『太陽の呼ぶ声』
by真也

ACT2



 薄暗い空間に一人、思う。
 イタチもこうしていたのかと。
 幼い頃、ある冬の日を境に兄はここに入った。鍵は父だけが所持し、母と俺はここに入ることを固く禁じられた。
 当時、何があったのか俺は知らされていなかった。でも、今も覚えている。
 嗚咽を押し殺し食事を作っていた母。それは兄の好物ばかりだった。小さな膳にそれらを置き、母は父を呼ぶ。父は黙ってそれを持ち、いつも淡々と降りて行った。ここにつながる地下への階段を。
 何度か訊いた。兄がここに入ったわけを。けれど。
 父も母も答えてはくれなかった。固く目を閉ざしたまま、「すまない」と父が言う。母はただ泣いていた。納得できなくて、一度だけあの扉の前に行った。どうにかして開けられないかと、それに手を触れた時。
「来るな!」
 叫びと共に衝撃が走った。内側から雷撃。火傷を負い、慌てて逃げだした。それ以来、その扉に触ることはなかった。あの、凶々しい夜まで。
 あの夜。
 奴が去った後、俺には何も残らなかった。一族は全滅。俺だけが残されたのだ。
 夥しい血。折り重なる死骸。冷たくなった両親。
 その時、誓った。
 奴を殺すと。両親の、一族の敵を討ってやると。
 兄を倒す。それだけの為に、今まで生きてきたのだ。なのに。
 肝心な時に俺は、何もできなかった。

 『敵』を討つことも。
 『苦しむ兄』に、留めを刺してやることも。

 やせ衰え、横たわったイタチは言った。今も耳に残っている。
『お前に倒されてやれなくて、すまない』
 絞り出すような声。それを最後に、兄は息絶えた。
 立ち尽くすしか出来なかった、俺の目の前で。





「・・・・くそ」
 絶え間なく眠りが襲う。身体も、精神も限界だった。
 潮時だな。
 そう思ってしまった。俺は兄を憎むだけだったから。真相を知ろうともしなかったから。だから、兄が封じられていたこの場所で、終わりを迎えても仕方がないと思った。誰にも知られないままで、後悔しながら死に向かう。それが似合いだと思った。
 ただ一つ心配だったのは、意識を失った後に奴が出てくることだった。それだけは避けねばならない。いっその事と覚悟を決めた時、その気を感じた。
 最初は幻覚だと思った。疲弊し過ぎた精神が、ついに幻を作り出したかと。
 それは確かに、ナルトの気だった。
 ごとり。
 入口の鉄扉が開けられる。気が流れ込んできた。疑いが確信へと変わる。 
「・・・これは・・・」
 声。聞き逃すはずはなかった。でもまだ信じられない。何故あいつが・・・・。
「・・・・誰だ」
 思わず訊く。わかっていながら、声が出てしまった。
「サスケ!」
 間違いない。身体を駆け巡る感情。正直、嬉しいと思った。
「サスケ!お前、こんな所にいたのか!」
 言いながら牢に近づいてくる。そこで我に帰った。いけない、俺の中には奴が。
「来るな!」
 思いきり叫んだ。ナルトが首を傾げる。駄目だ。お前を傷つけたくない。
「いいから来るな!ここから出て行け!」
「何言ってんだよっ」
 必死の叫びに、あいつは怒鳴りながらやってきた。格子に手を掛ける。その時。
『待ってたわよ』
 奴の声。凄まじい力で引き戻された。暗く冷たいものが絡みつき、意識がどんどん沈められてゆく。もがいて逃れようとしたが、すでに身体の自由は利かなかった。
『アンタはそこでいなさい』
 襲う激痛。手足が切り落とされたかのように動かない。更に意識が沈められる。真っ黒な、暗い空間に。
『せいぜい苦しんでおくのね。アタシが代ってあげる。アンタは逃げていなさい』
 高笑い。再び響き渡った。なんとかしようと思った時、その場所が閉じられた。完全に囚われてしまったのだ。

 見えない。
 聞こえない。
 手足はおろか、瞼一つ動かせない。

 がんじがらめに縛られたまま、ただもがき続ける。感覚は遮断されていた。思考も封じられているのか、考えても上手く集中できなかった。
『サスケ!』
 あいつの顔が浮かぶ。それが最期に見たもの。事実が重く伸し掛かる。
 後悔。ナルトを巻き込んでしまった。それも最悪の形で。一番守りたかったはずなのに。
『待ってたわよ』
 奴の声。機会を待っていたと言うのか。俺の中に潜み、里に仇なす機会を。だとすれば。
 利用されたのだ。俺は奴の思惑通り、里に帰ってきてしまった。
 不安と焦りがひたひたと押し寄せる。ナルトはどうなったのだろう。まさか。
 あらゆる仮定が絶え間なく浮かび、消えてゆく。

 奴がうちはの牢を出ていたら。
 俺の身体を使って戦っていたら。
 あいつを傷つけていたら。 

 動かない身体でもがいた。出ない声で叫んだ。見えない目で出口を探した。
 ひどく長い時間、半ば狂いそうになりながら、俺は足掻き続けた。




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