『太陽の呼ぶ声』
by真也
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太陽の呼ぶ声がする。
触れるのが精一杯だと思っていたのに。
何度も、何度も呼んでいる。
聞き間違うはずもない、俺の名前を。
太陽の呼ぶ声 by真也
ACT1
明るい月が出ていた。
カーテンの隙間からそれを眺める。ゆっくりと顔を向け、隣のあいつを見つめた。
閉じられた瞼。薄く開いた口。微かに響く息音。
『よく眠っているな』
幼さの残る寝顔に苦笑する。今日はずいぶん無理を言ってしまった。正直、限界だった。
火影屋敷で別れた後、俺は暗部研究所に収容された。名目は時限印消失の確認と精密検査。薬物毒物試験をこなしながら、四ヶ月そこにいた。やっと里に帰った俺を、今度は臨時上忍試験が待っていた。試験管はかつての師達。手加減なしの戦いを何とか切り抜け、上忍の資格を得ることができた。だが無傷ではなかった。負傷し、結局今朝まで一週間、医療棟に入院していたのだ。
「じゃあさ。おれん家、来いよ」
住む家の殆どが崩れ去った俺に、ナルトはそう言った。唯一残った離れで寝泊まり出来ないことはないのだが、俺はその申し出に飛びついた。退院してナルトの家に向かう。あいつの部屋に通された時点で、忍耐の糸は切れてしまった。
「傷開いたって、知らないからな」
俺に押し倒された姿勢のまま、あいつは言った。そっぽ向く顔。正直に欲しいと告げた。そして、今。
望んだものが目の前にある。白い肌。己のつけた証。淡く色づいた唇。まだ信じられなくて、じっと息を殺した。身じろぎ一つしただけで、消えてしまいそうな気がした。
ナルトが、ここに、いる。
届かないと思っていた太陽が、この腕の中で息づいている。
一度は諦めた。愚かだった自分を知ったから。もう二度と、近寄ってはいけないと思った。でも。
ナルトは呼び続けてくれたのだ。心も、身体も、命をも賭けて。
奴に囚われ闇に沈んでいた俺が、光のもとへと這い上がるまで。
「おれは謝らないからな!おまえがやめないからだってば!」
叫びが耳を打った。噛まれた痛みと共に、じわりと身体中に広がってゆく。黙って口を拭った。
拒絶。
あたりまえだと思った。それまで交わしていた口づけさえ、あいつは仕方なくやっていたのだ。受け止めてくれるはずがない。そう思った。
「帰れ」
予想していたとおり言われる。それでも心は打ちのめされた。必死で考える。何か言わなければ。でないと、全てが終わってしまう。だが、言葉はなかった。
どう言えばいいというのだ。
兄が同胞を虐殺したと。
それは兄が時限印に操られてしたことだったと。
なのに俺はずっと、兄に復讐しようと思っていたと。
それをナルトに言って、どうしようというのだ。
いくばくかの情けを貰い、許されようと思っているのか。
自分のしたことは、決して消えないと言うのに。
「帰れったら!」
再度あいつが叫ぶ。
「わかった」
必死で声を絞り出した。そうとしか言えない。他に何が言えるのだ。部屋を出てドアを閉める。駆けだした。
『終わりだ』
唇を噛み締める。わかっていたのに。俺があいつに求めるものと、あいつが俺に求めるものは違う。あいつは太陽なのだ。触れる以上、求めてはいけなかったのに。
『自分で、壊したのだ』
拳を握り締める。あれだけあいつに強いておいて、自分が苦しいから受けとめて欲しいだと。そんな都合のいい事がまかり通るはずがない。でも、そうせずにはいられなかった。何かに縋らなければ、暗い所に引きずり込まれて行くような気がした。
ナルトの顔が。拒絶の言葉が。何度も頭を巡る。
何かが噴き出そうとしていた。長年飼い続けてきた、己の中に巣食うものが。これ以上あいつの傍にいたら、自分が何をするかわからなかった。だから。
翌日、ずっと保留していた手続きをし、俺は上忍試験の地へと飛んだ。遠く離れてしまえば、上忍と中忍という身分差を作ってしまえば、心がおさまると思ったのだ。が、しかし。
予想すらできなかった事が、その時から始まっていた。
『奴』の侵食が。
最初はごく短い時間だった。
ちょっとした会話や、景色を覚えていない。俺はナルトのことを振り切るのに必死で、それらを気に懸ける余裕もなかった。あいつ以外は全て、同じだったから。
おかしいと思ったのはトーナメント方式の対戦が始まってから。何かがいる。俺の意識と同調しながら、相手の血を欲しがっている。戦うことを、傷つけることを楽しんでいる。これは、誰だ。
得体の知れないものを、必死で抑え込もうとした。上忍試験を棄権し、里に帰ることも考えた。その矢先。
「うちは中忍!やめないか!!」
取り抑さえられ、打ち据えられて意識が戻った。俺は、何をした?
「勝敗は既についている!これ以上は無意味だ」
目の前に同年代の忍が一人、血まみれで倒れている。顔だけは覚えがあった。確か、同じ上忍試験の受験者。と、いうことは。
「よかった、まだ息がある。急げ!」
慌ただしく救護班が運んでゆく。呆然と見つめた。俺が、やったのか?
その日の朝から、俺の記憶は抜け落ちていた。確信する。奴だ。俺の中の何かが、俺を乗っ取りやったのだと。
部屋で謹慎を言い渡された。厳重に鍵をかけ、気を張り詰める。言いようのない恐怖が忍び寄って来た。
『無駄よ』
声が聞こえた。聞き覚えのある声。
『抵抗したって、もう遅いわ』
思いだした。奴は、確か・・・。
『アンタはアタシのもの。さあ、楽しみましょう。殺すのよ。敵も、同胞も。みんな屠るの』
高笑い。耳を塞いでも聞こえた。頭の中に響き渡る。とっさに鍵を開け、飛び出した。何人かが引き止めようとする。振り払って走り続けた。少しでも遠い所へ。人のいない所へ。奴が出てきてしまったら、みんな殺されてしまう。俺は一度、奴に乗っ取られている。次にそれを止められる自信はなかった。
どこへ行けばいい。
どうすれば止められる。
俺の中の奴を、どうしたら封じられるのだ。
闇夜を駆ける。必死で考え続けた。誰も傷つけないで済む方法を。そして、思いだした。
昔、あの男が封じられていた場所を。
大丈夫かもしれない。うちはの結界が取り巻く、あそこなら。一族を全滅に追いやった男、イタチを封じていた場所ならば。
里へと急ぐ。一昼夜駆け通した。二度目の朝が来る寸前、うちは屋敷が見えた。
「破っ!」
外壁を吹き飛ばす。玄関に回る時間が惜しかった。一刻も早く、あの部屋へ。
『着いた』
自分が暮らしていた部屋へ飛び込んだ。敷いていた布団を引き剥がす。ごくり。息を呑んだ。
入口。
ずっと封じられていた場所。意を決して取ってを引く。鉄扉を開けた。中から冷気。湿気た空気の臭い。
出られないかもしれない。
覚悟しながら扉を閉めた。階段を下へと降りてゆく。ここなら封じられるかもしれない。せめて、時間を稼ぐくらいには。もしそれが駄目ならば、奴共々、ここで滅びるだけだ。
灯をつけ、牢の中に入った。格子を閉める。鍵をかけ、牢の外へと投げ捨てた。印を組み何重にも結界を張る。それらは、ここから俺を出さない為の封印結界だった。
『これで、被害は最小限になるはずだ』
大きく息をつく。正直、途中で奴が出てきたらと危惧していたのだが、幸い奴は奥に潜んだままだった。
自分の張った結界と『うちは』の結界。
同族か火影に匹敵する術者でない限り、これを解くことはできないだろう。奴がこの結界を解けない限り、犠牲はただ一つ、俺の命だけ。
まだ終わりじゃない。
再度気を引き締め直した。何とかしなくては。奴を消し去る方法を見つけ出さねばならない。俺の中に響いた声。奴には覚えがあった。数年前、この身に呪印を施した男。でも、呪印はカカシに封じてもらったはずだ。何年もなりを潜めていたのに、どうして今ごろ。
睡魔が次々と襲って来る。疲労が極限まで来ているのだろう。だが、眠るわけにはいかなかった。眠れば奴が出てくるかもしれない。それだけは避けたかった。
助けは期待できない。今頃逃亡者として、追い忍が出ているかもしれない。それでも。
考えるんだ。
奴を倒す方法を。
あてのない時間を耐えながら、俺は自分と戦い続けた。
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