『燃える椿の下で』
by真也
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ACT19 〜横顔〜
少しずつ、あいつが見えてくる。
おれの知らないあいつ。今はまだ、それぞれが断片的だけれど。
一つ一つそれらを明らかにしてゆけば、わかるかもしれない。
あの日、おれに縋るしかできなかった、本当のあいつが。
「訊きたいことがあるんだ」
前をゆく背中に尋ねた。朝の光を受け、銀髪が淡く光っている。一足ごとにふさふさと揺れた。
「何だ」
背中から声。のんびりとして温かな響き。心に染みこんでくるような。
「ま、内容によるだろうけど、言ってみな」
おどけたように言う。カカシ先生はいつもそうだ。飄々とした物腰の中に、きめ細かい配慮を混ぜこんでいる。不思議だ。いかづちのような鋭さと激しさを合わせ持っているのに。
「うちはの座敷牢は、もともと誰を封じていたの?」
率直に訊く。敢えてこの時間を選んだ。先生の家までの移動時間を。ほんの僅かな時間。無駄にするわけにはいかなかった。
彼の家には今、あの男がいる。
森羅の忍。理寧という術者。
あの男に聞かせるわけにはいかない。いくら時限印の解術を伝授してくれるとはいえ、それとこれは別だ。
カカシ先生が立ち止まる。背中が答えた。
「それは里の、うちは家の重要機密だ。サスケの一番知られたくないことでもある。わかってるのか」
さりげない警告。それを知るためには、大きなリスクを背負うと言う証明。黙って頷いた。
「サスケは何か言ってたか?」
「いや。あいつは自分のこと何も言わなかった」
「だろうねぇ」
即答で返される。やっぱりと顔を歪めた。里の機密。言ってくれないだろうか。
「まーったく・・・」
前で一つ、ため息が落とされる。猫背気味の背中が更に丸まった。ぼりぼりと頭を掻いている。
「本当は俺の言うことじゃないのよ。一介の中忍であるお前が知ることでもない。でも、お前は渦中の人だからねぇ・・・」
困ったような声。でも、譲れない。
「知りたいんだ。というか、もう知ってゆくしかない。おれが知らないあいつを、全部」
「ナルト」
「おれ、今回のことで思い知らされた。今まで自分がいかに守られ、甘えて生きてきたかを。おれはうわっ面ばかり気に取られて、その下の本当の気持ちを見ようともしなかった。あいつの気持ちも。おれ自身の気持ちも」
カカシ先生が振り向いた。まっすぐ隻眼を見据える。そうだ。おれはわかったんだ。だから、逃げない。あいつの全部を知って、全部を受け入れる。それほど欲していたんだ。ただ、近くにい過ぎて気付かなかっただけで。
「先生。おれ、あいつが必要なんだ。あいつじゃないと駄目なんだよ。だから、今まで奴に何をされてもサスケを諦めなかった。どうしても失いたくないんだ」
蒼眼が見つめる。目を反らさなかった。背筋を伸ばし、瞳に意を込める。しばらくして。
「そうか」
ゆっくりと右目が笑んだ。やわらかに。少し困ったように。大きく息がつかれた。
「そこまで覚悟してるんなら、仕方ないな。じゃあ言うぞ。あの牢は、うちはイタチを封じていた」
おれは目を見開く。うちはイタチ。それは、あいつの・・・・・・。
「詳しいことは三代目とうちは一族しか知らない。だが、今から数年前のある日より、うちはイタチはあの牢に入った。そして二年後、奴は牢を出て里から姿を消した。サスケを除く一族全員を虐殺した後に」
「虐・・・・殺」
殺したと言うのか。それも、同族を。
「あっという間の出来事だったそうだ。そして、サスケは一人、残された」
アカデミーの時代、あいつは自分を復讐者だと言った。殺したい男が一人いるとも。それは、兄だとは言わなかったか?
中忍試験に受かった前後あたりから、あいつは復讐を口にしなくなった。何故疑問に思わなかったのだろう。忘れるはずがないのだ。一族皆を滅ぼされているのに。きっと、心の奥底で持ち続けていたはずだ。復讐の炎を。
「どちらにしても、うちはイタチはもういない。サスケが死亡確認した」
言われて思い当たる。三月初旬の単独任務。あれが、そうだったのか。
必死で考える。サスケは戦ったのだろうか。否、違う。いくらあいつでも、無傷で済むはずがない。相手もうちはなのだ。それも、一族を皆殺しに出来たほどの。ならば・・・・。
思いだす。縋るように回されたあいつの手を。救いを求めるように、小さな子供がしがみつくように求めてきた。
おそらく、もっとも納得のいかない形だったのだ。心自体を不安定にするほどに。そして、揺らぐ心の隙を奴に突かれた。時限印という呪印を媒介にして。
何があったのだろう。サスケと兄イタチの間に。たぶん、あいつを一番苦しめているのはそれだ。
「先生。それと・・・・」
「時間切れだぞ」
もう一言訊こうとして遮られる。目の前20メートル程の所にカカシ先生の家。たしかに、聞こえない位置の限界だった。
「今日からだろ?」
言われて気付く。そうだ。今日から修行だ。時限印の解術の。
「ああ」
「まあ・・・頑張れよ」
「うん」
ぽつぽつと言葉を交わす。イルカ先生が出てきた。きっとおれたちの気に気付いたのだろう。奥に感じる。理寧というおっさんの気。
始まる。
始まるんだ。
おれの戦い。
あいつを得る為の戦いが。
意を決する。逃げない。諦めない。きっと、勝ってみせる。
「イルカ先生!」
小走りに近づいてゆく。支えとも言える師に、「ただいま」と言った。
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