■『燃える椿の下で』ACT9 対応作品■


臥床
byつう

 ナルトをうちは屋敷に送り届けたあと。
 カカシは遠駆けの術で里のはずれにある家に戻った。庭に降り立つ。青墨色の空には、白い月。彼岸桜の花弁を踏んで、カカシは縁から中に入った。
 冷たい空気。
 やはり、な。カカシは唇を結んだ。
 いくら覚悟を決めたとはいえ、納得したわけではないのだ。ナルトを贄にするなどと。
 イルカの心中はいかばかりであろう。ナルトの前では、つねと変わらず穏やかな笑みを浮かべていたけれど。
 自分は知っている。イルカがどれほど強い感情を内包しているのかを。やさしい外見を作るときほど、それは激しく渦巻いている。今回も、そうだ。ひとつめの山は越えたが、今後のナルトの状況次第では、いつその感情が爆発するかわからない。
 そっと座敷を窺う。薄暗い室内。先刻までナルトと差し向かいですわっていた文机の前に、イルカはいた。いつものように、きっちりと正座して。
「ただいま戻りました」
 声をかけてから、足を進める。イルカは振り向かなかった。高い位置で結わえた黒髪が、わずかに揺れただけだ。
「イルカ?」
 そっと近づき、横にすわる。イルカは目をつむっていた。また、自分の中に棲まうものと対峙しているのだろうか。
 灯をともそうと、灯明に手をのばした。
「つけないでください」
 ひっそりとした声。カカシは手を止めた。イルカはまだ目をつむっている。
 ふたりはしばらく、そのままでいた。イルカはそれ以上なにも言わなかったし、カカシもその場から動かなかった。
 四半時ばかりたって、ようやくイルカが目を開けた。充血して、少し腫れた両眼を。
「ナルトは、どんな様子でした」
「恐いと言ってましたよ」
 イルカの頬がぴくりと震えた。
「駄目ですよ。これぐらいで顔色を変えてちゃ。ナルトに笑われます」
 ことさら冷たく、言い放つ。
「恐いとは言ってましたがね。でも、こうも言ってました。『おれしかできない』って」
 ほかのだれも、代わることはできない。だから、ナルトは決めたのだ。自分の意志で、サスケを取り戻すと。
 捨て石になるかもしれないと告げたとき、わずかでも怯えや迷いが見えたら引き返すつもりだった。ナルトをイルカに預け、その足でふたたびうちは屋敷へ向かう。そして……。
 独断で行動したことで三代目や長老たちに糾弾されたとしても、結果として里の危機を回避できれば、非難をかわす自信は十分にあった。よしんば「うちは」を消滅させた責任を追求されても、火影候補を降りれば済むことだ。
 里を追われて辺境の砦に飛ばされるかもしれないが、どうということはない。どうせイルカも連帯責任をとらされるはずだし、そうなればふたりで砦暮らしというのも悪くないと思っていた。
 もっとも、その場合はナルトも連れていかねばならない。サスケを亡くしたナルトが立ち直るには、しばらくかかるだろうから。
 どちらでもよかった。自分としては、里に被害が広がらなければいいのだから。
 だが、ナルトは違った。里のことはもちろんだが、それよりもなお強く、サスケ個人を助けたいと切実に願っていた。だからこそ、自ら狼の檻に入ったのだ。
「そう……ですね」
 イルカが泣きそうな顔をした。本当に、この人はナルトのことになると別人のようだ。
「あいつは、もう立派な忍です。おれなんかよりも、ずっと強い……」
 いいえ。あんたも強いですよ。自分に関してだけなら。
 ナルトのことは例外だ。きっと、この人は一生ナルトには勝てないだろう。むろん勝とうとも思わないだろうが。
「駄目ですねえ」
 再度、カカシは言った。
「そんなことでは、先が思い遣られる」
 ぐい、とあごを掴んだ。噛み付くように口付ける。反射的に、イルカは体を引いた。
「なにを……」
「なにって、決まってるでしょ」
「こんなときに、よくそんな気になれますね」
 あからさまな嫌悪。この表情は、出会ったころによくしていた。いや、もう少し婉曲だったか。この人は、その場その場にふさわしい自分を演じていたから。
「こんなとき、だからですよ」
 カカシはイルカの項に手を回した。するり。耳のうしろを撫で上げる。
「カ……」
 言葉を発する暇を与えず、カカシは衣服の下に手を滑らせた。知り尽くした体。いちばんはやく、燃え上がる場所を攻める。
 ずるいことだとはわかっている。でも、こうでもしないとあんたは落ちない。今日はどんな手段をとってでも、あんたを狂わせてやる。足掛け三日、眠っていないのだから。
 それ以前も、まともに睡眠をとっていない。食事も必要最低限しか。
 まるで、あのころのようだ。心の拠り所を求めて、壊れかけていたころ。カカシが側にいないだけで、イルカは崩れそうになっていた。やっとのことで取り戻した自分を、すべてカカシに委ねて。
 あのときと同じなら……。
 カカシは手加減しなかった。それが苦痛を与えるものだとしても。つかのまであっても、この人に休息を与えるために。
「……っ……や……あ………ああっ!」
 拒絶と、驚愕と、悦楽と。
 それらのないまぜになった声が、天井に響いた。

 やっと……。
 幾刻かのち。
 カカシはイルカをはなした。力なく横たわるその体には、カカシの激情の跡が刻まれていた。
 イルカは眠っていた。深く。深く。
 こんな眠りでは安らげるはずもないが。
 黒髪を束ねていた紐は、畳の上に打ち捨てられている。この人の砦ともいえるそれを手にとり、枕辺に置く。
 あしたは。
 あしたからは、また闘えるだろう。ナルトがここに還ってきたら。
 それまでは、眠っていて。たとえ悪夢の中ででも。



 いつから続いているのだろう。この長い夜は。
 それでも、いつか夜は明ける。新しい朝はきっと来る。
 生きている限りは。



(了)



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