『狂える椿』
byつう
十六の章
森の国はその大半が山岳地帯である。南北に長くのびる山脈は龍尾連山と呼ばれ、森羅の一族はその山脈のあちこちに砦を築いていた。
代表的な砦は三つ。北から順に、龍頭、龍央、龍尾である。
その最も南に位置する龍尾の砦に、カカシはいた。
山脈の総称にもなっているこの砦は、それこそ周辺諸国ににらみをきかせるには絶好の場所で、東西南北の街道の交わる、まさに要衝であった。
「はーい、ほんとにそれでいいの? もう一枚、取った方がいいと思うんだけどなー」
カカシは森羅の忍たちと賭け札をしながら、酒を飲んでいた。
「やかましい。思わせぶりなこと言いやがって、さっきだって持ち札、たったの三点だったじゃねえか。これでいいんだよ、これで!」
煉の部下で、力技を得意とする幹(かん)という大男が、半ばヤケになって点棒を投げた。
「あーら、そう? んじゃ、そっちはどうする?」
賭け札の座蒲団を囲んでいたもうひとりは、石のように固まったまま動かない。きっかり三十秒考えてから、「もう一枚」と、ぼそりと言った。
「おい、理寧(りねい)、博打は勢いが大事なんだ。んな、悠長なことやってんじゃねえっ」
幹が怒鳴る。理寧はちろりと横を見て、
「山鳩は海鳥にはなれぬ」
「はあ?」
「木の実や虫をついばむものには、海中の魚は獲れぬ。おぬしの流儀はわしには通じぬ」
「七面倒臭せえこと抜かすな」
「はたけ殿、勝負」
幹ががなっているのを意に介そうともせず、理寧は札を開けた。
「うわ。八、八、三ですか。よくこの手で、次を引きましたねえ」
「博打だからな」
「なるほど」
「やったなあ、理寧!」
さっきまでケンカごしだったのが嘘のように、幹は理寧の肩を叩いた。
「ほれ、カカシ先生よ。五百点だぜ。早く出しな」
「待ってくださいよー。まだ俺の手を見てないくせに」
「負けに決まってんだろ。こいつの手は十九。カブじゃねえか」
「残念でしたー。ほら」
にんまりと笑って、カカシは自分の札を開けた。
九と一。合わせて十。
本来なら、十や二十といった数は最低点なのだが、いわゆる「親」が九と一を取ると、これが逆に最高点となる。
「親のクッピン(九一)、子のシッピン(四一)ってねー。だーから、これは俺の勝ち。……あんた、もしかしてシッピン? だったらおあいこだけど」
幹の手札を覗き込む。
「悪かったなあ、シッピンじゃなくて!」
幹は札を放った。九と六。
「なーんだ。たったこれだけ。どうしてもう一枚、引かなかったのかねえ」
座蒲団の上の点棒をかきあつめて、カカシは自分の横に置いた。
「んー、まあ、こんなもんかな。すっからかんになるまでやるなら、付き合うけど?」
「下りる」
理寧が懐中ものを取り出して、言った。自分が負けた分を座蒲団の上に置き、立ち上がる。
「飯の支度をしてくる。幹、風呂の用意は?」
「今日の当番は俺じゃねえよ。薪割りはしたけどな」
「承知した」
理寧が房を出ていく。カカシは鼻唄まじりに、賭け札を片づけた。
こんな状況が、もう何日も続いていた。イルカはいま、煉とともに雲の国との国境地帯を探りに出かけている。
ほぼひと月前、カカシとイルカは森の国に入ったが、雨の国を経由する物資の運搬ルートは拍子抜けするほどなんの障害もなく、いざというときに備えていたカカシたちは、肩透かしを食らった格好となった。
「雲側が気づかぬはずはありませんよね」
軍議の席で、煉が眉を寄せて言った。
「見て見ぬふりをする理由がよくわからないんですが」
「雲ん中でも、もめてるのかもねえ」
カカシが口をはさんだ。
「森が二派に分かれてるようにさ。雲も水面下でイロイロあるんじゃないの」
「そうですね。邪魔が入らないからといって、諸手を挙げて喜ぶわけにもいきませんし」
煉は自ら、雲の国に潜入することを決めた。同行を求めた煉に対して、カカシはイルカに随身を命じた。
「雲との国境地帯のことは、よく知ってますよね。煉と一緒に行ってきてください。今度は、捕まるようなドジは踏まないように」
暗に、六年前のことを示唆する。イルカは顔色を変えた。
それはそうだろう。あのあと、イルカは死んだ方がましなくらいの苦しみを経験したのだから。それでも。
もう一度、行ってもらう。六年前のあんたをしっかり見つめてきてほしい。そうすれば、あんたの中でその記憶は消化されるはずだ。
「俺はアスマとは違うからね。あんたを助けにいけないかもしれない。覚悟はしといてくださいよ」
われながら、ひどいことを言っている。捕まったら、今度は間違いなく死んでこいと命じているようなものだ。
「はたけ殿。ちょっと、よろしいですか」
軍議のあと、煉が近づいてきた。カカシはイルカを先に房へ返し、煉の私室へ足を運んだ。
「彼は、何者です」
戸を閉めるなり、煉は訊いた。前置きもなく、言葉を飾ることもせず。
「何者と言われてもねー」
「あなたの副官だという話でしたが……違いますね」
「へ? 違うって、なにが」
「副官とは、上官が働きやすくなるように心を砕くものです。でも、彼はそうじゃない」
翡翠色の瞳が、カカシの隻眼を見据えた。
「まったく、逆です。彼が動きやすいように、あなたが道を整えている。まあ、だいぶ乱暴な方法ではありますが」
追いつめて、退路をふさいで、その道しか選べぬようにする。そして自分はただ、道の脇で見守っているのだ。
「たしかに、私たちとはじめて仕事をするのですから、慣れない部分はあるにしても、どうしてそこまで……」
「はじめてじゃないよ」
「え?」
「イルカはねえ、あんたらの仲間と仕事をしたことがある」
カカシは数年前の城攻めの話をした。
「だったら、なおさら……」
「でもね、それは本当のあの人じゃない」
人形だったころの。ただ、息をしているだけだったイルカ。死ねなくて、仕方がなく生きていたころの。
「あの人って……」
煉は目を丸くした。
「まさか、彼が?」
あなたの、想い人なんですか。
言外の問いかけに、カカシは頷いた。
「そう、ですか」
「あ、だからって、誤解されちゃ困るんだけど、べつに、夜伽のためにあの人を連れてきたわけじゃないですよ」
「……そんなことは、わかってますよ」
苦笑しつつ、煉は言った。
「荒療治、といったところですか」
「んー。まあね。あの人、ずーっと里にいたから」
それを聞いて、煉は腕を組んだ。数秒のあいだ、じっと考え込む。
「なら、少し荒事をしてもらってもいいですよね」
「いいですよー。昔はかなり、危ない橋を渡ってたんだから」
ことさら、軽く言う。それをどう受け取ったのか、煉は真摯な表情で「承知」と告げた。
十七の章へ続く