■『燃える椿の下で』ACT36 対応作品■
静思
byつう
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意外性ナンバーワンも、ここに極まれりって感じだよな。
うちは屋敷にナルトを送り届けたあと、カカシはそう思った。
新しい忍服。きっちり締めた額宛て。すべての迷いを振り切って、ただ一筋におのが信じる道に向かう。その姿は、かつての師を彷彿とさせた。
『じゃ、またあとで』
輝くばかりの笑みを浮かべ、あの人は最後の戦いに赴いた。愛するもののために。信じるもののために。
先生。俺は今日、あなたに会いましたよ。「あとで」って、もしかしたらこのことだったんですか。
微笑みが甦る。
『やーっとわかったの。ニブいねえ』
よく通るきれいな発音。カカシはたしかに、それを聞いた。
昨夜と同じように、イルカは奥の間に座していた。灯明がゆらゆらと揺れている。が、その場の空気は、きのうとはまったく違っていた。
「ただいま戻りました」
声をかけて、中に入る。イルカは視線を上げた。
「おつかれさまです」
落ち着いた声。さぞや心配しているだろうと思っていたのに。
いや。案じていないはずはない。ナルトはイルカにとって聖域のようなものだ。かつて死なないためだけに生きていたイルカが、この世に留まるよすがでもあった。そのナルトが。
うちはの結界の中で、いま、戦っている。サスケのために。自分のために。みんなのために。
きっと、ナルトの心から迷いが消えたように、この人の心も脱皮したのだろう。胸を張ってこの家を出ていった、後ろ姿を見送ったことで。
やはり、自分はナルトには叶わない。カカシは額宛てを外して、イルカの側に座した。
「正念場ですねえ」
「ええ」
自分たちにとっても、ナルトやサスケにとっても、そしてもちろん大蛇丸にとっても。
「屋敷の様子は?」
事務的な口調で、イルカは訊いた。
「どうやら、やつが内側から封印結界を張ったみたいでね。ちょっと見えづらいんですが……」
左眼をフル作動させる。
「かなり広範囲に動き回ってますね。うーん、こりゃナルトのやつ、いちばん不利な戦い方してるな」
おそらく、サスケを気遣ってのことだろう。意識は大蛇丸でも、その身はサスケのものだ。少しでも傷つけたくないのはわかるが、それでやつに勝てるかどうか。
「脚の一本ぐらい折ってもいいのに」
つい、本音が出た。
「あいつに、そんなことができるわけないでしょう」
イルカが苦笑した。
「そうですねー。あんたなら、やるでしょうけど」
「当然です」
即答である。カカシも口の端を持ち上げた。
はいはい。わかってますって。それがあんただってこと。だから、俺はあんたに惚れたんだ。
「火影さまには、もう報告を?」
「してきましたよー。じいさんもいまごろ、水晶珠で見てるんじゃないかな。手助けはできないにしても、万一のときには、すぐに動くつもりでしょ」
「万一のとき、ですか」
わずかに表情がかげる。
「三代目はナルトを……」
「見捨てやしませんよ。それができるなら、ハナっからあんなに苦労しませんって」
そうだとも。火影がもっと冷徹な、あるいは実利を優先する長であれば、おそらくごく初期の段階でサスケは屋敷ごと始末されていた。実際、カカシも一度はそれを考えたのだ。ナルトが「闘う」と心を決める前は。
自分がしなければ、イルカが動く。そういう人だとわかっていたから。
イルカにそれをさせてはならないと思った。この人はナルトのためなら鬼になれる。里中を敵に回すことさえやってのけるだろう。そして二度と、戻ってはこない。
「じいさんはねえ、結局、里の者をだれひとりとして捨てられないんですよ」
だから、俺も生き残れた。道具のように扱われていた下忍時代。あのとき、使い捨てられてもおかしくはなかった。
『おまえが、カカシ?』
ぬけるような青空の瞳。陽を宿す金色の髪。
のちに四代目火影となる人物は、そう言って幼いカカシを抱き上げた。突然のことだったのに、自分はそれを拒まなかった。いままでは未知の気配が背後に来ただけで、その相手をなんの迷いもなく瞬殺していたというのに。
おねえちゃん、きれい。
思ったままを口にした。直後。
金髪碧眼の人物は、それこそ輝くばかりに笑った。
『なんだ。おまえ、言葉しゃべれるの』
そういえば、ずっと話していなかった。そんなこと、必要なかったから。
あれからだ。自分が言葉を口にしはじめたのは。あのときから、俺は「人」になった。
「そうですね」
イルカは静かに言った。
「だから、おれも……」
そのあとの言葉は聞こえなかった。聞く必要もなかった。
この人がいまここにいること。自分とともにいること。それは、気の遠くなるような偶然と必然があったからに違いない。
否。
偶然などなかった。いくつもの必然に目を背けなかったからこそ。
長い夜になりそうだ。それはいままでと同じだが。
たったひとつ違うことは、どんな朝を迎えようとも悔いはないということ。
ナルトはサスケを取り戻すための闘いに赴いた。その結果がどうあろうとも。
悔いはない。悔いてはならない。それがナルトの意志なのだから。
信じている。待っている。あいつらの新しい朝(あした)を。
静かな夜だった。
この人と出会ってから、いちばん静かな夜だった。
(了)
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