『狂える椿』
byつう
十四の章
三十分。
それだけ持ちこたえればいい。俺の攻撃に。
もちろん、手加減はナシ。本気だよ、イルカ。俺はあんたを、本気で試す。
なんたって、あんたは俺にクナイを取らせそうになったほどの男なんだから。無意識のうちに。本当に久しぶりに。
幼いころに植え込まれた基本プログラムのひとつ。殺気を向けてくる相手はだれであろうと殺すこと。それを思い出させた男なんだから。
あれはまだ、体の関係を結ぶ前。カカシは不注意からナルトに怪我をさせてしまった。あのとき。
『もし、ナルトが指一本でもなくしていたら、ビンタじゃ済まなかったと思いますよ』
イルカは言った。
『てことは、今度はグーですか?』
カカシは訊いた。
『さあ。どうでしょう』
冷ややかな声。
『ご想像におまかせします』
うっすらとした微笑み。
背中がぞくりとした。凍りつくような、鋭利な殺意。あんなにも強烈な気を内包しているのだ。力のほどは、推して知るべしであろう。
もっともこのところ、少し弱っていたからね。そのぶんは差し引くとしても。
見せてもらう。全部、出してもらう。あんたの中身を、すべて。
少しずつ角度を変えて、連続して攻撃を加える。体術は並みの上。二日、床に臥していたわりには動きはいい。では、術は?
チャクラ絶対量が足りない。どうフォローしてくるか。ふうん。うまく分散させたな。これなら攻撃の矛先をかわすのには十分だ。相手を倒すことはできないまでも。
イルカは間者だった。敵地に潜入し、情報を集め、それを木の葉に持ち帰る。そのためには、まずは生き残ること。生きて里に戻るのが第一義だったから、この戦い方は悪くない。
だいぶ苦しそうだ。まあ、体力もかなり落ちてるだろうから、あたりまえか。
防御の結界がゆるんできた。惜しいな。あと少しだったのに。
さて、どうする。もう終わりにするか、それとも……。
そのとき、イルカがいままでとはまったく違った印を組み始めた。カカシは目を見張った。
ばかな。いまから攻撃結界を張るつもりか。防御の力すらもうないのに。
自殺行為だ。どうせ、ろくな攻撃はできない。そのうえ防御がさらに薄くなる。敵にとってはまさに、飛んで火に入る夏の虫。
ここまで、だな。
右手に気を集める。イルカはじっとこちらをにらみつけている。大丈夫。殺しはしない。あんたは、俺の副官なんだから。
『火炎、踏破!』
縦横無尽に炎が走る。と、その直後。
空気が逆流した。炎がカカシの上に降り注ぐ。とっさに防御を強め、やりすごした。地面が黒くえぐれる。炭化した臭いが一面に漂った。その中で。
イルカは立っていた。
そう。立っていたのだ。あちこち傷だらけで、忍服はぼろぼろになっていたが、火傷ひとつ負わずに。
結界術の心得はあると思っていた。そこそこ技を使えることも知っていた。しかし、まさか。
「反結界とはねえ」
三十分ジャスト。カカシは口元をゆるめた。構えを解き、ゆっくりと近づく。
「合格」
短く告げた。イルカの目がわずかに細められる。
「手当てをしよう。中へ……」
肩に手をかけたとき、がくりとひざが折れた。黒髪がカカシの頬にかかる。
イルカは、気を失っていた。
常の状態なら、どうだっただろう。
昏々と眠り続けるイルカの蒼白な顔を見下ろして、カカシは考えていた。もし、はじめて会ったころのイルカだったら。
冷たい殺意を向けてきた、命など惜しんでもいなかった、あのころだったら。
ぞっとした。時限印を見つけていなかったら、どうなっていたことか。イルカ自身の力と、雲の国の術者の力。それらが合わさっていたら。
里の被害は甚大だっただろう。煉が言っていたように、仲間の多くが犠牲になったに違いない。それこそ、うちは一族の虐殺に匹敵するほどに。
心底、よかったと思う。あなたを失わずにすんで。
黒髪を撫でる。まっすぐな、やわらかな髪。こうやって、あなたの顔を見つめたことが何度かあった。真意を告げることもできず、ただ、あなたを虐げていたころ。
生きていてほしかった。ただ、それだけを望んだ。そして、いまは。
生きていってほしい。自分の足で、自分の信じる道を。俺の影を踏むのではなく。
頬が冷たい。気を使い果たしたな。さもあろう。防御するのがやっとの状態で、こちらの攻撃の間を読んで反結界を張ったのだから。
少しでもずれていたら、丸腰で火遁の直撃を受けるところだった。まったく、無茶をする。
カカシはイルカに添い臥した。冷えた体をあたためる。少しずつ、気を送る。イルカの負担にならぬように。
傷が完治したら、早速、森の国に入ろう。雨の国のルートが確保されれば、あとは雲の国への牽制と、独立反対派の排除が主な任務となる。
森の国の山岳地帯は、余所者にとっては迷路のようなものだ。油断していると、生きて山を下りることはできない。それゆえ、森の国方面の任務は単独で出ることが多かったが、この人なら大丈夫だろう。
中忍としてのはじめての任務で、イルカは森羅の一族から山岳地帯の情報を引き出し、砦の位置や抜道までを木の葉の本隊に知らせたという。
ほぼ一カ月のあいだ、イルカは森羅の支配する砦にいた。定期的に里に届く情報は、どれも正確なものだったらしい。
森羅との連携。それが今回の仕事でも、重要になってくる。ことによっては、煉の率いる部隊にイルカを同行させる必要も出てくるかもしれない。
「……」
イルカがわずかに身じろぎした。思考を中断して、様子を窺う。頬に色が戻ってきたようだ。
朝餉には、例の粥でも作るか。玄が作ってくれたものには、とうてい及ぶまいが、体力を回復させるにはあれが一番だ。
嫌な顔をするだろうな。けど、食べてもらうよ。食事も任務の一環だからね。
体調を整えて、チャクラを貯えて、今度の仕事に備えてもらおう。あんたは俺の部下。使えないやつは、要らない。
そうだとも。忍として、立てないのなら……。
わかっている。自分がどんなに無慈悲なことをしているのか。やっと取り戻したあんたの心を、もう一度、壊しているのだから。
でも、このままでは、いずれあんたは潰れてしまう。俺という添え木がなくなったら、一日と持たずに倒れてしまうだろう。そんなのは、嫌だ。
カカシはイルカを抱きしめた。全身で、記憶する。
忘れないようにしよう。髪も頬も、まつげも鼻梁も唇も、しなやかな四肢も。
「イルカ……」
耳元で、囁く。心をこめて、何度も。
愛している。でも、それだけでは駄目なのだ。自分たちがともに生きていくためには。
しんしんと夜は更ける。新しい朝は、まだ山の彼方であった。
十五の章へ続く