*この作品は 『椿』シリーズ2 番外編 理寧×煉 『謀〜はかりごと〜』と、連動しています。






高坂の陣
  byつう









 木の葉の国にとって、高坂の城は対雲の国の要衝のひとつであった。
 かつて雲の国の公卿が治めていたその城は、八年ばかり前に木の葉の支配下に入った。それ以後、高坂は木の葉にとっても雲にとっても、さらには森の国にとっても重要な位置を占めている。
「それを捨ててまで、ですか」
 余韻を残した体を横たえたまま、イルカは小さく笑った。
「火影さまも思い切りましたね」
「それだけ、森の国がコワイってことでしょ」
 イルカの髪に指を絡めつつ、カカシは語を繋いだ。
「雲の国よりも……ね」
 それはそうかもしれない。なにしろ、森羅の一族は底が知れぬ。影を冠する五大国でさえ解明できない術を多く有しているうえに、周辺諸国の内部に食い込んで、各国の機密を手中にしているのだから。
 木の葉とて、例外ではない。火影は明言を避けているが、九尾の際の混乱にまぎれて森羅の忍が里に侵入し、奥殿から禁術を記した巻物の一部を持ち去ったらしい。
 むろん、森羅がそれを盾になんらかの働きかけをしてきたわけではないし、余所にその機密を売ったわけでもない。が、彼らがその禁術を握っているというだけで、木の葉にとっては容易ならざる事態である。
 さらに火影が森羅に一目も二目も置いているのは、時と場合に応じてじつに公平かつ潔い処断を下す点だ。先だっての、雲の国と雨の国に関する任務の折もそうだった。
「領土の大小だけで、国力は計れませんよ」
「それぐらい、おれにだってわかります」
 イルカはカカシの手を逃れた。起き上がって夜着をはおる。
「あれ。なんかまずいことでも言いました? 俺」
 カカシも同じように上体を起こし、イルカを背中から抱いた。
「べつに、なにも」
 ことさらそっけなく返す。夜具から出ようとしたところを、強い力で阻まれた。首筋をきつく吸われる。
「やめてください」
 小さく叫んで、身をよじった。跡が残ったら困る。忍服の襟で隠れればいいが、いまカカシが口付けたのは微妙な場所だった。
「だったら、そんなつれない真似をしないでください」
「つれない?」
「そうですとも。まだ、夜は長いんですよ」
 要するに、もう一度……ということか。
「あしたからは森の国での任務でしょう。そろそろ休んだ方が……」
 明日……といっても、もう日付は変わっているので厳密に言えば「今日」だが、カカシは龍央に、イルカは龍尾に、それぞれ火影の親書を届けに行くことになっている。そして、その後は森羅の者たちと高坂の城に関する作戦の打ち合わせをする予定だった。
「睡眠は、三時間あれば十分です」
 しれっとした口調で、カカシ。
「あなたはそうでも、おれは違います」
 里を代表する上忍と、一介の中忍とを同列に論じないでほしい。イルカは横目でカカシをにらんだ。
「そうは思いませんけどねえ」
 にんまりと、カカシは笑った。
「食わず眠らずで任務をこなしていたあんたを知ってますから」
 嫌なことを言う。あのころの自分は、ただ息をしているだけの人形にすぎなかったのに。
「また、あんなふうになれとでも?」
 これぐらいの厭みは言ってもいいだろう。体を預けて、いらえを待つ。しばらく、カカシは動かなかった。
「……悪い」
 そっと手をはなす。
「調子に乗り過ぎた」
 深く、ひっそりとした声音。閨でのみ聞くその声に、イルカははっとして振り向いた。
「カ……」
 皆まで言う前に、唇がふさがれる。ゆっくりとした舌の動き。それは言葉よりも雄弁に心を語った。
 唇をはなすことなく、ふたりはふたたび夜具に崩れた。





 先刻とは違った道筋を通って、カカシはイルカを追い上げる。決して慌てずに。ゆるやかに上昇する体温。内側から少しずつ育てられていく情炎。理性の入り込む余地は、すでにない。
 かまわない。かまわないから……。
 背に回した手に力を込める。それが合図であったかのように、カカシはイルカの中に身を進めた。
「ん……っ…!」
 背筋に刺激が走る。つま先まで痺れる。動きに合わせて、次々とべつの感覚が生まれる。
「もっと……」
 声を。
 耳元で要求された。軽く噛まれる。舐められる。
 抑えることなど、もうできなかった。自分でも信じられないような喘ぎが漏れる。
「イルカ」
 やさしい声。藍色と真紅のふた色の瞳が見下ろしている。
 イルカはカカシの頬に手をやった。引き寄せて、口付ける。
 求めすぎてはいけない。心のままに流されたら、溺れてしまう。それほどにこの男は強い引力を持っている。
 夜が明ければ、自分はこの男とともに国の行く末を左右するいくさばに立つ。森の国。あの、ひと癖もふた癖もある忍たちが治める国。
 ふみとどまらねば。いま、このときだけに。
 いまだけ、自分はこの男のもの。この男は自分のもの。それをしっかりと内に留めて。



 森の国と木の葉の国が高坂の城を巡る攻防に突入したのは、それからひと月あまりのちのこと。味方にも敵にもひとりの死者も出さず、「高坂の陣」は一昼夜で終結した。
 その陰に、両国の密約があったことを知る者は少ない。



(了)



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