『来なさいよ!』
 現れた金眼。熱く燃えるこの身に、あの人は言った。
『いくらアタシでも、ここじゃあイヤなんだから』
 ふてくされたような表情。それでも、逸らさず見てくれた。「逃げ」も「脅え」もない瞳で。
『さっさと、アンタの寝床に連れておいき!』
 投げられた言葉が伝えた。肯定。暴走したおれをも受け入れる意志。その時。
 声が聞こえた。
 耳を通るものではない、身体の細胞一つ一つに伝わる声。
 もう一人のおれの、歓喜の声を。




 光を、信じて
by(宰相 連改め)みなひ




 甘い声が上がる。
 少し高めで、張りのある声。緩急を刻む動きに、寄り添うように流れてゆく。少し鼻に掛かったそれが、更に欲望を引き出して。
「ん・・・・んんっ、あ・・・・・はあっ」
 最初苦痛に見えた表情は、すぐに別のものになりかわってしまった。寄せられた柳眉。けれど、弧を描く唇。一心に感じている。
「あ・・・・ああっ・・・・・あ!」 
 自分の知っているものとは違い過ぎて、最初は不安になってしまった。余裕ない声。おれとする時のあの人はいつも余裕たっぷりで、逆にこちらの方が追い詰められていたから。
「あっ・・・さ、い」
 何かにしがみつくように、首に腕を回された。腰を抱く自分の手が、驚くほど激しく動く。散る声。おれが、あの人のなかを荒らし回っている。
 熱くなった身体と頭に響く鼓動が、自らの暴走状態を知らせていた。わかる。おれは今、あいつだ。あいつになって、水木さんを抱いている。
 初めてのことだった。暴走中に意識がある。「おれ」がいるのだと確認出来る。信じられなかった。
 今まで暴走している間、おれにその時の記憶はなかった。いつもごっそりと抜け落ちていて、手がかり一つ残ってない。ただそれが通り過ぎた後の、事実を目にするだけで。だから、殊更不安だった。自分が何を犯したか、わからなかっただけに。けれど。
 今は違っていた。
 身体の主導権は五分五分と言う感じだった。やめようと思えばやめられるかもしれない。でも、止められない。体の中の大きな流れが、手を、足を牛耳っている。一つの欲求をもとに。

 欲シイ。
 モット、モット欲シイ。
 
 おれももう一人のおれも、その気持ちは同じだった。心の根幹から来る、純粋で貪欲な欲望。水木さんが欲しい。水木さんを感じたい。全部、食らい尽くしたい。
「んっ!」
 深く突き入れた先から、色めく音が生み出された。強ばる身体。きつく結ばれた後、薄く開かれてゆく口。解放の瞬間。
「・・・・・水木、さん」
 肩で息するその人を、そっと覗きこんだ。まだ焦点の合わない、明るい色の瞳。
「大丈夫、ですか?」
 おそるおそる訊いた。
「・・・・・・もちろんよ・・・・」
 戻ってきた悪戯っ子の目が、きろりとこちらに向けられる。
「アタシを、誰だと思ってんの?」
 疲労の色濃い顔のまま、思い人はにやりと笑った。



「結果、ですか?」
 昼過ぎ。御影長室に呼び出されたおれは、目を見開いて聞き返した。
「そうじゃ。先の検査結果を、おぬしは聞いて帰らなかったじゃろうが」
 渋い顔のまま、御影長が答える。言われて思いだした。あの時はたしか、水木さんが来て・・・。
「申し訳ありません」
 事実を認めて謝った。そうだ。あの後おれは引きずられうようにして、水木さんと宿舎に帰ったのだ。検査の結果のことは、すっかりと忘れてしまっていた。
「おぬしには、自身の状態を把握しコントロールするという義務がある。ま、半分は水木にもあるのじゃが。自らの状態を知るためには、御影研究所での検査結果は必要であろう?」
「はい」
 指摘されて項垂れる。そのとおりだ。水木さんや他の人達に迷惑かけないよう、自分のことをしっかり把握しなくては。
「もうよい。ほれ、これに目を通しておけ」
 封書が一通さし出された。手に取って見る。それは、御影研究所からのものだった。
「検査結果としては、よい方向へ進んでおると聞いた。これからも精進せよ」
「はい」
 片手を挙げられ拝礼した。その場を辞する。御影長室を出た後、おれは封書を開いた。
「・・・・あ・・・」
 封書には検査結果と、優しい文字で綴られた手紙が入っていた。検査の結果をわかりやすく説明し、簡単なコメントを書き添えている。手紙の主は、宮居さんだった。
 手紙は綴っていた。今回の検査では、精神の強さと情緒面の数値がよくなっていること。このまま行けば、「暴走」時のおれ自体も「おれ」として併合、コントロール出来るかもしれないこと。すべてはおれ次第であること。その為に、今後も研究所に通って欲しいということ。
『結論としては、如月水木さんと“対”を組むことは、あなたにとってプラスの方向であると考えます。だからこそ自分を、如月さんを信じてください』
 そんな言葉で、宮居さんは手紙を締めくくっていた。信じる。遠矢さんに言われた言葉が、胸に蘇った。 
『そうだよな』
 自分自身に思う。
『怖れていたのだ』
 苦笑が浮かんだ。そうだ。おれは怖れていた。手が届かないと思っていた人が、おれに手を差しのべてくれたから。あまりに怖れ過ぎて、信じることまで忘れて。
「よお」
 耳元でぼそりと言われた。驚いて飛び退く。見覚えのあるごつい男が、にやりと笑っていた。
「ご、剛さんっ」
「そうぼんやりしてたらよ、物陰引っ張ってってヤりたくなるだろ」
 赤面するおれに、剛さんはにやにやと言った。目が真剣なだけに、余計汗が落ちる。退きながら言った。
「あの、どうしてここに・・・」
「どうしてって、ここは通路だしなぁ。通っちゃ、いけねぇっての?」
「い、いいえっ。す、すみません」
 自分で言ってて混乱した。場所を思いだす。そうか、ここは通路だ。
「その、任務、ですか?」
「いや?そりゃ終わった。これからは外出。賭けに勝ったからな。閃に、イイの用意させたのよ」
 嬉しそうに剛さんは言った。イイのってなんだろ。考えている間に、がしりと腰に手が回った。
「わっ!ご、剛さんっ」
「おまえもイイんだけどな。今は、縛らせてくれる方がいいからよ」
 バタバタともがくおれの耳に、ぼそぼそと剛さんは囁いた。次いで、腰の手がするりと退かれる。
「いいんだな」
 まっすぐ見つめて訊かれた。真摯な目。何を差した言葉か、すぐにわかった。
「はい」
 こくりと頷く。逸らさず見返した。胸を張って言える。もちろんです。だって、水木さんだから。
「お前がいいんならよ、俺は別に構わねぇんだ。諦めねぇし」
 がりがりと頭を掻きながら、剛さんは呟いた。複雑な顔。振り切るように、頭をぶんぶんと振る。
「さーて!今日は楽しまねぇとな。久しぶりだし、加減きかねぇかも。んじゃな!」
 にっかりと明るく笑いながら、剛さんは出口へと向かっていった。おれはどう言ったらいいかわからず、古参御影の背中を見つめていた。



「アンタさ、昨夜、混じってたでしょ」
 夕食後。ごろりと寝台に寝転びながら、水木さんが言った。寝台に腰かけていたおれは、びくりとする。
「どうして、わかったんですか?」
 びくびくしながら聞き返した。行為を止めなかったことを、咎められるかと覚悟して。
「んー、なんとなくね。いつもより、ちょっと痛くなかったし」
 告げられた事実に落ち込んだ。今回だけが特別で、常はもっとひどかったらしい。
「あー、細かいこと気にしないの。いいじゃない、進歩してんだから」
 ぴらぴら片手を振って、水木さんは言った。おれは苦笑する。見透かされていた。それとも、全部顔に出ていたのか。
「斎」
「はい」
「いーのよ」
 呼ばれて身を屈めたら、ぐいと頭を引き寄せられた。間近に見える、薄茶色の目。
「アタシがいーって言ってんだから、余計なコト考えないの。それにね」
「え?」
「アタシ痛いのはイヤだけど、激しいのは結構、スキなんだから」
 おれの鼻先をぺろりと舐めて、思い人は微笑んだ。

 信じること。
 簡単に見えて困難なそれを、おれは忘れずに生きてゆこう。
 不安はおれを揺らしてしまうだろうけど、心の核にはあなたを据えて。
 あなたを信じて、自らを信じて。おれは進んで行こうと思う。
 あなたといたいから。


終わり