■『燃える椿の下で』ACT33 対応作品■


暗雲
byつう

 なーんか、マズいんじゃないかねえ。
 火影の館の奥殿から郊外の屋敷に向かう道々、カカシは考えた。
 昨日、ナルトは時限印の解術を会得した。が、結局ゆうべは大蛇丸にそれを仕掛けることができず、見るも無様な状態で帰宅した。
 べつに、大蛇丸に痛めつけられたわけではない。なにもなかったのだ。そう。なにも。
 無気味だった。以前に何度か、それこそ極限まで責められてぼろぼろになったナルトを知っているだけに、いま、この状況で「なにもない」のはかえって恐ろしい。
 いったい、なにを考えているのだろう。あの男は。
『火影を呼んでちょうだい』
 きのう、大蛇丸はそう言った。火影はそれに応じて、うちは屋敷に出向いた。
『アンタは要らないわ』
 カカシを結界の外に下がらせて、あの男は火影となにを話したのか。
『やつは、なんと?』
 短く問うたカカシに、火影もまた端的に答えた。
『昔話じゃよ』
 それ以上を語ることはなく。カカシもまた、語を重ねることはできなかった。
 このままでは、おそらくナルトが時限印を滅することは難しいだろう。サスケを取り戻したい。だれにも邪魔はさせない。そう言ったあいつの心が、いま、揺れている。
 大蛇丸がこちらの動きを察していることは十分予想できた。なんらかの策を講じている可能性もある。
 万一の場合は。
 今度こそ、詰め腹覚悟でやるしかない。サスケの体ごと大蛇丸を滅する。そのときは、もしかしたらナルトも道連れになるかも……。
「遅かったですね」
 座敷の真ん中に、イルカがすわっていた。いつぞやのように、灯明の前にきっちりと正座している。
「三代目と、今後のことをちょっと……ね」
 意識的に嘘をついた。火影はいまのところ、なんの指示も出していなかったのだが。
「今後?」
 ぴくり。色を失った頬がわずかに動く。
 やっぱり、ね。
 この人はいままで、ありとあらゆる可能性を考えていたのだろう。火影が大蛇丸と密約を交わしたのではないか。あるいは、昨日の会見で完全に「うちは」を見限ったのではないか。
 いずれにしても、ナルトが「結果」を出さなければあとはない。
 空気が、ひりひりと痛かった。いやだねえ。こりゃとうとう、この人と命のやりとりをしなきゃいけないかも。
 そっと額宛てを外す。イルカは居住まいを正した。こちらを凝視したまま。
「あんたにも、わかってるはずだ。あいつがどんな状態か」
「ええ。わかっています」
 固い声。出会ったころのような。
「でも、あなたは言った。『信じましょう』と」
 鋭利な視線が、さらなる意志をもって向けられた。
「あれは偽りだったんですか」
「違いますよ」
「だったら、最後まで信じてください。もしそれができないのなら……」
 久しぶりだな。この感覚は。
 カカシは全身にイルカの「気」を感じた。褥にいるときでさえ感じたことのないほどの、熱く激しい思念。
 なーんか、悔しいね。結局、あんたは俺に「これ」をくれないんだから。
 もっとも、それはお互い様かもしれない。俺もあんたに全部を渡せない。そんなことをしたら、俺は俺でなくなってしまう。
 一時期、あんたは俺がいなくなることを恐れていたけれど、それは俺も同じだった。あんたの顔を見ると、もうどこにもいけなくなるんじゃないか。そんな不安にかられたこともある。
 ともに歩きたいと願った。それが叶わなければ、離れてもいいとさえ。あんたを潰してしまうような俺は要らないから。
 だから、あのときあんたを副官にした。俺はもう、あんたにとって不要なものだとわからせるために。
「どうします?」
 左手を掲げる。ここでやり合ったら、やっこさんにバレバレなんだけどねえ。ま、仕方ないか。
 森羅に弱みを見せるのはシャクだが、イルカを納得させるにはこっちも本気でかからなければならない。ごまかしがきくような相手ではないのだ。この人は。
「……させませんよ」
 空気を切る音。早い。よけきれなかった。かろうじて防御する。
 俺が知らないうちに、腕を上げたねえ。
 カカシは素早く印を組んだ。とにかく、外に出なければ。それはイルカも同じだったらしく、ふたりは庭に出た。
 夜空に雲が流れていく。月明りが閉ざされる。闇があたりを包む。
「念のために訊くけど」
「なんですか」
「ほんとーに、本気なんだね」
「愚問です」
「そ。んじゃ、こっちも……」
 チャクラを練ろうと構えたとき。うちは屋敷の結界が微妙に揺れたことに気づいた。
「え?」
 それはイルカにも伝わったらしい。途端に、いままでの張りつめた「気」が消えていく。
「どうして……」
「そんなこと、わかりませんよ」
 カカシは構えを解いた。
「なにか不測の事態が起こったんでしょうけど……。とにかく、ナルトが帰ってくるみたいですから」
「それでは、夜食でも……」
「んー。食欲があるとは思えませんけどね」
「ならば、お茶の用意をしてきます」
 イルカは踵を返した。先刻までとは別人である。カカシは苦笑しつつ、縁側へと向かった。
 さて。どうなるか。
 最後まで信じろとイルカは言った。いいだろう。だが、これが「最後」。
 信じよう。あいつの力を、もう一度。

 一陣の風が吹き抜ける。暗い空に、雲が四散していった。



(了)



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