『燃える椿の下で』
by真也
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椿咲く季節に、その兄弟は再会した。
兄は白いヤブツバキの根元に、隠れるようにして横たわっていた。やつれて、やせ細った姿で。
乾いてカサカサになった唇が『すまない』と告げた。彼は最愛の弟に討たれるつもりでいたのだ。が、しかし。
彼に残された時間はそれを許さなかった。自らを操る印と戦い続け、それを刻んだ術者を追い詰め仕留めるだけで、持てる力を全て使い果たしてしまった。
死を待つ僅かな時間に彼の弟はやってきた。弟は兄の姿に驚き、兄に告げられた真実に愕然とした。
伝えることを全て伝えて、兄は息をひきとった。弟は火遁印を組み、兄の亡骸を燃した。その身体に覆いかぶさるように咲いていた、ヤブツバキの花と共に。
弟は知らなかった。兄が時限印に侵されていたことを。
兄も知らなかった。弟が時限印に侵されていることを。
燃える椿の下で by真也
ACT1 〜発端〜
三月に入って間もないある日。
サスケは単独で雪の国へと旅立った。一週間ほどの任務になる。それだけをおれに告げて。
「もし俺が帰らなかったとしても、追い忍だけにはなるな」
抑揚のない声で言う。無表情の顔はさらに固く、能面のようになっていた。一緒に行きたいと言ったおれを、あいつは一瞥して拒んだ。
『絶対来るな』
漆黒の目が縋るように叫んでいる。おれにはそれ以上、何も言えなかった。
どんな任務かは知らない。ただ、あいつにしか出来ない内容なのだと。それだけは理解できた。
『帰らないかもしれない』
そんな不安を抱きながら、おれはあいつを待った。あいつはおれに何も言わなかった。その事実だけが重くのしかかる。待つしか出来ない自分が、泣きたいほど情けなく思えた。
予定通り一週間後、サスケは木の葉の里に帰ってきた。大きな外傷はない。ただ、ひどく傷ついた顔をしていた。
ひと息つけば、きっと話してくれる。任務が大変だったから、疲れているだけなんだ。
二、三日したら、いつもの皮肉気で自信たっぷりなサスケに会える。そう思っていた。
「入っていいか」
ドアの外にあいつを見た瞬間、正直嬉しかった。雪の国の任務から帰って三日、あいつは家に籠りきっていた。ひょっとしたら、どこか外に見えない場所に怪我をしていたかも知れない。そう思って医療棟を訪ねたりしたが、サスケの受診した形跡はなかった。あいつの家に行こう。行けば全てはっきりする。自分に言い聞かせてみたけど、どうしても足が向けられなかった。
あいつがおれを拒む。今までそんなことはなかった。でも、行っても門前払いされてしまったら・・・・。そう思うと、怖かった。
「う、うん。ちらかってるけど」
身体を退いてサスケを招き入れた。いろいろな物で足の踏み場もない空間を、あいつが奥へと進んでゆく。ベッドの上を何度か掃って、腰を降ろした。見つめてくる黒い瞳。結ばれたままの唇。そこにあいつの感情は見えなかった。
「なんか飲む?」
間が悪くて訊いてみる。サスケが首を振った。黙ったまま、おれを手招きする。
「な、なんだよ」
戸惑いながらも傍に行く。あいつの前に立った。サスケがじっと見上げてくる。しばらく、見つめ合った。
「あのさあ、何か言いたいことがあんなら言えって・・・」
言いながら肩に手を掛けようとした時、その手が瞬時に取られた。強い力。考える間もなく、ベッドに引き倒された。
「サスケッ」
名前を呼ぶ間に下肢を封じられる。両腕も頭の上で固定された。動かない。本能が危険信号を放ち続ける。あいつの顔が近づいてきた。
また、いつものあれかな。
焦っている割にはぼんやりと思う。それはその行為に慣れてしまったことが原因だった。
「!」
強い刺激に背が跳ねる。口に降りると思っていたあいつの唇は、おれの首筋に食らいついた。きつく吸い上げられる。初めて受ける刺激。未知のものへの恐怖が走る。容赦なく歯が落とされた。首に。耳の下に。鎖骨に。
「何すんだよっ」
おれは必死でもがいた。言ってくれるんじゃないのか?その為にここに来たんじゃないのか?
おまえはいじわるだけど、必ずおれの意志は聞いてくれた。なのに、なぜ。
「な・・・・やめっ!」
肌に手が触れてくる。おれよりいくぶん体温の低い、少し冷たいサスケの手が。身を捩って逃げる。それでもその手は執拗だった。
「・・う・・・」
顎が掴まれ息を奪われる。自由になった片手で背中を殴るが、あいつはびくともしない。ついに、頭にきた。
「・・・つ!」
伸びてきた舌を噛み、怯んだ隙に思い切り突き飛ばした。壁際の隅に逃れる。見ると、サスケの口の端からひと筋、紅い糸が流れ落ちていた。
「おれは謝らないからな!おまえがやめないからだってば!」
大きく言い放つ。サスケが黙ったまま、口を拭った。
「帰れ」
収まらない怒りを言葉でぶつける。どうして。何故言ってくれない。なんでこんなことするんだ。
「帰れったら!」
再度声を張り上げる。見たくない。今は、お前の顔など。
「わかった」
ぼそり。サスケが答えた。ゆっくりとベッドから降り、踵を返して出口へと向かう。ぱたり。ドアが静かに閉められた。
「・・・・・なんだよ」
身体の力が抜けてゆく。噛み締めても、唇が小刻みに震えた。
「なんで、なんだよ」
自問するように呟く。わからない。なにかあったというんだ。なにがあいつをそうさせたんだ。
やり場のない気持ちが頭を駆け抜ける。ギュッと目を閉じた。
がくがくと震えだす身体が完全に治まるまで、おれは自分を抱きしめ続けた。
数日後。サスケは里を離れた。
それまで断り続けた上忍試験を受ける為に。
あいつが去った後それを知ったおれは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
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