『燃える椿の下で』
by真也

 
ACT34 〜答え〜




「ナルト、おかえり」
 夜半。戸を叩いたおれに、イルカ先生はそう言った。
「腹、減ってるか?たいしたもん作れないけどな」
 ちょっと困ったような声。まともに顔が見れなくて首を振った。俯いたまま中へと進む。
 ぎしり。
 床が軋む音。はっとして顔を上げた。漆黒の目が見ている。理寧のおっさん。
「・・・・・」
 声を出す前におっさんは踵を返した。ぱたん。襖が閉じられる。ひどく申し訳ない気がして唇を噛んだ。
「いくぞ」
 肩が抱かれた。おずおずと顔を向ける。イルカ先生だった。
「何か飲もう。茶くらいは飲めるだろ?」
 問われて頷く。そのまま座敷へと向かった。一足ごとに胸が疼く。イルカ先生は訊かない。おれは今夜、何もできなかったのに。仕掛けることさえできずに、奴に追い返されて来たのに。
「気にするな」
 ぼそりと声。横を向いたまま、先生が言葉を継いだ。
「機会はまだある」と。




「教えてくれたら迎えに行ったのに〜」
 座敷で茶を飲みながら、カカシ先生は言った。
「お前、遠話教えてやったでしょ?使わなきゃ忘れるよ?」
「ごめん。おれ、歩きたかったから・・・・」
「ま、お前も忍だしね。いいけど」
 のんびりと言って茶をすする。カカシ先生も同じだ。彼もいつも通りにしてくれている。急に泣きそうになった。
「こら」
 ぴしんと額が弾かれる。藍色の目がまっすぐ見据えていた。反射的に肩に力が入る。
「そんな情けないカオしちゃ、だめでしょーが」
「カカシ先生」
「へたれるのは後でいいの。今やらなきゃイケナイことがあるでしょ?」
 首を傾げて訊かれる。声さえ出せずに頷いた。視界が歪む。
「そこまでにしてください」
 ことりと湯のみが置かれた。ほうじ茶が湯気を立てている。イルカ先生が入れて来てくれたのだ。
「それは、こいつが一番よく分かっています。その上で言うのはどうかと」
「イルカ先生、そりゃひどいですよ。俺はこいつを励まそうと・・・・」
「叱咤激励ですか。それは失礼しました」
 ちょっと険悪な空気。慌てて茶を飲み干す。湯のみをばんと置いて言った。
「あー!旨かったってばよ!イルカ先生、ありがと。カカシ先生も。もう寝るからっ」
 殊更元気よく言った。にっかりと笑う。立ち上がって部屋へと向かった。
 先生達が背中を見ている。どんな顔をしてるかわかってしまったから、わざと後ろは見なかった。一気に歩いて部屋までたどり着き、即行で布団に潜り込んだ。
 寝るんだ。
 無理やり目を瞑る。そうだ。今起きていたってしょうがない。奴はおれに約束したのだ。サスケに害は与えないと。だから、今は信じるしかない。信じて奴の言うとおり、頭を冷やすしかないのだ。
『大切なものを見逃すな』
 大蛇丸はそう言った。
 大切なもの。それをおれは、見逃そうとしているのだろうか。
 考えれば考えるほどわからなくなる。諦めて大きく息をついた。しばらくして。
 思考の限界だったのか、まもなく眠りが訪れた。




「起きろ」
 早朝。地を這う低音に叩き起こされた。反射的に身構える。理寧のおっさんだった。
「なんだよっ!」
「庭へ出ろ」
 言葉に冷気が込められている。肌がぴりぴりとした。理由を訊こうと思ったが、気迫に呑まれて庭へと向かった。おっさんが後ろからやってくる。
 これから何をするのだろう。
 予想もつかなかった。おっさんのやることはいつも、突拍子もないことだったから。修行は一通り終った。なのに、何故。
「あのさ」
「動くな」
 右手が上がった。恐ろしく細かい印を組みながら左手で迎える。両手が合わされた。
「うわっ」
 一瞬、光。銀色に包まれる。まわりを囲まれた。これは、結界?
「な、何すんだよ!」
「そこで頭を冷やせ」
「理寧殿!」
 イルカ先生がやって来た。おっさんに詰め寄っている。
「修行は終ったはずです。何故、こんなことを・・・」
「わからぬのか?」
 じろりと睨む。イルカ先生が息を詰め、唇を結ぶ。こちらを向き、おっさんが言葉を投げた。
「それを解け」
「そんなっ、あれは」
「解けぬなら、それまでだ」
 先生を無視して言い捨てる。縁側に腰かけ、目を閉じた。
「ナルト、それはな・・・・」
 イルカ先生がやってきた。言い淀んでいる。
「先生、いいってば」
 敢えて遮った。縁側を見やる。目を閉じたままだ。おっさんはこれが何か言わなかった。ならば。
「やるよ。自分でやれってことなんだろう?」
「おまえ」
「おれ、ずっと迷ってたんだ。迷いすぎて、何がなんだかわからなくなるくらい。だから、一端それから退いて、別のことを考えた方がいいのかもしれない」
 そうかもしれない。迷うだけでは何も始まらない。どんどん煮詰まってゆくだけで。おれは答えを出さなければならない。自分が納得して動く為の答え。その為に頭の中を整理するのだ。整理して、もう一度考える。時には視点を変える事も必要だ。
「わかった」
 イルカ先生が頷く。ゆっくりと縁側に戻った。じっと見守ってくれている。
『先生。見ててくれよな』
 背筋を伸ばして師を見つめる。にっこりと笑った。右手を上げる。
 ピース。
 何年ぶりかでする指の形に、おれは固く意志を込めた。




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