■『燃える椿の下で』ACT10 対応作品■


画策
byつう

 いつものようにナルトを送り出す。
「気をつけて」
 それだけを言って。
 ナルトは微笑んで、頷く。つらいだろうに。苦しいだろうに。ひとことも弱音を吐かず、出かけていく。その身を供するために。
 あの日から十日。最初のときこそ一日空いたが、それからは夜毎、ナルトはうちは屋敷に通っていた。
 着替えのときの様子や立ち居振る舞いからして、だいぶその行為に慣れてきたようだったが、やはり毎日となると消耗が激しい。しかも手首を拘束されているらしく、欝血の跡がすっかり定着してしまった。
 できるだけ袖の長い衣服を用意してはいるが、それでもなにかの拍子に痣が見える。本人も気にしているのだろう。そういうときは、あわてて袖を引っ張って手首を隠している。
 ひざや肩の擦傷の具合を見る限り、ナルトはまだ対面で事を行なってはいないようだった。
 警戒しているのだろう。あたりまえだが。
 大蛇丸とて、自分が印によって存在できていることは承知しているはずだ。その命綱とでもいうべきものを、簡単に見せるわけはない。
 サスケの呪印は首のうしろにあった。あれが時限印の一種だとすれば、いまも同じ場所にある確率が高い。
 なんとかそれを確かめる方法はないものか。いちばん確実なのは房事の最中だが、そのためには大蛇丸の警戒を解かねばならない。
 自分なら、なんとでもなるのに。
 過去のあれこれを思い出す。思い出したくもないことだが。
 クナイを床に突き刺し、手首を拘束したまま背後から犯すのが好きなやつがいた。かなり猜疑心の強い男だったが、あるときむりやり体を返して哀願したら、嘘のように態度が変わった。それからは体を繋ぐたびにぽろぽろと機密を漏らしてくれて、十日とたたぬうちに必要な情報を手に入れることができた。
 むろん、大蛇丸がそれほど馬鹿だとは思わない。里と火影を相手にたったひとりで闘いを挑んでいるのだ。その力のほどは、計り知れないものがある。
 おそらく、一足飛びに印を見ることはできまい。が、大蛇丸の警戒を緩めるためには、その類の操作は必要だ。
 いつ、それを仕掛けるか。幸い……といっては語弊があるが、大蛇丸はナルトに執着している。執拗に責めてはいるが、翌日に使いものにならぬほどではない。つまり、自身の満足と相手の状態を微妙なバランスで調整している節がある。
 そういうやつも、いたな。
 またしても不毛な記憶を甦らせる。まったく、自分はろくなことをしていない。いかに「生きる」ことに無頓着だったとはいえ。
「なにを笑ってるんです」
 額宛てを外しながら、カカシが座敷に入ってきた。
「あんたがそういう顔をするのは、たいてい恐いことを考えてるときですもんねえ」
 よく言う。自分だって、いかにもうれしそうに笑いながら、このうえなく恐ろしい策略を巡らせているくせに。
「ま、元気になって、よかったですよ」
 なにが「元気」だ。この状態を元気だというなら、おれは一生、病の床に臥していたっていい。
「あ、それそれ」
 ふた色の瞳が、きれいに細められた。
「俺、そーゆー顔が好きなんですよ」
 まったく、この男の神経はどうなっているんだ。近しい者たちが、あんな凄惨な目に遭っているというのに。
「で、なに考えてたんです」
 よっこいしょ、と呟きつつ、カカシは腰をおろした。
「ナルトから、なにか聞いたんですか?」
「いいえ。あいつは……なにも言いません」
「でしょうねえ」
 ぽりぽりと頬をかく。
「あんたに似て、強情だから」
 余計なお世話だ。強情になったのは、半分は目の前にいるこの男のせいだ。
 時限印を滅する前も、滅してからも、この男にはずいぶん心をかき回された。自分が甘えていた部分もあったとはいえ、いまから考えれば、ずいぶんな仕打ちだったと思う。それでも、そうまでしても、この男は自分に目覚めてほしかったのだろう。ともに生きるために。
 実際、危なかった。もう少しで、この男と道を別つところだったのだから。
 森の国での任務の際に、あきらめなくてよかったと思う。あのとき、自分にできる最大限のことを為したからこそ、いまがあるのだから。
 最大限のこと。
 いま、ナルトもそれをしている。
『おれしかできない』
 そう。ほかのだれにも、できないことを。
「印のことを……」
 イルカは口を開いた。
「考えていたんです」
「サスケに封じられた時限印ですか」
「すでに発動しているなら、肉眼でも見えるはずです」
「それで?」
「ナルトに、それを探す方法を教えようかと」
 イルカは自分の考えをカカシに伝えた。大蛇丸がナルトを気に入っているのなら、比較的たやすいはずだ。
 賛同すると、思っていた。カカシはまず、里の安寧を望んでいるはずだったから。一刻も早く印の所在をつきとめ、それを滅する策を立てる。カカシならそう考えるだろう、と。
「あんたねえ……」
 馬鹿にしたような、蔑んだ声。全身がびくりと震えた。
「やつに小細工が通じるわけないでしょ」
 冷ややかなまなざし。切られる。そう思った。こういうときのこの男は、容赦がない。
「そんなことしたら、間違いなくあいつは殺されるよ」
 びしりと言われた。
「だいたい、あいつにそんなマネができるわけないでしょ。あんたとは違うんだから」
 かつて、ナルトたちの中忍試験のときにイルカが言ったのと同じ台詞を、カカシは言った。
「印を探すのが第一義だっていうのは、わかってるよ。けど、それはあいつの仕事だ。あいつが『現場』で状況を読んで、判断しなくちゃどうにもならんでしょーが」
 カカシは立ち上がった。
「どんなことをしてでも、サスケを助けたい。あいつはそう言った。だから……」
 ふっ、と表情をゆるめる。
「信じましょうよ」
 信じて。
 待ちましょう。どれほどつらくても。
「それよりも……あの食事、なんとかなりませんかね」
 つねの口調に戻って、カカシは語を繋いだ。
「こう毎日毎日、薬草粥だけじゃ、腹の虫がうるさくって」
 大袈裟に、下腹をさする。
「ナルトだって、少しは動物性蛋白質を摂らないと、持久力が落ちますよ」
 たしかに、そうかもしれない。体調維持を第一に考えていたから、粥や野菜中心の食事だったが。
「一応、高カロリー栄養食を送ってもらえるよう、シギに頼んでおきましたけどね」
 シギというのは暗部研究所の主任研究員で、カカシの知己である。イルカも時限印を封じられたときには、いろいろと世話になった。出世欲というものがまったくなく、純粋に研究に邁進している。里にとっては、得難い人材と言えた。
「どうせなら、人工栄養より自然のものの方がいいでしょ」
 にんまりと、カカシは笑った。
 適わないな。
 素直に、そう思う。やはり、この男には適わない。自分がいかにナルトのことを考えていたとしても、結局は狭量でしかない。大局を見ることはできないのだ。
「……わかりました」
 イルカは言った。
「明日は、なにかべつのものを作ります」
「期待してますよー」
 ひらひらと手を振って、座敷を出ていく。
 引き際も見事だよな。
 過日のことを思い出す。あのときは、無理矢理に体を繋いだのに。
 今日なら、よかった。心が軽くなったから。でも、そんな心の内もあの男には見透かされているのだろう。馴れ合いの関係ではないのだから。
 広い座敷にひとり残され、あらためて自分と対峙する。

 信じること。それが、きっと力になる。
 まだ見えぬ夜明けに向かって、イルカはそう自分に言い聞かせていた。



(了)



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