『寒椿』


byつう

十三の章

 耿々とした明かりの下。イルカはカカシに体を供していた。
 あの日から、三日と空けずにカカシはイルカを求めた。夜勤明けだろうが休日だろうが、おかまいなしである。先日などは真っ昼間にやってきて、「結界を張れば問題ないでしょ」と、夜具を敷く暇も与えずにのしかかってきた。
「こういうのも、ムリヤリっぽくていいですね」
 イルカの顔を畳に押しつけて、カカシは言った。
 障子から差し込む日の光。言うまでもなく、室内は眩しいほどに明るい。その中で、イルカはカカシを受け入れた。
『やりたいようにして楽しみますから』
 カカシの言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
 楽しいのだろうか。本当に。
 自分は、これを職業としている者ではない。経験はあるにしても、この男を喜ばすようなことはなにもしていないはずだが。
 たしかに、この男の要求にはすべて応えている。どんなに疲れていても、拒んだことはない。
 なぜだろう。ぼんやりと考える。理不尽なまでの行為に抵抗しないのは、この男が上忍だからだろうか。
 自分は中忍で、相手は上忍。命じられれば、否やもない。それは自明のことで、最初からその心づもりではいたけれど。
 脚が大きく拡げられる。付け根を何度も刺激され、思わず声が出た。自分のものではないような、悩ましい声。
「やっと、ですか」
 カカシが顔を上げて、くすりと笑った。
「今日はずいぶん、がんばりましたねえ」
 奥へ、指が進む。ぞわりと背が震え、イルカはまた吐息まじりの声を漏らした。
「体はとっくに出来上がっているのに、なかなか声を出してくれないんですから」
 中でうごめくものに、自然と腰が揺れる。
「ここは、素直なんですね」
 言葉による責め。それにも、もう馴れた。なにを言われようが、羞恥も怒りも起こらない。
 こういう関係になってから、カカシはふだん、イルカにまとわりつかなくなった。事務局に入り浸ることもなくなったし、不用意な言動で周囲のひんしゅくを買うこともない。
 楽になった、と思う。
 時折こうやって身を任せていれば、心を乱されることもない。仕事の邪魔もされない。むしろ抱かれているあいだは、心の澱が流されて真っ白になっていくような気さえした。
 指が抜かれて、最終的な行為に移る。のぼりつめて制御の利かなくなった体は、いとも簡単にカカシを受け入れた。理性もなく感情もなく、ただ条件反射のように。
 カカシの動きがイルカの意識を奪っていく。何度目かの波を受けて、とうとうイルカは夜具に沈んだ。





 荒淫、という言葉が頭に浮かぶ。
 毎夜のことではないが、それでもカカシとの交わりは少なからずイルカに影響を与えていた。目の下の隈は定着してしまったし、動作もどことなく緩慢になっている。事務局の職員たちは、局長代行という重責のためだと考えているようだったが。
「ちょっと、いいかい」
 ある日の午後。アカデミーの廊下で、アスマが声をかけてきた。
「はい。なにか」
 報告書のファイルを脇に抱え直して、イルカは立ち止まった。アスマはちらりとあたりを一瞥してから、
「おまえさん、やつとはどうなった」
「は?」
「カカシのことだよ」
 煙草を口の端でかじるようにして、アスマは言った。
「あれから……なんかあっただろ」
 気づかれたか。イルカはアスマを見遣った。
 否定する気はない。むろん吹聴するようなことでもないが。
「なぜだ」
 低音の問い。
「命令されたのか」
「……強いて言えば、そうですね」
「それでいいのか、おまえさんは」
「いいも悪いもありません。上忍命令は絶対です」
 かつての上官に、イルカはきっぱりと言った。
「それなら、俺がなんとかしてやる」
「アスマ隊長……」
「もう隊長じゃねえよ」
 アスマは煙草を下に投げ捨て、足で踏み消した。
「あーらら、ポイ捨ては駄目でしょうが」
 階段の上から声がした。振り向かなくても、だれだかわかる。
 銀髪の上忍が、ゆっくりとした足取りで下りてきた。イルカの肩を抱くようにして、髭面の同僚を見上げる。
「なーにをこそこそ、話してたのかなー」
 軽い口調に、棘が混じる。
「こそこそなんか、しちゃいねえよ」
 アスマはぎろりと、カカシをにらんだ。
「おまえじゃあるまいし」
「言ってくれるねえ。んじゃ、大っぴらにしていいわけ?」
 カカシはイルカの顎を掴んだ。
「この人は俺のもんだ、ってさ」
「きさま……」
 わずかに、アスマの手が動いた。
「やめときな。いまやり合ったら、この人、巻き添えにしちまうよ」
「私闘は重罪ですよ」
 落ち着いた声で、イルカが言った。
「軽くて追放。最悪の場合は極刑です」
「はいはい。わかってまーす」
 カカシは手をはなした。
「あとで、行きますね」
 耳元で囁く。
「はい」
 短く答えると、カカシはそれだけで納得したらしく、すたすたとその場をあとにした。
「俺にはわからん」
 苦虫を噛み潰したような顔をして、アスマは言った。
「おまえさん、これ以上自分を壊してどうするよ」
「さあ……どうしましょうか」
 他人事のように、うそぶく。
 べつに、壊しているとは思わなかった。カカシと関係を結んでからの自分は、かえって精神的には落ち着いてきている。食事も、少しぐらいなら常食を口にできるようになったし、あれから痙攣性の痛みは起きていない。
 アスマは釈然としないようだったが、自分でもこの心境の変化は説明できない。あの男にいいように弄ばれているというのに、どうしてこうもさっぱりした気分でいられるのだろう。
 その日の夜も、カカシは厳重に結界を張って、イルカを抱いた。
「あんたの最初の相手って、もしかして、アスマ?」
 体中に快楽の種を撒き散らしたあとに、カカシは訊いた。
「……違います」
「へえ、そう? それでもあんなに、熱くなれるんだねえ」
 言いながら、ぐい、と脚を押し上げる。中をさらに圧迫されて、イルカは小さく呻いた。
 カカシの動きが激しくなる。繰り返される衝撃に、四肢の感覚がなくなっていく。目の前が一瞬、銀色になった。その直後。
 視界は暗転した。





 だれかの手が、頭を撫でていた。ゆっくりと、やさしく。
 懐かしい感触に、イルカは顔を上げようとした。が、全身が鉛のように重くて、目を開けることもできない。
『イルカ……』
 名を呼ぶ声。よく知っているはずなのに、わからない。
『イルカ……イルカ…』
 何度も何度も、声は自分を求めている。
 はい。ここにいます。おれは、ここに……。
 眠りの中で、イルカは必死になってその声に答えていた。





十四の章へ続く

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