「夏芽、今日つきあって欲しい所があるんだ」
 二人が一緒に暮らし始めて、最初に休暇が重なった日の朝。嵯峨弥がおれに言った。
「いいけど?どこ行くの?」
「うん。夏芽も知ってる場所。お弁当作ったんだ。そこで食べよう」
 その日は天気もよかったから、それもいいと思った。せっかくの休暇だ。外に出よう。
「行くよ」
「今すぐ?」
「うん」
 重箱の風呂敷包みを手に、嵯峨弥は頷いた。おれはちょっと驚きながら、支度にかかる。
 いつも結構モタモタしてるのに。珍しいな。
「早く行こう。花屋に寄って行きたいんだ」
 嵯峨弥に急かされるまま、おれはそこへと向かった。
 彼の眠る、その場所へ。




昏一族はぐれ人物語(青年編)番外
地にある人へ    by(宰相 連改め)みなひ




「うわー、山桜満開だよ」
 ひらひらと舞う花びらを目に、おれは言った。
「つきあって欲しい所って、ここだったのか」
 おれたちがやってきた所は、森の奥にあるあの場所。二人の練習場所だ。
「そういえば、ここんところ来てなかったよなー。前はおまえとニ度目に会った時だったから、だいぶ経つよな」
「うん。あの時はびっくりしたよ。夏芽、冬に外で熟睡してるんだもの」
「あの日は昼間暖かかったの!ちょっと寝過ぎたのは、認めるけど」
「そうだね」
 嵯峨弥が苦笑する。思えばここで、嵯峨弥と出会った。遠い少年の日も、つい数ヶ月前も。
「思い出すなー、おれが握り飯持ってきてさ、おまえとここで食べた。懐かしいな。あの頃の嵯峨弥、かわいくてさ・・・」
 そこまで言って口を塞いだ。まずい。恥ずかしい記憶が飛びだしてしまった。相棒を横目に焦る。
「そういえば、そう言うこともあったよね」
 いたずらっ子の顔をして、嵯峨弥が言った。
「今じゃ、間違いようがないけどね」
 肩をすくめて、困ったように笑う。おれはぼりぼりと頭を掻いた。そうなんだよな。おれ、最初は嵯峨弥を女の子だと思ってたんだ。後で男って分かったけど。
「ま、いいよな!おまえが、きれいなことには変わりないし」
「うーん、そういう問題かどうかは、わからないけど」
 強引に押し切るおれに、嵯峨弥は変わらず笑顔だった。荷物と花を手に、草を踏む。さらさら。心地よい風が、銀色の髪を揺らした。
 ホントだよ。
 見とれながら思った。
 おまえがきれいなのは、今も昔も変わらない。
 自分で思って赤面した。おれってゾッコン過ぎ。でも仕方ないんだよな。男って分かった時にはもう、好きになっていたから。性別なんてどうでもよくなった。
 これはさ、いっちゃうしかないんだよ。
 自己決定する。
 最後まで、嵯峨弥と行くしかないんだ。
 うんうんと納得して、おれは辺りを見渡した。お、あそこ。ランチタイムにいーポイント。
「弁当、あっちで食おうか」
 ポイントを指さすおれに、嵯峨弥はあいまいに笑った。口を開く。
「えっと、弁当はもう少し後にしたいんだ。先に、やることがあるから」
「やること?」
「うん」
 そう言って嵯峨弥は、一本の木の下へと歩いて行った。おれも後に続く。たどり着いた木の下には、漬物石より少し大きいくらいの石が三つ。縦に積んであった。
「ちょっと、荒れちゃったな」
 嵯峨弥が呟いた。
「掃除しなくちゃ」
 荷物を降ろし、腕をまくりながら相棒は言った。しゃがんで積まれた石の周りの、雑草を抜き始める。そこまで見て、おれはふと思い当たった。これってお墓だ。たぶん、そうだ。
「水、汲んできた方がいいのかな」
「ありがとう。でも、竹筒に水持ってきたから。花、取ってもらっていい?」
「ああ。はい」
 意図を持って掛けた言葉に、相棒は掃除しながら答えた。おれは確信する。やっぱりそうか。これ、誰かのお墓なんだ。
「これでいいかな」
 あらかた雑草を抜き終え、嵯峨弥は呟いた。手を拭き花を供える。ごそごそと荷物を探り、線香とろうそくを取り出した。火術でろうそくに火がつけられる。ついで、線香へと移された。
「出雲の墓なんだ」
 聞こうかどうしようか迷うおれに、嵯峨弥の背中が告げた。おれは目を見開く。
「出雲って、あの人か?」
「そうだよ」
「・・・そっか」
 返された言葉に、おれはやっとそれだけを言った。嵯峨弥の後ろで跪く。目の前の石を見つめた。
「護国寺を出てから毎月、ここに来てたんだ。けど最近、ちょっと来られなかったから・・・・」
 独り言のように嵯峨弥は言った。おれは何も言えないまま、石にそっと手を合わせる。あの男の人。嵯峨弥の同族。数ヶ月前、ここで再会した理由が、おれにはわかってしまった。

 嵯峨弥はここに来たんだ。
 出雲って人の、墓参りだったんだ。

「嵯峨弥、その・・・・」
「夏芽の思った通りだよ」
 聞かなくていい問いを漏らしてしまったおれに、背中を向けたまま嵯峨弥は答えた。いつもと変わらない、穏やかな声。
「出雲は、オレが殺したんだ」
 淡々と告白。森の中に落とされた。いやにはっきりと聞こえる。風の音も、木々のざわめきも、今は聞こえない。
「・・・・ごめん」
 後悔が押し寄せる。何故余計な口を開いた。こいつを苦しめるだけじゃないか。
「謝らないでよ」
 振り向き嵯峨弥が告げた。
「夏芽が謝ることじゃない。悪いのは、オレだから」
 僅かに嵯峨弥が笑んだ。悲しい、笑みだった。


「きっと、いい人だったんだろうな」
 その日の夜。褥の中でおれは言った。肌を味わう嵯峨弥が、身体を起こす。 
「・・・出雲のこと?」
「うん」
 ぼやけ始めた頭でおれは頷く。嵯峨弥が作りだす波。どんどんおれに押し寄せて、思考を奪ってゆく。
「どうして?」
「ん・・・だって、あの時もおれを眠らせただけだったし・・・」
 思い出す。嵯峨弥に近づくなと言ったあの人は、おれを殺すことも出来た。たとえ殺さなくとも、記憶を消すことができたはず。「昏」なんだから。
「いい人だったよ」
 大きく息を吐き出し、嵯峨弥が言った。閉じられる蒼眼。不安を呼ぶ。
「出雲はとても・・・・優しい人だった。オレには、もったいないくらいに」
 震える声。再び開かれた瞳が濡れて、痛々しく歪んでいた。おれはまた、自分が余計なことを言ったことに気づく。
「嵯峨弥」
「少し、急いでいい?」
 穏やかに進められていた触れ合いが、急に目的を持って動きだした。要所を押さえた愛撫が、効果的に身体を追いつめてゆく。
「ごめんね。今日はちょっと、我慢できない」
 するりと忍んできた指が、最後の思考を奪った。決して乱暴ではない動きだけれど、確実にそれを求めさせる。嵯峨弥を。
「いい?」
 耳に囁かれたその時には、おれには一つしか残っていなかった。嵯峨弥が欲しい。それだけしか・・・。
「夏芽・・・・」
 嵯峨弥の息が、汗が、熱が降り注いでくる。おれは全身でもって、それらを受け止めた。


『嵯峨弥様に近づくな』
『な、なんでだよ!』
『嵯峨弥様は‘昏’だ。お前とは違う。お前は、あの方とは生きてゆけない』
『そんなのわかんないだろ!お前が決めるな!』
『・・・殺されても、いいのか?』
『いやだ!だけど、おれは嵯峨弥といる!』
『・・・・・・』


 地にある人よ、おれは言う。
 自分があいつにそぐわないことくらい、おれ自身が一番知っている。でも。
 それでもおれは、あんたに言う。
 おれは、ずっと嵯峨弥といる。嵯峨弥と共に、生きていく。
 これだけは自信があるんだ。
 あいつを一生、思い続けてみせる。


終わり