■『燃える椿の下で』ACT28 対応作品■


朝餉
byつう

 座敷の壁にもたれて、カカシは今日一日のことを考えていた。
 なにが起こったのだろうか。大蛇丸に。
 ナルトの話によると、昨夜、大蛇丸は自分からサスケに意識を譲ったという。うちは屋敷から郊外の家に向かう途中で、カカシは幾通りかの可能性を考えた。が、その中のどれもが、百パーセント納得できるものではなかった。
 ナルトなら、なにか察知しているかもしれない。そう思って誘導してみたが、明確な答えは返ってこなかった。ただひとつのこと以外は。
『誰にも手出しはさせないからなっ』
 たとえカカシにさえも。
 強い意志。熱い心。ナルトはサスケのために、文字通り命を賭けている。
 今日、ナルトはイルカに封じられた時限印の場所を見つけた。そして、またうちは屋敷へと出かけていったのだ。
『じゃあなっ。カカシ先生』
 きのうとは別人のような、生き生きとした瞳だった。
 本当に、あの師弟はよく似ている。自分のことではなく他人のために苦しみ、あるいは喜ぶのだから。
「帰っておられたのですか」
 ひっそりとした声とともに、イルカが座敷に入ってきた。きちんとたたんだ洗濯物を持って、目の前を横切る。
「あれれ。俺が帰ってたの、わかりませんでした?」
 たしかに気配を殺していた。しかし、イルカがそれに気づかなかったとは。やはり、いまはナルトのことが思考の大半を占めているのか。
「いいえ」
 さらりと言う。カカシは首をかしげた。
「だったら、いま気がついたみたいに言わなくても」
 それには答えず、イルカは奥の間へ進んだ。衣類や手拭いなどを箪笥の中に仕舞っていく。
 おかしいな。今夜はもっと機嫌がよくてもいいはずなのに。
「また、やっこさんになにか言われたんですか?」
 時限印の解術を指南に来ている森羅の忍、理寧。あの男とイルカは、どうも相性が悪いらしい。カカシが見るところ、理寧はもっとも効果的な方法でナルトの潜在的な力を引き出していると思うのだが、イルカとしては不本意なのだろう。なにしろ、ナルトはイルカの聖域であり、宝物にも等しいものだから。
「べつに」
 箪笥を閉めて、立ち上がる。そのまま出ていこうとしたところを、カカシの手がさえぎった。
「ほんとに、どうしたんです。なんか、へんですよ」
 再度、訊く。しばらくの沈黙ののち。
「あしたは……」
 横を向いたまま、イルカは言った。
「はい」
「あなたが食事の用意をしてください」
「は?」
「おれより、あなたの方が料理は上手いんですし」
「……ええと、そりゃ、作れと言うなら作りますけど、三代目からの呼び出しがあるかも……」
「朝餉だけでもお願いします」
 朝餉、ねえ。
 なんとなく、理由がわかった。卵焼きだ。
 今朝、イルカは心身ともに疲れているナルトを気遣って、甘い卵焼きを作った。たしかに疲労時に糖分は必要だ。が、カカシは個人的には、卵焼きは薄い塩味のものが好みだったので、自分のぶんをひと切れナルトにやったのだ。どうやら、それがまずかったらしい。
『いやなら食べないで結構です』
 あのときイルカはそう言ったが、本心ではなかったということか。カカシはとっさにイルカの腕を引いた。
「え……」
 驚いたような顔。そのまま力まかせに抱きしめた。
「もう、あんたって人は」
 なんだか、意外だな。この人がそういうことを気にするなんて。
「なっ……なんですか、急に」
「かわいいですねえ」
 頬に、耳元に、首筋に口付ける。イルカは身をよじって逃れようとした。
「やめてください! 戯れにもほどがある」
「本気ですよ」
「なら、なおさらです」
 きつい瞳が向けられた。はいはい。わかってますって。やっこさんが山に帰るまでは、お預けでしょ。カカシはため息をついた。
「要するに、俺があした、朝飯を作ればいいんですね?」
 至近距離で、言う。
「作りますよ。だから、機嫌を直してください」
「この手をはなしてくれたら」
 負けじとイルカも言い返す。カカシはにっこり笑って、両手を肩の位置まで上げた。
「これでいいですか」
 否と言うはずもないことはわかっている。それでも、確認はしたい。イルカが小さく頷くのを見て、カカシは手を下ろした。
「ちゃーんと、卵焼きも作りますからねー」
「……楽しみにしています」
 低い声でそう言って、イルカは座敷を出ていった。静かに襖が閉まる。
 本当に、いまの反応は面白かったな。カカシはふたたび、壁にもたれて胡坐した。
 しかしあれも、イルカの心に余裕が出来てきた証拠なのだろう。ナルトは時限印の場所を発見した。うまくすれば一両日中に解術を会得するかもしれない。
 たかが卵焼き。されど卵焼きである。そんな些細なことが気に懸かるようになったのだ。
 明日は早起きをして、飯を作ろう。薬草粥と焼魚と白和えと卵焼き。ナルトには砂糖入りで、イルカにはだし巻き風にして甘酢しょうがを添えてみるかな。
 イルカの複雑な顔を想像しつつ、カカシは頬をゆるめた。



(了)



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