*この作品は、 『椿』シリーズ2 番外編 『高坂の陣』と連動しています。*










〜はかりごと〜  byつう








  口付けは、互いに相手の心を喰らうものだ。もっと極端な言い方をすれば、その命までも。
 舌が絡まる。吸い上げる。味わいつくす。なにかを考える余裕などなくなるほどに、侵食してくる。
 愛ではない。そんな言葉では説明できない。いや、説明する必要などないのかもしれない。ただ、納得してしまったのだ。この男に抱かれることに。
 さまざまな出来事があって、その果てに見つけた。自分のすべてをさらけだし、吐き出すことのできる場所を。
「んっ……ん…あ……っ……」
 閉じられた幕の中に声が響く。自分のものとは思えぬような、艶めいた声が。
 汗が交わる。熱はさらに高まって、動きが激しくなった。知らず知らずのうちに、背に回した手に力が入る。
 男の唇が声を封じた。ふたつの繋がりは一層深くなって、煉はついにその瞬間を迎えた。





 このところ、理寧が煉のもとを訪れる回数が増えた。「訪れる」とは、言うまでもなく閨のことである。
 こういう仲になってから三年以上たつが、以前はこれほどではなかった。仕事の区切りがついたときに、どちらからともなく誘い、同衾する。平均すれば、ひと月に一度ぐらいの割合だっただろうか。
 それが、昨秋から続いていた雨の国と雲の国に対する工作活動が一段落したあたりから、頻繁になった。
『長かった』
 久しぶりに関係を結んだあと、理寧は言った。
『待つのには慣れていると思っていたのだがな』
 もう待たない。
 言外に、そう言っていたのかもしれない。
「煉。いいか?」
 声とともに、扉が叩かれた。幹だ。煉はあわてて、牀から出た。夜着の裾を直し、乱れた髪を整える。
「入れ」
 幕を開けて、命じる。
「朝っぱらから、悪いねえ」
 少しも悪いなどとは思っていない口調でそう言って、幹はどかどかと房に入ってきた。
「用件は」
 短く問う。
「副官さんが来たぜ」
「え?」
 一瞬、なんのことだかわからなかった。幹はにんまりと笑って、
「カカシ先生の副官さんだよ。今回はピンだがな」
「ああ、うみの殿のことか」
 やっと、合点する。まだ頭がうまく働いていないらしい。
「そうそう。その、うみの殿。三代目から文を預かってきたんだと」
「わかった。すぐに行く」
 煉は手早く着替えて、広間へ向かった。





 きっちりと結わえた黒髪に額宛て。木の葉の忍服を来た青年は、煉の姿を認めると作法通りに一礼した。こちらも礼を返す。イルカは懐から書状を取り出し、首座に献じた。
「火影さまより、じかにお渡しするよう言付かってまいりました」
「ご苦労さまです」
 煉はそれを受け取り、一読した。
「これは……また思い切ったことを」
 しばし、沈黙する。
 これを鵜呑みにしていいのだろうか。たしかに木の葉は、森羅と友好的な関係を結んではいるが。
 そこまで考えて、煉はふとあることに思い至った。
「うみの殿」
「はい」
「この計画を立案したのは、だれです」
 単刀直入に、訊く。黒髪の中忍は微笑んだ。
「それを申し上げるわけにはまいりませんが、反対派を釣るには、それなりの餌が必要だと思いませんか」
「しかし、その餌をそちらに用意していただくとは、いかにも不甲斐ない。これでは、たとえ雲の国の支配を脱したとて、木の葉に取り込まれてしまうのが落ちでしょう」
「火影さまは、そのようなことは……」
「考えておられないかもしれない。されど、森の国の中にはそう見る者もおります。森羅は木の葉になびいた。独立などできるはずもない、と」
 そう思われては、せっかくここまで築いてきた独立への気運が一挙に崩れる。木の葉の支援はありがたいが、過ぎたるは及ばざるがごとしとも言う。
「べつに、木の葉が餌を用意するわけではありませんよ」
 淡々と、イルカは言った。
「しかし、この計画では……」
「一旦、そちらが高坂の城を奪えばいいんです」
 イルカの言葉に、煉はふたたび沈黙した。
 高坂の城。
 それは、龍頭の砦のさらに北にある山城で、かつては雲の国が西方を監視するための拠点ともなっていた。
 その高坂の城は、八年前から木の葉の管理下にある。
 先代の城主は海の国や霧の国と通じて謀反を起こそうとした。その折、多くの兵を引き連れて城主が城を出た隙に、木の葉の大隊が突入したのだ。
 ちなみに、このときの城攻めのお膳立てをしたのは、目の前にいる黒髪の中忍だ。高坂は森羅にとって目の上のたんこぶのような存在だった。ゆえに、それが木の葉の支配下に置かれたのは、かえって好都合と言えた。
「そして、そのあとで雲に?」
 煉は確認した。
 森羅が木の葉から奪った城を、雲に横取りさせる。たしかに、大きな餌だ。
 高坂を取り戻したとなれば、雲はそこに兵力を集中させるだろう。各地から集められたつわものたちが、一斉に城に入る。森の国の独立派ににらみをきかせるために。
「四、五日が勝負でしょうね」
 イルカが意見を述べた。
「長引けば、都から援軍が来ますから」
 雲の兵が高坂の城に集結した直後に襲撃する。移動で疲労しているうえに、慣れぬ城での戦いは精神的にも負担が大きいだろう。
「……それにしても、うみの殿」
「はい?」
「なにゆえ、三代目はこの策に賛同なさったのです。木の葉のためになることならいざ知らず、利益に反するような……」
「そんなことは、ありません」
 イルカは断言した。
「火影さまはおっしゃいました。森の国の独立が成れば、木の葉としても利が大きい。目先のことはさておいて、なるべく早く事が進むよう尽力せよ、と」
 なるほど。城ひとつ失っても十分に実入りはあると踏んだのか。
「わかりました」
 煉は書状を燃やした。あらためて、イルカに向き直る。
「三代目に、よしなにお伝えください」
 その言葉を待っていたかのように、戸口に人影が現れた。
「よろしいか」
 理寧だった。しっかり話を聞いていただろうに、しらじらしい。煉は心の中で苦笑した。
「ああ。なにか」
「龍央より、使者だ」
 そう言った理寧のうしろから、ひょいと銀髪の男が顔を出した。
「速達ですよー」
 指にはさんだ書状をぴらぴらとさせながら、カカシが広間に入ってきた。
「で、こっちはもう話、終わったのかな?」
 銀髪の上忍は、自分の副官でもある黒髪の中忍に声をかけた。
「はい。ひと通りは」
 イルカが、直立不動で答える。カカシは満足そうに頷いた。
「それはめでたい。はい、これ、おまえのボスからのお手紙だよー。受領書はいらないからね」
「おそれいります」
 煉は今日、二通めの書状を受け取った。中には先刻イルカが説明した通りの内容と、この計画にカカシたちが参加する旨が書かれてあった。
「しかし、はたけ殿。いかに狂言とは申せ、これではあなたがたが里から追放されてしまうのでは……」
 森羅の忍とともに高坂の城を攻めたとあっては、反逆罪に問われても致し方あるまい。
「あー、それは大丈夫。いくらなんでも、おまえたちと一緒に城攻めなんかしないって」
「では……」
「逆よ、逆。高坂の城に入って、おまえたちと戦うのー」
「はあ?」
「だって、まっとうにやったら、死人が出ちゃうでしょ。適当なとこで切り上げるようにしないとね」
 木の葉にも森羅にも死者を出さないように戦う。それも、狂言とわからぬように。
 たしかに、かなりの技術が必要だろう。だからこそ、火影はカカシたちにその任務を与えたのか。
「ま、細かい話はあとにして、朝飯おごってくれないかなー。龍央から遠駆けの術で飛んできたもんだから、ハラ減っちゃって」
 大袈裟に腹を押さえて、カカシが言う。煉は理寧に、朝餉の用意を命じた。





 それから一週間、カカシたちは龍尾の砦にいた。
 その間に高坂の城に関する計画を詰め、大方の時期や人員などについても話し合った。最終的な調整は直前に行なうことにして、七日目の朝、二人は木の葉の里へ帰っていった。
 高坂への進攻は、来月末。それをいかにも共倒れしたかのように見せて雲に渡し、そののち奪取する。反対派を支援する勢力は、これでかなりのダメージを受けるはずだ。
 今年中に反対派の中核を崩すことができれば、雲の本国との直接交渉もそう遠くないだろう。もっとも、木の葉の支援がこのまま続くとして、の話だが。
 三代目火影は高齢である。むろん、忍としても里の長としても、まだまだ現役だろうが、後継者が定まっていないのは、森羅にとって不安材料のひとつだ。蒼糸がここ数年、独立運動に力を入れ始めたのはそのせいかもしれない。
 煉は高殿から、砦の外を見遣った。
 緑なす山々。森羅の一族が長きに渡って暮らしてきたこの地を、いつまでも余所者の勝手にさせておくわけにはいかない。
「やはり、ここだったか」
 下方から、呟くような声がした。梯子のような階段をゆっくりと上ってくる足音。
「理寧」
「側付きの者が探していた」
「そうか。すまない」
 素直に答え、階下へ下りようとした。と、それを、理寧の腕がさえぎる。
「なにを考えていた」
「え?」
 煉は眉をひそめた。
 色の違うふたつの瞳が近づいてきた。のどを掴まれ、壁際まで押される。唇が重なった。きつく息を吸われる。
「んっ……う……ん……」
 苦しい。かぶりを振って逃れようとしたが、理寧はそれを許さなかった。着衣の下に手が滑り込む。煉は帯に装着していたクナイを取ろうとした。その瞬間。
「……つっ!」
 口の中に鉄の味が広がった。理寧は煉の首を持ったまま、横に薙ぎ倒した。間髪入れずに馬乗りになる。
「拒むなら、わしの舌を噛み切ればよい。クナイなど使わずともな」
 長い指が、煉の唇から赤いものをすくい取る。それをぺろりと舐めて、理寧は下衣に手をのばした。
「きさま……私を呼びに来たのではないのか」
「側付きの者が探していたと言っただけだ」
「だから……」
「探してくれと頼まれたわけではない」
 下肢のあいだに指が進んだ。手加減はない。自然とひざが上がる。
「……拒まぬのか」
 低い声。体が、震えた。





 初夏の風が高殿を吹き抜ける。
 空は透明な青だった。その中を、雲が泳ぐように通りすぎていく。
 繋がりを解いたあと、理寧は煉の体を丹念に拭いた。羞恥を感じるだけの余裕は、もう煉にはなかった。
 下衣が整えられ、帯が結び直された。ゆるゆると身を起こす。
「おまえこそ……」
 ぼそりと、煉は言った。
「なにを考えている」
 こんな無体な真似をして。
 私がおまえを拒まぬことなど、とうにわかっているだろうに。それに……。
「こたびのこと、おまえが根回ししたのだろう」
 高坂の件。木の葉からの申し出という形ではあったが、それ以前に、蒼糸と火影のあいだで話はついていたに違いない。
「はたけ殿まで引っ張り出して。三代目が寛大な人物だったからよかったが、こう何度もわれらの都合で木の葉の切り札を使っては……」
「そのために、うみの殿を付けてある」
「なに?」
「あの者は、三代目にとってもはたけ殿にとっても至高の存在であろう。まあ、われわれにとっては約束手形のようなものだ」
 黒い左眼と、白濁した右眼がうっすらと細められる。
「……食えぬやつだな」
「御意」
 理寧は深々と一礼し、立ち上がった。来たときと同じように、ゆっくりと階段を下りていく。
「まったく……」
 この砦の長は、私だぞ。
 心の中で断じる。が、それを口にすることは、ついにできなかった。



 そののち。
 高坂の城を巡る攻防が繰り広げられた。
 木の葉と森羅の決別を意味するかと思われたその戦いが、両者のさらなる結びつきを生むものだということは、ごく少数の者たちが知るのみであった。



(了)



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