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はじめて知った。 人には皆、等しく命があるのだということを。 三年前。研究所からひとりで御影宿舎に戻ったあと、与儀はしばらく懲罰房にいた。施設の一部を破壊した責めを負って。 「あのあとさー」 夜具の上で篝の髪をもてあそびながら、与儀は言った。 「仕事するのが、すっごく苦しくなってね」 「苦しい?」 いまだ余韻の中にいるのだろうか。ぼんやりとした表情で見上げる。 まったく、そーゆーカオをするから、また元気になっちゃうんだよ。オレはうれしいけどね。何回でも篝を感じたいから。 「ん。べつに、それまでとおんなじこと、やってるだけなんだけど……」 腰を引き寄せ、熱の残る場所を探る。篝は小さく声を上げて、身をよじった。 「でも、はっきり伝わるようになったんだ。命が終わるときの気持ちが」 それまでは、だれを殺そうが何人殺めようが、なんにも感じなかった。命じられるままに、ターゲットを狩る。邪魔者は消す。それだけのことだった。が、篝と離れてからは、どの仕事のときも相手の「気」を必要以上に感じるようになった。 むろん、御影として敵の気配を読み、動きを予測するのは当たり前だ。その点に関しては、以前も同じようにやっていた。ただひとつ違ったのは、それまでまったく気にしなかった感情がわかるようになったこと。 恐怖、怯え、苦悩、驚き、さらには悲しみや未練。そういった「人」としての心の動きが、いやでも見えてしまう。 「そしたら、苦しくなってねー。けど、仕事はしなくちゃいけないし。ほーんと、『御影』ってキビシイよ」 だれにでも、等しく命がある。味方だけではなく敵にも。そして皆、大切な人や大切なものを持っているのだ。それを知ったうえでなお、自分たちは刃を振るわねばならない。 「篝に早く会いたくて……がんばったんだ、オレ」 首筋に舌を這わせる。眠りかけていた体が、ふたたび上気しはじめた。 「それでも、二年と十一カ月と二十日かかっちゃったけど」 「……また、そんなことを」 掠れた声。 「おれだって、二年と十一カ月と二十日……待ってたんですから」 わかってるよ。ずっと、待っててくれたっていうのは。でも、知ってほしいんだ。離れていたあいだのことを。一日だって、空白にしたくない。 「ねえねえ」 視線を上げて、訊いてみる。 「今日はさー、何日分ぐらい埋めてくれるの」 「何日でも」 言ってくれるねえ。いいのかな、ほんとに。……本気にしちゃうよ。 ぐい、と脚を押し上げた。奥まで一気に身を進める。篝のあごが上がった。のどの曲線がきれいにしなる。 「やっぱり、いいなあ。篝の中って」 はじめてのときにように、与儀はじっくりと篝の感触を味わった。腰から背中を這い上がる快感。汗の匂い。震える唇。そして息遣い。五感のすべてが篝によって頂点に導かれていく。 ゆっくりと動くと、それに合わせて篝も体を揺らした。互いに知り尽くした体だ。どこをどうすればいいか。いま、どうしてほしいのか。わずかなシグナルだけで察知することができる。 「なんだか、さっきより早くない?」 埋み火が残っていたからかもしれない。すでに篝の体は最終的な状態になっていた。 「もうちょっと、このまんまでいたいんだけど」 「そ……んな……」 「ムリ?」 「……」 たしかに、つらそうだな。与儀は身を起こした。 「え……」 呆然と、篝が目を見開く。そりゃそうか。いきなりいなくなられちゃ、びっくりするよな。 「先に、してあげる」 ひっそりと言った。その方がいいよね。でないと、オレをゆっくり感じてもらえない。ほんとは両方とも一緒に登っていけたらいいけど、今回はちょっとタイミングがずれてるから。 与儀はそっと、顔を伏せた。篝の手が肩にかかる。イヤなのかな。いままでにも、何度かしてるのに。 爪が肌に食い込む。舌の動きに反応して、肩を掴む手に力が入る。 いい感じになってきた。それにしても、いまになってガマンしなくてもいいのに。そんなに強情はるんなら、手加減なんかしてやらない。 するりと、指を忍び込ませた。熱をはらんだ部分をかき回す。頭の上で哀願にも似た声が聞こえたが、それはきっぱりと無視した。 何日でも、って言ったのは、篝だよ。だから、もうあきらめて。 ことさら強く吸い上げる。艶めいた声とともに、篝はとうとう己を解放した。 そのあと、篝は素直だった。半ば放心状態だったのかもしれないが。 与儀が繋がりを解いたとき、篝はほとんど気を失っていた。 「まーた、やっちゃったなー」 がしがしと銀髪をかく。 「篝……篝? だいじょーぶ?」 このまま眠らせた方がいいのかもしれないが、なんとなく気になる。篝はうっすらと目を開けた。 「……失言でした」 やっと聞き取れるぐらいの声で、言う。 「篝……」 「今度から……二日分ぐらいにしておいてください」 足りないよ、それじゃ。 言いかけて、ぐっと唇を結んだ。ここで言っちゃダメだよな。篝に嫌われるのはイヤだ。 「わかった。……ごめんね」 「もう、いいですよ」 困ったような顔をして、笑う。ふと思い出したかのように、篝は語を繋げた。 「さっきの話ですけど」 「うん」 「もっと苦しんでくださいね」 「え?」 「それが、命を奪う者の義務です」 苦しむことが。痛みを知ることが。 篝に会うまで、知らなかった。人を傷つける痛みを。失うことの苦しさを。篝に教えてもらった。泣くことの意味も。 「おれたちはどうせ天国には行けませんから、一緒に地獄に堕ちましょう」 冗談まじりに、篝は言った。 地獄、か。そんなもんがあるんならね。ああ、でも……。 「オレは天国に行くよ」 にんまりと笑って、与儀は断言した。篝はきょとんとしている。 「だって、篝が一緒なら、どこだって天国だからね〜」 この世のどこにいようとも。 別の世界に行こうとも。 あんたがいれば、それでいい。それだけで、いい。 (了) |