■『燃える椿の下で』ACT20 対応作品■
深更
byつう
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ナルトをうちは屋敷に送ったあと、カカシはいつものように火影の館に立ち寄った。奥殿の文庫に忍び、三代目に大蛇丸の様子を報告する。
「あいかわらず、か」
火影は低い声で言った。
「結界を広げよと要求してきたからには、なにか事を起こすかと思うておったのじゃが」
たしかに、大蛇丸の行動は不可解だった。
里にばらまいたという時限印。結界を広げさせて、印を操作するつもりかもしれない。カカシもそう考えて警戒していたのだが、この一週間、以前と変わったところはほとんどない。強いて言えば、ときおりナルトが酒を飲んで帰ってくるぐらいか。
ほーんと、ヘンだよねえ。
奥殿から郊外の家へと向かいながら、カカシは心の中で独白した。
大蛇丸はナルトに執心している。ときにはひどく責めることもあるが、あれにしても執着のひとつだ。そしてまたナルトも、大蛇丸を完全に憎みきってはいない。サスケを乗っ取り、里を混乱に陥れようとしている相手を。
きっと、それがナルトがナルトたる所以なのだ。並みの人間なら、とうに潰れている。
ナルトには、自分たちには見えぬものが見えているのかもしれない。大蛇丸の隠された部分。判然とはしないまでも、なにかを感じている。だから、あんなふうに日夜、闘いつづけられるのだろう。
これも、「ラッキー」なんでしょうかね。
いまは亡き金髪碧眼の師に語りかける。最悪の状況でも、希望のかけらを見つけて最善を尽くす。それは、かつて九尾のときに見たあの人と同じ。
自分も負けてはいられない。時限印の解術がならぬうちに、大蛇丸が行動を起こすようなことがあれば、今度こそこの身を投じてでも阻止しなければ。
決意を胸に封じ、カカシは黙々と歩いた。
庭から家の中に入ろうとしたとき。
厨から明かりが漏れているのが見えた。もう夜は更けている。カカシは厨の入り口に回った。
「ただいま戻りました」
声をかけて、中に入る。調理台の前では、イルカが真剣な顔をして薬草の分量を計っていた。
「おつかれさまです」
こちらを見もせずに、言う。薬草を薬研に移し、またべつの薬草を秤に乗せる。
「なにやってんですか。こんな時間に」
「見た通りのことですよ」
「薬草の調合ですか」
「そうです」
「なんだか、化学の実験みたいですねえ」
一ミリグラムの誤差も許さないといった感じで、イルカは分銅を乗せている。
「少し黙っててください。気が散ります」
「爆薬や毒薬の調合をしてるんじゃないんですから、そんなにぴりぴりしなくても……」
「おれだって、こんなことはしたくないですよ」
ピンセットをかちり、と置く。漆黒の双眸が、こちらに向けられた。
だいぶ、怒ってるな。
公私ともに深い付き合いをしているふたりである。相手の精神状態は、それこそ手にとるようにわかる。
「なにがあったんです?」
木の椅子に腰掛けて、問う。こういうときは、あわててはいけない。カカシは意識的に、笑顔を作った。
「朝飯の用意なら、起きてからでも十分間に合うでしょ」
「明日は、煮る時間を長くするように言われましたので」
なるほど。あの男か。カカシは合点した。
理寧。森羅の術者にして、龍尾の砦を陰で動かすほどの実力者。薬に関する知識も相当なものがあると聞いている。
ナルトがうちは屋敷に通うようになってから、イルカはずっとカカシの家に泊まり込んで食事の支度などを行なっているが、毎日のように出される薬草粥について、理寧が注文をつけたらしい。
「で、薬草の配合も変えろって?」
カカシは言葉に、イルカは憮然としたまま頷いた。
森羅の一族の食事に対する考え方は、いわゆる医食同源である。体調や気候に合わせて、食べるものの量や種類を調節するのだ。
イルカは、以前カカシが教えた通りのレシピで粥を作っていた。それこそ、毎日まったく変わらぬ味だ。
ナルトはこのところ、昼餉もとらずに修業をしている。そのうえ、夜はうちは屋敷で「仕事」をしているのだ。理寧としては、食べる側の心身の状態を考察すれば、これまでと同じ配合では不都合だと判じたのだろう。
「細かい指示をいただきましたので、それをやっていたところです」
ずらりと並んだ薬草を見遣って、イルカは言った。
「いま少しかかりますから、どうぞ先にお休みになってください」
「あした、俺がやりますよ」
カカシはイルカの手を取った。
「だから、もう寝ましょうよ」
「いいえ」
そっとその手を払い、
「これは、おれの仕事ですから」
きっぱりとした口調。カカシはため息をついた。
まったく、言い出したらきかないんだから。強情なのは、閨の中だけにしてほしい。あれはなかなかに趣があって、いいものだが。
「……なんですか」
じろりとにらまれた。しまった。読まれたか。
どうもイルカの前ではガードが甘くなってしまう。とくに、ふたりきりのときは。
「いいえ。……わかりました。もうジャマはしません。でも……」
「はい?」
一瞬の隙を掴んで、唇を重ねる。わずかに触れるだけの口付け。直後、イルカはカカシの胸を突き飛ばした。椅子が派手に倒れて転がっていく。
「かっ……カカシ先生! 冗談でもやめてください。この家には、いま客人がいるんですよ」
「おやすみのあいさつですよ。これぐらい、どうってことないでしょ。なにもひとつ蒲団に入ろうってわけじゃなし」
「あたりまえです!」
声が常の三倍ぐらいは大きくなっている。
「しーっ。静かに。その『客人』が目を覚ましますよ」
人差指を立てて、ことさら小さな声で言う。イルカはぐっと唇を噛んだ。
「じゃ、おやすみなさい」
すたすたと上がり口に向かう。
これで、怒りの矛先が変わったはずだ。怒りの性質も。
上がり口で、そっと振り向いた。イルカは倒れた椅子を起こし、丁寧に埃を払っている。
大丈夫、だな。カカシは確信した。
朝になってナルトが帰ってくれば、またいつものイルカがそこにいるだろう。あちらこちらに目を配り、心を砕いて職務をまっとうする「うみのイルカ」が。
夜は更ける。それぞれの上に、それぞれの時間が過ぎて行く。
厨の明かりが落ちたころ。
東の山の端は、わずかに曙の色が浮かんでいた。
(了)
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