■『燃える椿の下で』ACT26 対応作品■


雲間
byつう

 おかしなものだ。
 夜具の用意をしているイルカを見ながら、カカシは思った。
 時限印。一定期間ののちに発動する呪印をその身に受けたというのに、イルカは明らかに昨日までより生き生きとしている。
 呪印といっても、ナルトに解術を促すための実験台のようなものだ。だからといって、あの男が手加減をするとは思えないが。
『解けばよい。それだけだ』
 端的な言葉。裏を返せば、解けなかったとしてもそれだけのことだと、あの男は言っている。
 これまで以上に、ナルトは必死になっていた。イルカの命がかかっているのだ。心中は手に取るようにわかる。が、それゆえに空回りして、結局今日は、イルカに施された時限印の所在を掴むことすらできずに終わった。
 夕餉のときの、落ち込んだ顔。いつもの半分も食べずに、ナルトはうちは屋敷へと出かけていった。
「心配じゃないんですか」
 カカシは訊いた。
「なにがです」
 敷布を蒲団の下に折り込みつつ、イルカは答えた。
「時限印を封じられたってこと、わかってます?」
「ええ」
「ナルトが解術できなければ、あんた、一年後にはあの男のモンですよ」
 時限印に侵された者は、術者と同化してしまう。
「それは遠慮したいですね」
 心底、嫌そうな顔。
「おれは、あなた以外はごめんです」
「うれしいことを言ってくれますね」
 よほど機嫌がいいんだな。あんたがそんな物言いをするなんて。カカシはイルカの手を取った。
「お誘いと思っていいのかな」
「違います」
 ぱしりとその手を払う。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますが」
「はい」
「今日は、客人がおられます」
「はあ、そうですね」
 カカシは両手を肩の高さに上げた。
「やっこさんが山に帰るまで、お預けですか」
「そういう言い方はやめてください」
 ぴしっと敷布のしわをのばし、イルカは立ち上がった。
「いまから朝飯の下準備ですか?」
「明日は、この時期にしては気温が低くなりそうなので」
 なるほど。また粥に入れる薬草の調合を変えねばならないというわけか。
 このところ、イルカは三度の食事の用意に心血を注いでいる。ナルトのためとはいえ、ずいぶんな変わりようだ。まっとうな食事もとらず、人工栄養や薬で命を繋いでいたこともあったというのに。
「ご苦労さまですねえ」
「仕事ですから」
「じゃ、待ってます」
 カカシは言った。
「あんたが戻ってくるまで」
「……」
 イルカは何事かを口にしようとして、下を向いた。しばらくそのまま動かずにいたが、やがて顔を上げた。
「待たないでください」
 固い声。固い表情。しかし。
 数瞬ののち、口の端をきれいに持ち上げ、次の言葉を紡ぎ出した。
「あとで、起こします」
「はあ?」
「この印の性質を分析していただきたいので」
 イルカは自分の項を指し示した。
「なーんだ。もう見つけてたんですか」
 カカシは苦笑した。
「さすがに、二回目ですから」
 理寧が刻んだ時限印。その在り処を、イルカはとうに承知していたらしい。
「サスケの呪印はここにありました。ナルトに解術を教えるためには、同じ場所に封じた方が効果的です。それに、首はいちばんの急所。この場所の印を滅することができれば、ほかも……」
「でしょうねー」
 カカシはイルカの項に触れた。
「あのときの印より、だいぶ弱いみたいだけど」
「発動まで一年と言っていましたからね」
「へーえ。やっこさんも、一応は気を遣ってんだ」
 あまりに強い印を封じて、ナルトが解術を会得できなければ本末転倒だ。
「さあ……どうでしょうか」
 うっすらと、イルカは笑った。
 いい顔だ。このうえなく。
 項に回した手に力を込める。イルカは抗わなかった。
 深い口付け。解かり合った者同士のそれは、体の交わりに劣らずすべてを満たしてくれる。
「では、あとで」
 するりと腕をはなれ、イルカは襖の向こうへと消えた。




 おかしなものだな。
 あらためて、カカシは思った。自分の命が他者に握られているというのに、あの表情はどうだ。
 ナルトだから、だろう。いまさら言うまでもないことだが。
 イルカにとって、ナルトは聖域なのだ。生きることになんの意味も持てなかったころから、ずっと。
 妬けるねえ。でも、それがあんただから仕方ない。あんたの全部をもらうことはできないんだから。
 そのかわり、全部見せてもらうよ。そして、俺の全部を見てもらう。
 一生かかっても……ね。

 夜具にくるまり、まどろみに身を任す。雲の合間から漏れる月影が、枕辺を仄かに照らし続けた。



(了)



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