『燃える椿の下で』
by真也
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ACT18 〜里の酒〜
夕暮れ。
うちは屋敷の縁側で、そいつは紅く焼けた空を見ていた。
サスケではない。
確かに、奴だった。
「ああ。来たの」
後ろのおれ達を見もせずに、大蛇丸は言った。
「あんた・・・・なんでここにいるんだよ」
「結界をね、広げてもらったのよ」
昨日火影と交渉すると言っていたが、このことだったのか。
「外に出れんのか?」
里への危険を考え、訊く。
「まさか。いくら三代目でもそこまで甘くないわよ」
さらりと返された。後ろのカカシ先生を見やる。先生が頷いた。
「アタシが自由にできるのは、このうちは屋敷の中だけ。でも、あの座敷牢よりましね」
やっと奴は振り向いた。わずかに口の端を持ち上げる。
「カカシ。アンタはもう用済みよ。下がりなさい」
「わかっている」
カカシ先生が答えて、玄関へと消えた。足音が遠ざかってゆく。しばらくして、消えた。
「暗くなってきたわね。閉めなさい」
奴が立ち上がった。奥の座敷へと向かう。おれは戸を閉め、後を追った。
「どこまで行くんだ?」
前を行く背中に訊く。背中は答えなかった。諦めて黙り込む。黙々と歩いた。
「入りなさい」
屋敷の一番奥にある、大広間のふすまを奴は引いた。中へと促す。言われるままに入った。
二十畳ほどの部屋に夕餉だろうか膳が二つ。行灯。脇息一つ。座布団が二つ。そして、布団が一組。
やることは同じか。おれは顔を背けた。どんなに場所が変わろうとあいつはサスケを支配してるし、おれは奴への供物でしかない。
「そこに座って」
促され、奴の向かいに座った。忍服に手をかける。
「脱がなくていいわ」
意外な言葉。眉を顰めた。察してか奴が言葉を継いだ。
「今は脱がなくていいってこと。せっかくあの辛気くさい牢から出られたのよ。ゆっくり酒でも飲みたいじゃない」
言いながら奴は上座に座った。膳の上の杯を手に取る。
「取りなさい」
「えっ」
言われて戸惑う。酒なんて飲んだことない。
「もしかして、飲めないの?」
図星を刺されて息を詰める。項垂れるしかなかった。
「サスケ君は結構いけてたみたいよ。飲みなさい。これは命令よ」
仕方なく杯を取る。酒が継がれた。甘いにおい。ちらりと奴を見た。漆黒の目が促す。杯を空けろと。
よし。
意を決して杯に口をつけた。さらり。水のような口当たり。流れるように喉へと向かう。ごくりと飲み干した。
「美味しいでしょ」
素直に頷いた。すっきりとした喉ごし。くどくない甘み。正直、旨かった。
「これが、木の葉の里の酒よ」
奴を見る。自分の杯にも手酌で注いでいる。ぐいと飲み干した。
「何年ぶりかしらね」
呟き。独り言のように聞こえた。
「本当に木の葉の里なのね。・・・・・夕日も同じ。酒も、空気のにおいさえ昔のまま。変わってないわ。地下牢の中じゃ、わからなかったけど」
「あんた・・・・・里に戻ってなかったのか?」
思わず言ってしまった。目の前の顔がおかしそうに歪む。
「馬鹿なコね。アタシは裏切り者なのよ」
ぽつりと呟きを落とし、奴が杯を勧めた。杯を出し注いでもらう。今度は少しずつ飲んだ。
「それにしても、うちはの座敷牢。噂には聞いてたけど、つまんない所よね。あそこに自らから入る者の気が知れないわ」
「サスケのことか?」
疑問に思って訊く。奴は杯を重ねながら、「さあね」と言った。
座敷牢。
普通、あんなものは住居にない。それこそ、城や誰かを拘束する必要のある場所でないと。それが、あいつの家にはあったのだ。
拘束。
誰が囚われていたのだろう。でも確かに、あの牢は誰かを封じていた。いったい、何の為に。
あいつはそれを知っていたのだ。だから入った。大蛇丸が自らの力では滅することができないと知って。
本当。おれ、何してたんだろうな。自嘲に口を歪める。あんなに長く一緒にいたのに、おれはあいつのことを何も知っていなかった。あいつの中の闇を。過去を。苦しみを。
おれはただ、あいつのお荷物になっていただけ。相棒としても、友人としても失格だ。
「悔やんでるの?」
杯を手に、奴が言う。おれは唇を結んだ。胸に何かが込み上げてくる。
「自分なんか嫌いだって顔、してるわね」
杯を置き、隣の褥へと移動する。胡坐をかいて座った。見上げてくる瞳。口を開いた。
「いらっしゃい。服を脱ぐのよ。アンタを壊してあげる」
奴の言葉に立ち上がる。ゆっくりと服を下に落とした。一歩、二歩進んでゆく。眼前に座った。両手を出す。
「いいわ」
意味が分からず首を傾げる。目の前の顔が笑んだ。優しい笑みに思えた。
「アンタは逃げない。これ以上、サスケ君を傷つけることも出来ない。そうよね?」
答えの代わりに目を閉じた。胸が押される。倒れてゆく身体。
「だから・・・・いいのよ」
耳元で囁き。力を抜いた。今はそれしか出来ない。成す術がない。力が足りないのだ。
奴が紐解いてゆく。慣らされてしまった身体を。
自分では消せない火の熾りを感じながら、おれは天井を見つめた。
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