『燃える椿の下で』
by真也

 
ACT32 〜迷い〜




 何をしているのだろう。
 やっとその術を手に入れたのに。
 あいつを取り戻す方法を得たというのに。
 どうしてこんなに、心が揺れる。




「いらないのか?」
 そう尋ねられて気がついた。粥が半分ほど残っている。
「食欲がないなら、残していいぞ」
 いつも通りの微笑み。後ろめたくて箸を取った。全部詰め込もうとする。
「こら」
 箸を持つ手を押さえられた。驚いて見上げる。困ったような顔が目の前にあった。
「無理しなくていい。腹が減ったらまた食べればいいだろ?」
「イルカ先生・・・・」
「顔色が悪い。もう眠れ」
 諭すように言われる。何か言おうとして言葉が出てこなかった。仕方なく席を立つ。部屋へと向かった。
『顔色が悪い・・・・か』
 歩きながら苦笑する。確かにそうだろう。昨夜一睡もしてない。眠れるような状況じゃなかった。
『先生、わかっちゃっただろうな』
 察しの早い師のことだ。きっと気付いてしまっただろう。昨夜、おれが仕掛けられなかったことに。そう思うと更に情けなくなった。
 ぱたん。
 部屋に入り、襖を閉じた。既に準備されていた床に潜り込む。布団を頭まで被った。
「何してんだよ、おれ」
 小さく呟く。でも、どうしようもなかっった。




 時限印の解術。
 昨日、おれはやっとそれを会得した。そして昨夜、ずっと機会を伺っていたのだ。サスケの時限印を解き、奴を滅する機会を。
 奴だって馬鹿じゃない。サスケを奥に下がらせた時点で、おれが何か企んでいることに気付いたはずだ。しかし。
 大蛇丸は仕掛けて来なかった。抑え込まれてしまうとはいえ、サスケの命はまだ奴が握っているのに。それを楯におれを始末することも可能だったはずだ。けれど。
『睨み合いで飲んでも、おいしくないわね』
 そう呟きながら、大蛇丸は一晩中酒を飲むだけだった。確かに奴は警戒していた。でも全くスキがない状態とは言えなかった。結果はどうあれ、仕掛ける機会はあったのだ。なのに。
 おれは、土壇場になって動けなかったのだ。
 理由は明白だった。全てはおれ自身の迷い。奴を滅することを迷ってしまった。
『アタシは裏切り者なのよ』
 前に、奴はそう言っていた。同胞に被害を及ぼし里を出奔したと。今もサスケを楯に、火影のじっちゃん達を困らせている。里に時限印をばら撒いたとも言っていた。
 それらは確かに、罰を受けるべきことだと思っている。けれど。だからといって、消してしまっていいとは思えなかった。裏切り者であっても奴は同胞。ましてや、里を愛している。
 わからなかった。
 奴を本当に滅していいのか。そんな資格がおれにあるのか。必死で考えたけれど、答えは出なかった。だからおれは、一晩中座り続けるしかなかった。何もできずに。
『火影を呼んでちょうだい』
 今朝。迎えに来たカカシ先生に、奴はそう言った。また新たな要求を出すのかもしれない。おれが手を出せないようにしてしまうのかも。それ以前に、奴はもうおれを寄せつけないかもしれない。おれが呼ばない限り、サスケは出て来ないのだから。
『どうしたらいいんだよ・・・』
 ごろりと身体を返す。考えれば考える程、予想は悪い方へと向かった。固く目を瞑る。睡眠不足なはずなのに、眠りは訪れそうになかった。
 寝返りを重ねながら、おれは鬱々と布団で過ごした。




「ナルト、飯だぞ」
 イルカ先生の声で目覚めた。部屋の薄暗さに驚く。どうやら眠ってしまったらしい。
「よく眠ってたから昼餉は起こさなかったんだ。でも、夕餉は食べていかないとな」
 外は夕暮れになっていた。もそもそと起き出す。衣服を整え縁側に出た。
「大丈夫か?」
 伺うように覗きこまれる。
「うん」
カラ元気をフル活用した。おれが不甲斐ないだけなのに、心配させたくない。すたすたと座敷へ向かった。
「先、頂いてるよ」
 座敷ではカカシ先生と理寧のおっさんが食事していた。頷いておれは席につく。鳥と大根の煮物に卵焼き、キンピラゴボウ。全部おれの好物だった。
「しっかり食べろよ」
 炊きたてのご飯が手渡された。ほかほかとゆげがたっている。つやつやと一粒ごとに光る米。
「いただきます」
 箸を手に取り、一口含んだ。温かい。噛むごとに生まれる甘さ。鼻がつんとなる。
 わかっている。守りたいのはこれ。この時間なのだ。
 おれは誰も失いたくない。そして、何も失いたくないのだ。あいつも。里のみんなも。そしてこの、人が人を思いやってできる優しい時間も。
 守っていきたい。あいつと一緒に。だからこそ、数々の試練を乗り越えてきたのだ。
 正直、自分の中で答えは出ていない。あいつを滅することの答えが。それでも、進まなければならない。今のままで、いいはずないのだから。


 とにかく、食べなきゃ。


 力をため込むように、おれは夕餉を詰め込んだ。




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