
「いいんだ」
優しい声。あいつが息をつきながら言った。肌が、密着する。肩に、あいつの頬があった。
「いいんだよ。それよりサスケ、ごめん・・・・・」
流れてきた声。ただ、驚いた。何故お前が謝るんだ。
「あの時、一方的に拒んですまなかった。おまえの話も聞かないで」
謝るのは俺の方だ。お前を力ずくで制しようとしたのに。自分が悪いくせに、お前に救いを求めてしまったのに。
言わなくてはいけないと思った。お前は悪くないと。なのに。
「サスケ。おれ、本当は・・・・」
あいつの声が遠く聞こえた。また自由が利かない。急速に落ちてゆく。それまでもがいていた場所へ。
『おしまいよ』
奴の声。
『感謝して欲しいわね。アンタの願いは叶ったのよ』
感謝だと。あれが、俺の願いだと?
『抱きたかったんでしょ?』
言葉が木霊する。突き上げる憤怒。言い返せなかった。それは本心。確かにずっと、望んでいたことだったから。だけど。
本当に欲しかったのは、それじゃない。
だから耐えて来たのに。噴き出す寸前のものを、己の奥深くに抑え込んできたというのに。
崩れてしまった。元凶は俺。俺が奴の存在に気付かず、奴を表に出してしまったのだ。
『ごめん』
謝罪の言葉。頭の中を駆け巡る。そんな必要ないのに。お前はおそらく俺の為に、奴にそれを強いられているだろうに。
『おとなしくしておいてね』
再び激痛。支配した痛覚を使っている。抵抗を封じる為に、俺に痛みを与えているのだ。奪われてゆく思考。動かないままの身体。でも、屈するわけにはいかなかった。固く身を固めたまま、耐え続ける。最小限しか働かない頭で考え続けた。ここから出る方法を。どうして奴は俺の中に潜み、俺を支配できたのか。
長い時間。
そう、あの声を聞くまで。
少しずつ、その変化に気付いてはいた。
俺を縛りつけている拘束。俺に与えられる痛み。最初それらは強固で、絶え間ないものだった。が、しかし。
いつ頃からか、それらは細かい揺れを生じるようになっていた。理由はわからない。だが、それらが緩くなるごとに、俺の思考ははっきりしたものになっていった。自分なりの答えも出始めた。たぶん、媒介はあの呪印。奴の現れた原因は・・・・・おそらく俺自身。兄のことと、あいつの拒絶で精神が不安定になった。心の防御が弱くなった俺は、容易く奴の侵入を許した。
俺を取り巻く外壁も変化していた。落ち着いて写輪眼を使えた時見つけた。出口一つないと思っていたそれに、ひどく薄いところが在ることがわかったのだ。
焦り、混乱した頭では集中もままならない。そんな状況で写輪眼が使えるはずがなかった。でも。
少しずつ状況に慣れ、頭の冷えつつある今、写輪眼は正確に周りの様子を洞察し出したのだ。
ある時、声が聞こえた。聞こえたというのは正確な表現ではないが。とにかく感じたのだ。
それは、ナルトの声だった。
俺を呼んでいる。
声は最初、可音域ぎりぎりのものだった。それが、日を追うごとに大きくなってゆく。俺は外壁の薄い所まで這いずって行った。痛みに苛まれ、もがき続けても僅かな距離しか進まなかった。それでも這いずり続け、ついに外壁のすぐ前にたどり着いたその時。
声は聞こえなかった。けれど。
苦痛の呻きが、噛み締めた息音が聞こえた。あいつのものだった。
ナルトが苦しめられている。
俺に。俺の身体を支配する奴に。
その時思った。あいつを傷つけるものは敵だ。俺を、殺すと。
精神を集中する。自分を縛りつけるものを解き放つ為、己に知るかぎりの術をかけ続けた。火遁。水遁。雷遁。緊縛の解術と結界術を組み合わせた時、その外壁に穴が開いた。穴をくぐり抜け、表層を目指して駆け上がる。上を制する奴に攻撃。圧力をかけ続ける。大蛇丸が怯んだすきに、身体の支配権を奪った。
「ナルトッ」
身体を取り戻した時、俺は叫んでいた。視界が広がってゆく。見えたものに、愕然とした。
あいつが倒れていた。原形を留めていない衣服。全身に傷。首には絞め跡がくっきりと浮かんでいる。そして、そこは直接見なくても、どういう状態か推し測れた。
荒れ狂ってゆく。
感情が、己に向ける刃が、切り刻んでゆく。
唇を噛み締め洗面所に向かった。印を組み湯を沸かす。桶に湯を溜め、座敷へと戻った。手拭いを濡らし、あいつの身体を清めた。ナルトは完全に意識を失っているらしく、拭いても僅かに顔を歪めるだけだった。
『俺の所為だ』
わかりきっていたのに。
『あいつは、これを耐えていたのだ』
十分予想していたのに。
『傷つけたくない』
終わりにしなくては。これ以上、ナルトに迷惑をかけられない。
衣服を整えた後、夜具にあいつを包んだ。膝の上に抱く。これが最期の温もり。ナルトといられる最期の時間だと心に刻みつけた。
自分自身に手をかけた場合、奴が邪魔するかもしれない。だから、彼に死を乞う。
俺を完全に殺すことができる、たった一人の男に。
あいつの重みを噛み締めながら、俺は朝を待った。
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