『狂える椿』


byつう

二の章

 花の国の豪商は、そろそろ五十路にさしかかろうという恰幅のよい男で、かなりの趣味人であるらしかった。
「七星窯の天目茶碗で、『羅刹』という銘のものがありましてな」
 休憩した茶店で、商人は言った。
「そりゃまた、えらく物騒な名前ですねえ。……団子、おかわりしてもいいですか?」
「どうぞ」
「あーっ、カカシ先生、自分だけずるいってばよっ。オレもおかわりっ」
「だーめだよ。おまえらは一本で十分」
 言いながら、ナルトの頭をぐりぐりと拳骨で押さえる。
「これはまた、美しい師弟愛ですなあ」
 楽しげに笑い、商人は店主に団子を五本と甘酒をふたつ注文した。
「甘やかしちゃ駄目ですよ、天升さん」
 カカシはため息まじりに言った。天升はにんまりと笑って、
「この子たちに食わす金もないほど、落ちぶれちゃおりませんよ。子供は宝ですからねえ。ほーら、来た来た。たんと食えよ」
「おっさん、気前いいなー」
「ナルト! ……すみません。いただきます」
 ナルトをひじで小突きながら、サクラが天升に一礼した。サスケは真面目な顔で団子の串を受け取り、ぺこりと頭を下げた。
「いい子だねえ、おまえさんたち。立派な忍者になっとくれよ」
「あったりまえだってばよっ」
 団子を頬張ったまま、ナルトが答えた。カカシは苦笑しながら、
「で、その天目茶碗がどうかしたんですか」
「よろしかったら、もらっていただけませんかな」
「はあ?」
 カカシは団子をのどに詰めそうになった。
 七星焼といえば木の葉の国で一、二を争う有名な焼きもので、とくにその名を冠した七星窯の作品は、里人なら小皿ひとつで何か月か食べていけるほどの値打ちがある。
 その七星窯の、しかも銘まで付いた一品。それを、なんの見返りもなく譲るなどありえない。
「うーんと、ねえ。七星窯っていうのは魅力的なんですが……付録によりけりですね」
 ちらりと目配せをする。天升はゆっくりと甘酒を飲んだ。
「……脈ありと思ってよろしいので?」
 狸だねえ。ま、商売人(あきんど)なんてもんは、多かれ少なかれそうだけど。
「だーかーらー。付録次第ですって」
「夜叉にお引き合わせいたしますよ」
「へっ?」
「『羅刹』は、七星窯の名工、三世彩山が勘当覚悟で作ったものでしてねえ。『夜叉』という銘の茶碗と対になってるんです」
 七星窯は、初代彩山が興した窯である。その名を継いだ三世はいわゆる異端児で、それまでの七星窯にはなかった色や手法を用いて数々の作品を生み出していった。
 当然、伝統を重んじる職人たちの反発に遭い、三世彩山は七星窯から追放された。彼が「彩山」の名で最後に作ったのが、「羅刹」と「夜叉」である。
 七星窯を出てから、三世彩山は「才山」と名を改めて鬼火山の麓に自分の窯を開いた。その後、才山の銘のついた作品は広く知られるようになり、長く「三世彩山」を無視していた七星窯も、数年前に「三世の作も七星なり」と公に認めたという。
 そのいわく付きの茶碗を、天升はカカシに譲ると言う。そして、もうひとつの「夜叉」と引き合わせる、と。
 要するに、内々にだれかを紹介したいわけか。
 もしかしたら。
 カカシは考えた。もしかしたら、今回の依頼もこのためだったのかもしれない。
 なにしろ、急すぎた。護衛任務自体はめずらしくない。が、出立の当日になって、しかも名指しでというのは尋常ではない。急いでいるときは、だれでも手の空いている者を、というのがふつうだから。
 これは、こいつらを連れていくわけにはいかないな。
 団子を飲み込んで、カカシは立ち上がった。
「さあーて。おまえたち、それ食べたら解散ねー」
「えーっ、なんでだよ」
 ナルトが顔を上げてがなった。
「国境までっていう約束だったのに」
「ナルト、よしなさいよ」
 サクラは心配そうな顔をしている。
「話がついたな」
 ぼそり、とサスケ。
「え、話?」
「俺たちはジャマだってことだ」
 黒い瞳が見上げる。
 さすがだねえ。カカシはにんまりと笑った。詳しい事情はわからなくても、空気を察するのは早い。
「まあ、とにかく、任務は完了だよ。俺は天升さんのおごりで遊んでから帰るから」
「あーっ、カカシ先生、やっぱりずるいってば」
「ふふーんだ。悔しかったら、早いとこ上忍になるんだね」
 からかうように言って、カカシはナルトの金髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「あ、その前にまず、中忍にならなくちゃ。先は長いねー」
「なるよっ。次の中忍試験、受けてやるってば」
 売り言葉に買い言葉だな。カカシは苦笑した。でも。
 ……それもありか。任務の数は足りているし、現場で得るべきものは確実に吸収している。挑戦させても面白いかも。
「帰る」
 短く言って、サスケが立ち上がった。天升に会釈して、踵を返す。
「あ、待てってば」
 ナルトがあわてて、追いかける。サクラはきっちり礼をして、
「じゃあ、カカシ先生。私たち、先に里に戻ります」
「はいはい。報告書は、俺が帰ってから提出するって言っといて」
「わかりました」
 桃色の髪を揺らしながら、仲間のあとを追う。カカシは藍色の隻眼で、その背中を見送った。
「やはり、いい子たちですな」
「当然です。俺の部下ですから」
「なるほど」
 くつくつと、天升は笑った。
「では」
 甘酒を飲み干して、立ち上がる。
「参りましょうか」





 そこは、天升の別宅であるらしかった。
 竹林の中。まるで古寺のような作りの建物がいくつかあって、その中でもこじんまりとした荘にカカシは案内された。
 障子を開けると、炭の香り。奥の間に炉が切ってあるらしい。鉄瓶で湯を沸かす、ちんちんという小さな音が聞こえた。
「……茶室ですか」
 カカシが問うた。
「そんなものです」
 天升が頷いた。
「まあ、一服いかがです」
 床の間には菊。すでに点前の用意はできているようだった。
「頂戴します」
 カカシは作法通りに座に着いた。
 ややあって。
 音もなく、襖が開いた。茶人の装いをした若い男が深々と頭を垂れる。カカシも居住まいを正して礼を返した。
 男が面を上げる。それを見て、カカシは息を飲んだ。
 青墨色の髪、翡翠の瞳。彫りの深い顔立ち。
 そこにいたのは、ひと月ばかり前に対峙した森羅の忍だった。




三の章へ続く

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