■『燃える椿の下で』ACT13 対応作品■


光明
byつう

 カカシが奥殿の文庫に入ったとき、そこにはまだ火影の姿はなかった。
『至急、文庫へ』
 短い遠話。それを受けて、急ぎ里の家から飛んできたというのに。
 できれば、いましばらく家にいたかった。人事不省のナルトを見て、イルカは少なからず動揺していたから。
 この何日かはナルトの身体的なダメージはだいぶ軽減されてきていたのに、今日はかなり執拗に責められたらしい。ナルトは完全に意識を失っていた。青白い顔。あちらこちらに、新しい跡。繋がりを解いたときのままだったのだろう。いやでも、それらをはっきりと見て取ることができた。
 なにか、仕掛けたのかもしれない。ナルトがいつもとは違う行動に出たから、大蛇丸も……。
 もっとも、大蛇丸の機嫌は悪くない。一晩休ませることにも、あっさりと同意した。もしかしてナルトは、以前イルカが言っていたようなことをしたのだろうか。閨については想像するしかないが、大蛇丸の警戒をわずかながらでも解いたのだとすれば、一歩前進したと言える。
「昼には戻ります」
 固い表情をしたイルカにそう告げて、座敷をあとにした。昼でなくとも、火影の話さえ聞いたら早々に帰るつもりだったのだが。
「人を呼びつけといて、どこ行ってんだ」
 思わず、愚痴る。
「すみませんねー。朝っぱらから」
 横から、声。カカシはちらりと書棚の陰に目を向けた。
「だれかと思ったら……なにやってんのよ」
 気配は感じていた。かすかなものだったが。
「なにって、仕事ですよ。お二人が動けないぶん、俺にお鉢が回ってきて、ここんとこ休みなしなんですから」
 空木は、人なつっこい顔で笑いながら言った。
「それは俺もおんなじだよー。ついでに言うなら、あの人もね」
「でしょうね。うみのがいちばん、きついかも」
 文庫の中に余人はいない。空木は事務局で机を並べていたときと同じように、イルカのことを「うみの」と呼んだ。
 表向きは上忍と中忍。身分の差は大きいのだが、裏に回ればこの男も特別上忍並みの実力を持っている。でなければ、火影の「手」は勤まらない。
「で、三代目は」
「長老と話を詰めるのに手間取ってるようですよ。あなたが来たら、先に要点を話しといてくれって言われました」
「要点?」
「森の国で、動きがありました」
 空木はこの二十日ばかり、文遣いとして里と森の国を何度も往復していた。
 サスケの時限印が発動して大蛇丸が現れてから、三代目は解術の方法を探して各国に間者を放った。空木もそのひとりで、もっぱら森羅の砦を回って、情報収集にあたっていたのだ。
「十日ほど前から、龍尾の砦から龍央へ頻繁に使者が行き来してましてね。首長は三日ばかり行方をくらますし、龍尾の長は急病で五日も祈祷所に籠もるし、なーんかヘンな感じで」
 龍尾の長。カカシは青墨色の髪をした森羅の忍を思い出した。
「病ってのは、ほんとなの」
「さあてねー。俺は仮病だと踏んでますけど」
 首長の蒼糸と、龍尾を与る煉。森羅の直系であるふたりが、前後して不審な行動をとっている。独立運動の一環にしては、不可解だ。いまのところ、長が直々に出張るほどの問題は起きていないはずだが。
「その使者がまた、曲ものでして」
「だれよ」
「龍尾の砦の、ナンバー2です」
 指を二本たてて、言う。
「……なるほどねえ」
 ナンバー2。すなわち、理寧のことか。
 おぼろげながら、森羅の事情が見えてきた。滅多に砦を離れることをしないあの男が、蒼糸のもとに何度も通った。その理由は。
 理寧は術者だ。それも、解術に関しては相当の力を持っている。かつてイルカが雲の忍に器を乗っ取られそうになったとき、調伏の祈祷をしたのも理寧だった。
「なにか新しい術を開発したかな」
「ありえますね、それ。時限印に関するものであれば、渡りに舟なんですが」
「で、三代目と長老たちは、船賃をどう工面するか相談してるわけ?」
「相手は森羅ですからねー。こっちも腹をくくんないと」
「そんなもん、とっくの昔にくくってるよ。問題は、その舟が間違いなく向こう岸につくかってことでしょ」
 時限印の解術。本当にそれが可能なら、サスケもナルトも失わずに済む。いまの段階では、甚だ不確実だが。
 理寧……か。
 カカシは嘆息した。たしかに曲ものだ。あの男は、龍尾の砦の裏側を仕切っているに違いない。煉に皆の崇拝を集めるために、自分は泥をかぶる。そういう男だ。
 すべて、なのかもしれない。あの男にとっては、煉という存在が。だから、とことん非情になれるのだろう。なんの迷いもなく。
 そんな男が動いた。とすれば、きっと……。
 確かめなければ。そして、もしそれが事実なら、是非にもその舟に乗らねばならない。
「そのあたり、もうちっと詳しく調べられない?」
「はたけ上忍やうみのと一緒にされても、困りますよ。俺には、これでいっぱいいっぱいです」
「そう言わずにさー」
「早死にして、女房と子供に恨み言を言われるのはイヤですからね」
「……そーゆー考えで、よくいままで忍やってるね」
「そーゆーヤツだから、いままでやってこれたと言ってほしいですね」
 胸を張って、断じる。まったく、「手」なんてやつは、まっとうな神経じゃやってられないのかもしれないな。
「ごもっとも」
 銀髪の上忍が諸手を上げたとき、遠話の術でだれかが話しかけてきた。
 ごく微量の波動。イルカだ。これは。
『どうした』
 同じ波長で返す。
『状況が許すなら、急ぎ、お戻りください』
 まったく、今日はなんていう日だ。非常事態のバーゲンセールかよ。
 カカシは苦笑した。あの人がこんな無理を言うからには、それなりの理由があるはずだ。
 ナルトから、なんらかの情報を得たに違いない。カカシは空木に、火影への伝言を託した。
 うちは屋敷においても、何事か進展があったらしい、と。
「三代目に、あとでまた来るって言っといて」
「承知」
 空木は、にんまりと笑った。



 その日。
 サスケに封じられた印の在り処を、ナルトは見つけた。
 闇の中に、一条の光。いまだ細く、薄い光ではあったが。



 夕刻、カカシは三代目火影の名代として、龍尾の砦に飛んだ。



(了)



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