『燃える椿の下で』
by真也
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ACT29 〜確認〜
見つけた。
項に。サスケより少し上の位置に。
時限印は刻まれていた。
それまでおれが感じてきたものより、更に微細で変質した気。たしかにその印から出ていた。
あとはこれが働かないよう凍結して、完全に滅却すればいい。
「昨日とは大違いね」
文机の前で奴が言った。背中を向けたまま、何か書き物をしている。こちらの顔も見ていないのに、まるで見えているようだった。
「何してるんだ?」
「写経よ。暇だしね」
文机の上には、難しい文字がびっしりとしたためられていた。ちょっと線が細いけど、整った綺麗な文字で。
「漢字ばっかりだな」
「そうよ。経ですからね。苦手?」
「うん。ややこしいし」
「それは困ったわねぇ。これから必要になるわよ。嫌でも勉強しなさい」
くすくすと笑われる。イルカ先生みたいなこというんだな。
「勉強か・・・・・」
ぽそりと奴が呟く。またあの表情。懐かしそうな。寂しそうな。
「誰かに何かを教えたり、教えてもらったり。・・・・・・そういうことも、あったわね」
言葉を落とし、奴は書きかけの写経の紙を手に取った。何回か折り曲げ、行灯の炎にかざす。
「あ・・・・」
紙に炎が移った。みるみるうちに燃え広がってゆく。ついに全部燃えつきてしまった。
「いいのかよ」
疑問に思って訊く。
「いいのよ。アタシがやっても意味のないことだから」
サスケの横顔がそう言った。行灯の炎が照らす。おれは何も言えずに、それを見つめていた。
「さて。今日は何をしようかしらね」
しばらくのち。おれを横目で見やり、奴が言った。おれは首を傾げる。
「何って、いつもみたく酒飲むんじゃないの?」
「今日は飲まないわ」
「なんで?」
「何故って・・・・アンタが原因でしょう」
さも面白そうに返される。むっときて睨んだ。察して言葉が継がれる。
「昨日、サスケ君にずいぶん飲ませたしょ?おかげで彼、今日は吐きどおしだったわよ」
「えっ」
「今ごろ二日酔いと吐き疲れでへばってるんじゃない?もっとペースと量を考えなきゃ」
諭されて項垂れる。まさかそこまでだったとは。
「だから、今日は飲めないのよ。身体は大切にしなきゃね」
またくすくすと笑われる。耳元に口を寄せられた。
「試してみる?」
囁き。何かと顔を上げた。
「サスケ君、弱ってるし。久しぶりにお仕事しましょうか」
妖艶に笑まれる。誘う目。真っ黒な中に濡れた輝き。
「それとも、嫌?」
小首を傾げて問われる。ずるい。拒否権などおれにはないのに。断われば中の弱ってるサスケに、どんな影響が及ぶかわからないのに。
おれは黙って上衣を脱いだ。立ち上がり、褥へと向かう。腰を降ろして奴を待った。
ゆっくりと奴がこっちにくる。目の前に立ち、肩が押された。
「今日はずいぶん素直ね」
落とされる唇。固く目を瞑った。
「サスケ君、大事なのね。いい子だわ」
頭の中を切り換える。これはおれの仕事だ。あいつを守る為の、里を守る為の仕事。だから、こんなの平気だ。
反応してゆく身体。そう慣らされてしまった。目の前の、こいつに。
「『鬼の居ぬ間に』ってとこね。楽しみましょう」
ある意味これはチャンスかもしれない。身体を繋ぐ時に確認するんだ。うまく体勢を持ていって。時限印の正確な位置を。
緩やかに。でも確実にポイントをついた愛撫が、おれの身体を開いてゆく。熱を帯びてくる肌。その場所に奴が触れようとした時だった。
「・・・・・く・・・・」
突然、奴の動きが止まった。苦しげな顔。肌がみるみる白く変色してゆく。まさか、これは。
「へばってたくせに・・・・・やってくれるじゃない」
「えっ」
驚いて上体を起こす。
「サスケ君よ。よっぽど、アンタを好きにされたくないのね」
蒼くなった唇で奴が言う。そのまま目の焦点が無くなった。びくり。身体が震える。そのままばたりと床に倒れた。
「サスケ!」
「・・・・・大丈夫だ」
うっすらと目を開け、あいつが微かに笑った。
「なあ、どうしたんだよ」
「身体に、緊縛術を・・・・・かけてやった。奴が油断・・・・してたから」
切れ切れに言う。呼吸さえ苦しいのだろう。それだけで、サスケが己にかけた緊縛術の強さが見てとれた。
「無茶するなよ!待ってろ。今、解くから・・・」
印を組む。サスケが驚いた顔で見上げた。
「おれだって、遊んでたわけじゃないんだぜ」
にやりと笑い、解術を試みる。大丈夫だ。理寧のおっさんのより単純だから。これなら解ける。
『解』
みるみるうちに肌に血の気が戻ってくる。表情も和らいだ。よかった。
「・・・・すまない」
起き上がり、サスケが言う。
「へへっ、おれもやるだろ?」
胸を張って返す。
「ああ・・・・驚いた」
困ったようにあいつが笑った。
「サスケ?」
「何だ」
「サンキュ」
首に手を回して言った。身体が密着する。温かい。
「助けてくれたんだろ」
「奴が気に入らなかっただけだ」
「二日酔い、ごめんな」
「俺が飲み過ぎたからだ。おかげで、出てくるのが遅れてしまった」
サスケの手が背中に回る。強く力が込められた。
「身体、もう大丈夫か?」
横目であいつの項を見ながら訊く。見つけた。やはりイルカ先生より少し下だ。
「心配ない。今はあっちが弱っている。緊縛術の打撃をモロに受けたからな」
あいつの言葉を聞きながら、おれは時限印を見つめた。きっと、これを滅してやる。
その夜。
おれはサスケの促しで横になり、あいつは朝まで奴を抑え込んだ。
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